第5話 隙間

(スマホの着信音 ピロピロピロピロ)

(応答のスライド スーッ)

「もしもし?こちらから掛けておいてなんですが、あなた誰ですかぁ?」

「え?監督?これはこれは、失礼しました!監督でもいいや。私です、千夏です!大変なんです!緊急事態なんです!すぐに旧校舎の裏に来てください!お願いしますよ!」

(電話が切られる ツーツー)


「こっちですよー。監督ー。旧校舎と管理棟の間ですよー。

 ふぅ。ようやく救助隊が到着しましたね。

 あいや、実はですね、私がいつものように放課後に部活のため、制服を着たまま体育館へ向かおうとしてましたら、目の前に迷子の子猫ちゃんが現れたわけですよ。こう、かわいい声で『ニャーニャーニャー』って泣くもんですからね、おやおや、迷子ですか?てなもんで近寄ってみたんでさぁ。そしたらまぁ、そのかわいい子猫ちゃんが驚いちまって、目ん玉ひん剥いて逃げるじゃぁありませんか。ちょいと、ちょいと待っておくれよ。別に獲って焼いて食ったりなんかしませんぜぇ、って追いかけていたらですね、このとおり、あっしの体が旧校舎と管理棟の間に挟まってしまって、抜けなくなってしまったってわけなんでさぁ。最初は無理やり脱出しようとしたんですがね。これがなんともはや中々抜けねぇんでさぁ。このままじゃいけねぇ、ラチがあかねぇてなもんで、何とかポッケから取り出して手にしたスマホだったんですが、このとおり、ガッチリはまってしまったもんだから、頭を動かすことができずに、肝心の画面が見えねぇ。こいつぁまいった、ってなもんで、勘で操作していたら、どうやらこの前登録したばかりの監督へと繋がったという具合なんでさぁ。


 さぁ旦那!早いとこ、あっしの体を持って、ひっこ抜いちゃっておくんなせぇ」


「あいや、なんともお恥ずかしい限りで、嘘のような出来事になってしまったものですから、落語口調になってしまいました。頭も肩も腰も全部挟まってしまったので、私のウエスト辺りをガッチリ掴んで引いてみてください。そうです。はいっ!」


「んーー。あでででーー」


「抜けませんねー。もっと私の体に密着して、ウエストから腕を前に回して、抱えるようにして、はい、もう一度。せーの!」


「あでででーー。あだだだーー」


「抜けませんねー。では次は、もっと私にくっついて、脇の下から、腕を前に回して、羽交い絞めのようにして、少し上へ引っ張り上げるようにして抜いてみましょう。いきますよ。せーの!」


「ぐぬぬぬー。のあぁーーー!」


「ふぅ。やっと抜けましたね。ありがとうございました監督。一時はどうなるかと思いました。あのまま大人になっていくんだと思って、ゾッとしておりました。

 さてと、子猫ちゃん出ておいでぇー。怖くないですよー。ママの所へ帰りましょー。一緒に探してあげますよー。ん?やっぱり日本語で言っても通じないか?


 にゃーにゃーにゃー

 みゃーみゅーみょー

 もゃーもゅーもょー

 まゃーまゅーまょー」


(子猫 ニャーニャーニャー)


「返事はしますけど出てきませんねぇ。おやつでもあげてみますか?私がいつも持っている、この固焼き醤油せんべいをあげてみましょう。私が食べているところを見れば、きっと子猫ちゃんも食べたくなるはず」


耳元(せんべいをかむ音 バリバリ ボリボリ)


「おぉー出てきましたよ監督。かわいいでしゅねー。ほぉら私のお手手にお乗りなさぁい。おーよしよし。ほら、監督もいいこいいこしてあげてください。モフモフで気持ちいいでしゅよ~」


(目の前に子猫と千夏の顔)

 耳元小声「いいこちゃんでしゅねー

 監督に良くしてもらって気持ちいいしゅねー

 ん?どうしゅましたかぁ~?

 ママが恋ちいでしゅかー?

 おねータンが一緒に探してあげましゅからねぇー

 ん~ほんとにあなたは、かわいこちゃんでしゅねー

 よぉしよしよしよしぃ」


(子猫 ニャーニャーニャー)


「おっ!あそこの木の影にいるのはママ猫ちゃんかな?同じ模様だし、どうやら呼んでいるみたいだから、きっとそうでしょう。ほら、子猫ちゃん、ママがお迎えに来ましたよ~。お行きなさい~」


(親猫へ歩いていく子猫が、振り返って軽く会釈して去っていく ニャーニャーニャー)


「きゃー!監督!今、子猫ちゃんがお礼を言っていきましたよ。きゃわわー。

 監督!決めました!私、将来は獣医さんになって、困っている動物さんたちを助けたいと思います。病気やケガで困っている動物さんを、その絶望の淵から引っ張り上げられる人になりたいと思います!


 え?校舎の隙間から引っ張り上げられたヤツが言ってたら世話ないよって?


 御後おあとよろしいようで」

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