ゆめ





 ひとめぼれだった。


 花を際立たせる、落ち着いた初春の葉。

 あわく焼けた、躍動が色づく初夏の麦。

 胸をざわつかせる、切ない初秋の桔梗。

 無音で、近づいては遠ざかる初冬の雪。


 四季を、世界をすべて身になじませた令嬢。


 彼女しか見えなかった。




 あなたには笑っていてほしいの。


 無表情だとわかっていたから、彼女が望むのならばワライダケを食べた。

 種類の違うものを、いくらだって。

 けれど彼女の望む笑顔にはなれなかったらしい。

 彼女はワライダケを自ら取りに行った。

 時に怪我を負いながらも、時に病にかかりながらも、時に専門の者に取りに行かせればいいと懇願しても、願ったのは私だから自分で取りに行かなければいけないと、手をそっと離す。


 それが彼女の望みならば。


 共に行きたい。

 けれど公務に出る私を彼女が望んでいるのだから、ここに、城に残った。

 何人もの姉も兄もいるのだから残らなくてもいいとは、言えなかった。




 ぜんぶ、夢だ。

 彼女が告白してくれたのも。

 彼女と婚姻を結んだのも。

 

 彼女が崖から落ちて死んだのも。


 ぜんぶぜんぶぜんぶ夢の話。

 なぜなら現実では彼女との接点はほぼないに等しかった。

 国の行事であいさつを交わす程度。

 だというのに。

 日に日に想いはつのっていく。

 このままではいけないと決心して自ら会いに行ったが、いつも姿を消してしまう。

 泣きたくはなるが、絶望はしていない。

 姿は見えるのだから。

 いつかは届くと。

 この手を取ってくれると。

 希望は持っていた。


 彼女が教会に務めると彼女の父親から聞かされるまでは。








 彼女を牢屋に閉じ込めた。

 ずっとずっとずっとだ。

 彼女が自ら毒を飲んで死ぬまでずっと。


 私が彼女を殺したのだ。


 夢の中でも現実でも。


 絶望に打ちひしがれた私は何日も何日も寝ないで願い続けた。

 戻してくれと。

 彼女に会う前の過去の自分の元へ。






(願いは叶った、のに)


 錦鯉の姿をした女神は言った。


 姿を見られてもいい。

 過去の住人に正体さえばれなければいい。

 ただし、正体がばれたり、三日間の内に願いを叶えなければ、鯉になって時空の狭間に閉じ込められる。


 あともう一つ。

 ある人と一緒に行動してもらう、と。


 どうせ女神が用意したお目付け役だろうとしか考えていなかったのに。

 なぜだ。

 なぜ彼女がここにいる?










(2022.6.16)


    

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