第2話 千羽真織
おれとジョーと真城は甲信地方の片田舎で生まれ育った3人組で、幼馴染である。そもそも人口が少なく子どもももちろんそう多くない土地なので、同じ年に生まれたやつは全員幼馴染、全員友だちみたいな風潮もあるにはあったけれど、おれにとってジョーと真城はトクベツだった。
おれは、千羽真織は、土地でも有名な旅館の息子だった。おれのお父さんは千羽本家の次男で、つまり分家ってことになるのかなうちは? よく分からない。お父さんのお兄さんは本家の長男ってことで土地でもそれなりの発言権を持っていて、まあ平たく言うと町長なんかをつとめたりしていた。物好きですね。おれは絶対やりたいと思わないけどね。
おれの実家は町長を含めたそういう──なんていうの? 土地で力を持つおじさんたちの会合にしばしば使われ、お母さんもお姉さんもおばあさんもいつもすごく大変そうにしていて、もちろんお父さんも疲れ果てていて、おれはそんな家の中にいるのがいやでしょっちゅう山や川に遊びに行く子どもだった。でもそんなおれを見かけると近所の大人たちはまるで逃げ出した飼い犬を見つけたような顔で首根っこを引っ掴み、「まおりくんがまた川に行こうとしてましたよ」なんて言って家に連れ帰るものだから、おれは常に人目につかないよう家を出る方法を模索していた。
そこでジョーと真城だ。ジョーは、ジョーの家も結構でかい家なんだけど、家族と仲が悪かった。ジョーの趣味のせいだと思う。アニメとかマンガ、ゲームがだい好きなジョーのことをジョーの家の人たちは良く思ってないみたいだった。なんか、みっともないって。おれにはそれはよく分からなかったけど、おれがジョーの家に行って「新しいマンガみせて!」って言うとそれは断ったりできないみたいで、おれは千羽家のパワーを代々木家で存分に発揮した。
真城は土地の外からやってきた子どもだった。お父さんとふたり暮らし。お父さんはこの土地の出身なんだけど結婚を機に上京し、離婚して土地に戻ってきた人で、周りのひとは「都会の女に騙された阿呆」っていつもコソコソ悪口を言っていた。感じ悪いよねえ。でもこれが田舎なんですねえ。けどおれは気にしなかった。っていうかそんな、誰と誰が結婚して土地を出て行ったとか、離婚したから戻ってきたとか、それが悪口になっちゃうこの土地のことをすごくやばいなぁって思ってて、親に影響を受けて真城のことを悪く言う同級生のこともホントは全員嫌いだった。ここだけの話ね。それでおれは、ジョーの家に行く時に真城も誘うことにした。真城は、あの頃はいつもちょっと暗い顔をして小学校の教室の本棚に置かれているミステリを全部読もうとしていた真城は、おれの誘いにとてもびっくりしたみたいだった。
「なんで?」
と言われた。
「なんで俺のこと誘うの?」
うーん。
「時間がありそうだったから」
「暇そうって意味?」
「うん」
おまえ、正直だね、変なやつ、と言われたから、真織だよ、と名乗った。
「千羽真織」
「知ってる。ていうかおまえの家のこと、知らないやつなんていねえだろ」
「そうかなぁ?」
「俺は、真城
かっこいい名前じゃんって思った。それでおれたちはふたりで連れ立って代々木家を訪ねた。ジョーの親はおれの後ろに立つ真城を見て露骨にいやな顔をしたけれど、
「友だちなんです」
の一点張りで押し切った。
やがて3人でマンガを読むだけの放課後にも飽きて、今度は3人で山や川に行くようになった。不思議なことに、おれがひとりで山や川に行こうとすると必ず周りの大人に止められていたのに、ジョーと真城が一緒だと誰にも何も言われなくなった。本当に不思議だね。ふたりの背がおれより高かったからかな?
おれたちはどこにでも3人で行った。その頃からおれよりひと回り体が大きかったジョーは大きな自転車に乗っていて、移動の際、おれはいつもジョーのチャリの後ろに乗せてもらった。真城はママチャリだった。離婚した時にお母さんがくれたって言ってたけど、深く突っ込んで聞こうとは思わなかった。ほら、人には人の事情があるじゃん?
思えば俺たち訳ありトリオだったんだよね。あの頃から今に至るまで、ずっと。
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