第2話 大浴場

(山奥 小鳥のさえずり チュンチュン

 川のせせらぎ サラサラ)

「いやー。空気がおいしいと、練習もはかどりますね、監督」

小声「そして何より、私とお買い物に行ったそのジャージ、お似合いですよ。うふっふっ」


「ところで、どうしてそんな『遠くまで来てしまった』みたいな絶望の表情を浮かべているんですか?私たちへのご指導、お願いしますね。監督!」


(チュンチュン サラサラ)

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、んっ、んっ、

監督~。もう一回だなんて、これ以上無理ですぅ~」


小声「どうしちゃったんですか?監督。急にやる気出して、坂道往復ダッシュを何回もやらせて。あっ、もしかして、急にこんなところへ連れてこられて怒ってますか?だからって私たちにあたらないでくださいよ。このとおり、謝りますから、お許しください。ごめんなさい。ごめんなさい。今日はこの辺で練習終わりにしましょう。ね。ね。ね。」

「え?だめ?わかりましたよー!みんなー!ダッシュもう1回ー!」


「グルガングン魂ーーオー!」


(チュンチュン サラサラ)

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、

今日の練習終わりよー。ぜぇ、全員集合ー!!ぜぇ、

 監督に、礼。ありがとうございましたー。解散。ぜぇ、しっかり水分補給してねー。1年生は夕食の準備よろしくねー。ぜぇ。」


「監督。ぜぇ、合宿所のお風呂は大浴場の一つしかないから、先に入っちゃってください。ぜぇ」


(風呂の扉が開く音 ガラガラ)

「一番風呂♪一番風呂♪ ん?ん?ん?ん?

 な、な、な、な、何で監督お風呂に入っているんですかーーー!!?

 そ、そ、そういえば私、疲れてて、監督を先にお風呂へ入れていたことを忘れてたわ。後ろからは裸の部員たちが押し寄せてきているし、、、

 私のミスによって勘違いした部員が監督を変質者扱いして名誉が傷つけられてしまう恐れがあるわね。ぬぁー。


むむむむっ。むむむむむむっ。


 こうなったら監督を隠すしかないわね。

 監督!今すぐ浴槽から出て、あそこの出入口の横にある掃除用具入れに入ってください!さー早く!」

(浴槽から上がる水音 バシャーン)

「ぬあーー!!前を、前を隠してくださいぃ~!!

 そうです。早くこちらへ。この掃除用具入れの中へ。ちょっと狭いですが、密着すれば二人分くらい何とかなりますから。ほら、詰めて、詰めて」


(風呂の扉が開く音 ガラガラ)

耳元小声「あー入ってきました。ギリギリセーフでしたね。

 コラ!監督!隙間から部員たちの裸を見てはいけません!私のほうだけを見ていてください!、、、


 ん?ん?んあーーーー!!!

 そういえば私も裸だったーーーー!!!

 とっさの事で忘れてたーー!!!

 それに、私まで掃除用具入れへ入る必要なかったーーー!!!

 そして、今更出ていけないーー!!!


 なんという恥ずかしさ。ダメですこちらを見ないでください!あっ!やっぱダメです部員たちの方を見てはいけません!こちらを見ていてください。

 こんな狭い中で、監督と一緒に裸で、タオル一枚をへだてただけで体を密着して、見つめ合うだなんて、、、、

 私のミスでこんなことに巻き込んでしまって、本当に、本当にすみません。それに、私は練習を終えたばかりで汗臭いでしょうし、、、

 ダメです、申し訳なさと恥ずかしさで、このまま向き合っているなんでできません。監督は180度回転して私に背中を向けてください。

 そうです。そうです。慎重に。音をたてないように。あーーー!!タオルが巻き込まれて取れてしまいました!

 下に落ちて、かがむことができずに手が届きませんーー。それに、それに、


ち、ちょくで私の胸が監督の背中に、、、」


(心臓の鼓動音 ドクンドクン)

耳元小声「んはぁ。部員たちにばれたらまずいという思いと、監督の背中の広さに私、なんだか、体温が上がって心拍数の上昇も止まりません。


(心臓の鼓動音 ドクンドクン)

 んはぁ。んんはぁ。んはぁ。んんはぁ。んん。


 このまま部員たちが全員出ていくのを待っているとなると、、、一時間以上もこの状態で?!私、どうにかなってしまいそうです、、、でも、さっきまでお風呂に入っていた監督のカラダ、あったかいから、なんだか、不思議と安心してきました。

 前に、手を回してもいいですか?もっとギュッてしたら、もっと安心できるかも。


 エイッ! ギュッ!

 一緒にこの苦境を乗り越えましょう!監督!


 あら?監督の後頭部に流しそびれたシャンプーの泡が付いてますよ。あっあっ、だんだん垂れてきましたよ。やだっ、ヌルヌルして、すべっちゃう。監督の背中と私の胸が擦れ合って、さらに泡立ってきちゃいました。どうしてちゃんと流さなかったんですかー。あっ、やだ、どうしよう下の方まで垂れてきて足裏もヌルヌルになってきちゃいました。ここで転んだら掃除用具入れの扉が開いて、監督に抱きついた状態で部員たちの前に放り出されて大変なことになってしまいます。このヌルヌルに焦れば焦るほど体が硬直して変に力が入って、やだ、もう無理ー!」


(ブレーカーが上がって電気が消える音 バチーン)

小声「ん?真っ暗になった。停電?そうか、一斉にドライヤーを使い始めてブレーカーが落ちたんだな。おーこれはチャンスですよ監督。今のうちにここから出ましょう。今なら私たちの目は暗闇に慣れていますから有利です。監督はここから出たら着替えを持ってすぐに自分の部屋へ行ってくださいね。いいですか?いきますよ!


いち、にの、さん!!」


(掃除用具入れが開く音 バタン)

(風呂の扉が開く音 ガラガラ)

(廊下を走る音 バタバタ)


(ブレーカーが戻され、電気が復旧する音 バチーン)

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