つみ





 なかなか一人にならない六歳の自分にやきもきしながら、幼い自分に同情もした。


 結婚相手の役に立つように。

 自分の家よりも位の高い家へ嫁ぐことを目指す弱肉強食の世界。


 位が高い家に嫁いで、結婚相手を支えるべく、教養(歴史、地理、数学、国語、生物、化学、物理、芸術、音楽、舞踊、情報収集及び精査、投資、法律など)と自己防衛術(あらゆる武器を使って、もしくは武器がない場合の模擬戦闘、逃亡方法など)、家庭術(食材及び薬草の一般知識、礼儀作法、料理、裁縫、掃除、交渉、災害対策、怪我や病への対処方法)を叩き込まれていたのだ。

 常にそれぞれの先生と一緒に行動して、就寝時間以外に自由などありはしなかった。

 王子と婚姻するまでずっと。


 待つしかないか。

 ひたすら夜になるのを待った。






 わかりました。

 就寝時間まで草陰で身を潜めて、闇に溶け込んで邸に侵入。自室へと向かい、自分にしか知らされていない隠し扉を使って自室に入り込んで今、女神からゆずり受けた鯉の仮面を付けた私は女神を名乗って、六歳の自分に恋を秘めたままにしないと不幸になると断言したところで、六歳の自分は礼儀正しく椅子に座ってそう言ったのだ。


「王子への恋は封印します」


 大丈夫かな自分。

 正直、こんな怪しい人間の言葉を信じるなんて自分ながら心配過ぎると思ったけれど、好都合だとその素直な心を利用することにした。


「あなたはどうやら恋愛や結婚に向いていないようですので、ほかにも好いた人間ができるかもしれませんが、秘めたままで生きる術を身に着けた方がいいですよ」

「そう、ですね。私ものめり込む性格だと思うので、他人に執着しやすい恋愛からは一歩身を引いた方がいいと少し考えていました。王子に会ってからは吹き飛んでしまいましたが。やはりいけませんね。がんばって封印します」

「今もがんばっているのに。申し訳ありません」

「私から進んでがんばっているところもあるので謝罪は不要です」


 かわいい。

 幼くても凛々しい表情になった六歳の自分にきゅんとした私は抱きしめて心中で謝り、ありがとうとさようならを言って、眠るまで傍にいて、こっそりと自室から出て行き、身を潜めていた場所まで戻り女神を呼んだ。

 女神はすぐに現れた。

 錦鯉の姿で。

 空中にふよふよと浮いている。


「まさか一日目で願いを叶えるなんてね」

「ええ、私も驚いていますが」

「ふふ。まあ、いいでしょう。では戻りましょうか。あなたの世界へ」

「はい」


 戻ったら崖を登らなければと思いながら目をつむり、着いたわよとの女神の言葉で目を開ければ。

 鉄格子が目の前にありました。

 棘がいっぱいで痛そうですが、一面の鉄格子以外の五面は心身共に癒される優しい木の板で囲まれて、奥には扉と本棚と柔らかそうなベッドがありました。

 大きい牢屋です。

 牢屋。

 牢屋?


「え?」


 身内が何かをやらかしてしまったのかと瞬時に考えて顔が蒼褪めたところで、王子がいることに気づいた。

 いつもの不愛想な顔でじっと私を見ている。


「王子様。どうして私は閉じ込められているのですか?」


 六歳の自分を信じるのならば、王子とは一切は無理でもそう関わりを持ってはいないはず。

 牢屋に閉じ込められる理由は、身内が罪を犯したとしか考えられない。

 冷や汗が滲み出る。

 けれど身体は震えていない。

 恐怖にむしばまれていない。


「閉じ込めるしかなかったのですよ」

「どのような罪を犯したのですか?」

「私から遠ざかった」

「え?」

「私があなたに話しかけようとしてもすぐに姿を消してしまう。何年も、何年も続いて。でもいつかは。そう希望を持っていたのに。あなたは教会に入ると。結婚をしないと宣言しました。もうだめだと思いました。閉じ込めて、私の話を聞いてもらうしかないと思いました」

「え?」


 だめだ。だめだ。

 うるんだ漆黒の瞳に、赤らんだ目元に、引き伸ばされた薄い唇に、少しだけ頼りない指に、私と同じ肩幅に、まだ幼さを残す声に。

 心が強く揺り動かされる。

 だめだ。だめだ。だめだ。

 こんなに想っていてくれるなんてと喜んじゃだめだ。

 王子は私以外の人と結婚をしなければいけないのだ。

 私は、私だけではなく、あなたも滅ぼしてしまうのだから。


 私は心の中で必死に女神を呼んだ。

 過去に戻してと。

 王子に会う前の自分に会わせてほしいと。

 必死になって、王子の愛の告白を遮った。


 果たして、女神はまた願いを叶えてくれた。

 の、だけれど。


「「え?」」


 過去の世界で私は幼さをなくしてしまった、未来の王子と遭遇していた。











(2022.6.14)


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