第8話 幼馴染の白雪姫②

 ―― ピンポーン


「は、はやっ!?」


 それは俺の家の呼び鈴が鳴った音だ。 姫子が襲来しにきた合図なんだけど、でも予定よりも20分以上も早くて俺は焦りだした。


 だって俺はまだ体を乾かしてる最中なんだけど? そりゃあ姫子が来るってわかってたから早めに風呂から出たけどさ……それにしても来るの早すぎるだろ!


 ―― ピンポーン、ピンポーン


「やばいやばい!!」


 姫子が呼び鈴を連打しだした。 こんな事をされたら俺の焦りはさらに加速しちゃうって! ……はぁもういいや、もう体拭いてる場合じゃないや……さっさと姫子を家に入れないと怒られる。


(とりあえず下だけ隠しとけばいいだろ)


 俺はそう思って急いで下だけ拭いて部屋着の短パンを履いた。 残りを着替えるのはもう諦めてタオルだけを首にかけて玄関の方に向かった。


―― ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン


「はいはいわかったって!」


 俺はそう言いながら玄関の扉の鍵を開けた。


―― ガチャッ


「あ、やっと開いた。 全く遅い……よ……?」

「はぁ、はぁ、す、すまん……ん?」


 扉を開くと目の前には姫子が立っていた……んだけど姫子の目が点になって固まっている。


「なっ……なんて恰好で出てきてんのよーーー!?」


―― バタンっ!!


 姫子が正気に戻ったと思ったらすぐに絶叫しながら扉を閉めてきた。 一瞬だけど姫子の顔は真っ赤になって慌てふためいている姿がチラっと見えた。


「え、なんで?」

「服を着ろ馬鹿ーーー!!」

「え? ……あ、あぁ、そっか」


 俺は自分の体を見てみる。 今の俺は短パンだけ履いてるだけで上半身は裸だ。


 でも幼馴染の姫子には今まで上半身裸くらい普通に何度も見られたことがあったし、今更こんな恰好を姫子に見られても俺は何も気にしないんだけど……でもそういえばここは貞操観念が逆転してるんだっけか。 お風呂に入ってリラックスしたおかげで、今日体験してきた数々の不思議な出来事をすっかりと忘れてしまっていた。

 

「す、すまん、服着てくるからもう少しだけ待ってて――」

「アナタ……後でお説教だからね……!」

「……え?」


 俺は急いで上の服を着替えに行こうとしたんだけど、その時に何か不穏な事を言ってる幼馴染の声が聞こえた気がした……


◇◇◇◇


「本当にアナタは……はぁ……」

「す、すいません……」


 時刻は19時半過ぎ。 服をちゃんと着替えた俺は、改めて姫子を家に呼び込んだ。 そしてリビングまで一緒に行くとすぐに正座をさせられて、そのまま姫子のお説教タイムが始まった。


「はぁ……これはアナタのご両親に報告案件だわ」

「は、はぁ!? な、なんで!?」


 姫子は腕を組んで仁王立ちをしながら俺の事を睨んできた。 いや姫子にここまで怒られる事はかなり久々だったので、俺はたじろいでしまった。


「……アナタ、普段からあんな事してるわけ?」

「え? あんなことって?」

「だ、だから……ほぼ全裸の状態で扉を開けたりすることよ……!」

「あ、あぁいや、それは絶対にしないけどさ……」

「じゃあなんで今日はあんな状態で扉を開けたのよ?」

「え、えぇっと、それは……まぁ姫子なら別にいいかなーって思ってさ」

「っ!? そ、そう……」


 俺がそう言うと、姫子は顔を赤らめてきた。 そのまま姫子は恥ずかしそうに目を反らして、自分の横髪を指先で弄くり始めた。


「……で、でも、今のは私だから良かったけど……もうこんな事は二度としないでよね。 この事は今度アナタのご両親にもちゃんと叱って貰うように報告するからね」

「あ、あぁ、ごめんって……で、でもさ、何もそこまで怒らなくても良くないか?」


 いや俺が悪いのはわかってるんだけど……でも正直ここまで姫子に怒られる理由が俺にはよくわからなかった。 そりゃあ逆セクハラ的なことをしてしまったわけだけどもさ。


「何言ってるのよ。 最近は本当に物騒な世の中なのよ? それなのに男子の一人暮らしなんて危ないじゃないの」

「は、はぁ……でも今時一人暮らしる学生なんて珍しくもな……あ」


(あ、そうか。貞操観念が逆転しているって事は、つまりあらゆる事象も逆転してるってことか)


 つまり俺の今の状況は、現実で言う所の“女子高生が一人で暮らしてる”という状況なのかな。 あぁ、そう考えたら姫子が心配する理由も何となくわかる。


(……いや姫子が俺の心配をしてくれるなんて違和感しかないんだけど!)


 現実の姫子は俺の心配なんて絶対にするわけないから、こちらの姫子の優しい雰囲気に凄い違和感を感じてしまった。 いやそんな事を現実の姫子に言ったらメチャクチャ怒られそうだけどさ。


「あ、あと最近はここら辺で“痴女”の目撃情報もチラホラと出てるから、夜は絶対に一人で出歩かないでよ?」

「ち、痴女!?」

「な、何をそんなに驚いてるのよ?」


 な、なんだよその思春期男子の心をくすぐるような素敵な言葉は!? エロい本とか動画でしか聞いた事の無い単語が出てきたぞ!? ……あれ?


「……ん?」

「ど、どうしたの?」


(エロい本……動画……あれこの世界って……あれ?)


 痴女とかいう言葉に少し興奮してしまったけど……でも待って、この世界って貞操観念が逆転してるんだよね? それで他の色々な事象も逆転してるんだよね? ってことは……え!?


(ちょっと待ってくれ! こ、この世界のエロコンテンツってどうなんってるんだ?)


 それに気が付いた瞬間、俺は自分のパソコンに保存しているエロコンテンツが無事かどうかが不安で汗がぶわっと溢れ出してきた。 もし全部無くなっていたら俺はショックで立ち直れなくな……いや最悪ショック死するかもしれん、例え夢の中であったとしてもだ!


「……ちょっと!! 私の話聞いてるの!?」

「あ、は、はい! す、すいません……!」


 そして俺が全く違う事を考えてたのがバレバレだったようで、姫子にはまた怒られてしまった。 でも非は俺にあるわけだし仕方がないので、俺はしばらくの間ひたすらと謝り続けるbotと化した。


 もちろん内心では姫子さっさと帰れ! と思っているのは言うまでもない。 ってか早く帰って貰わないとパソコンを開けないし……頼むから早く帰ってくれ!


「本当に年頃の男子の一人暮らしって危ないんだからね! わかってるの?」

「はい、すいません……」


「アナタは本当に昔から危機感を全然持ってくれないから不安で仕方ないわ、年頃の男子なんだって事をちゃんと自覚してよね」

「はい、すいません……」


「それにこのアパートはセキュリティもそこまでしっかりしてるわけじゃないんだよ? アナタはそれは不安じゃないわけ?」

「はい、すいません……」


「はぁ、全くもう……だからさ、もう一人暮らしなんかやめて……早く私の家に居候しなさいって」

「はい、すいま……はい?」


 姫子の言葉にずっと謝り続けるbotに徹していたのだけど……なんか突然と恐ろしいワードが飛び出してきて俺は戦慄した。


(ひ、姫子の家に……い、居候……だ、と?)

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