第24話 英雄になりたい訳ではない

寝て居ても悪夢を見る。


起きて居ても地獄の日々だった。



「もう……朝なのね」



何年振りだろうか、悪夢を見なかったのは。


宿屋のベットから起き上がる、未だに夢を見ているのでは無いかと思う。


だが皮肉な事に、支配されている時は精神的に余裕なんて無かった、夢でも支配から逃れるなんて有り得なかった。


だが今日見た夢は何年振りかの幸せな夢、それが四季崎の死、つまり支配から逃れた事を告げて居た。


こんなにも心が軽いのは初めてだった。


だが一つ、シコリが残るとすれば何もかもをカナデに頼り切って居た事だった。


あいつらは強過ぎる、そう割り切ることも出来るが私にだってプライドはあった。


まだ若干眠たい目を擦りながらボサボサの髪の毛を洗面台で確認する、今日は彼らに改めて礼を言わなければいけない。


まだありがとうすら言って居ないのだから。



「取り敢えず……シャワー浴びないと」



昨日の事は正直あまり覚えて居ない、私が自爆し、四季崎が無事だったと言う事実を知り、絶望と自爆の傷で意識が朦朧として居た。


そして気が付けば四季崎は死に、私の怪我も治って居た。


今でも信じられない、シャワーを浴びながら無くなった筈の右腕を動かす、腹部も腕もカナデの力で再生した箇所は若干皮膚の色が違うが、それでも信じられない治癒力だった。


治癒魔法は種類や用途によっても違うが、基本応急処置にしかならない。


それこそ昨日の私の状態なんて死を待つだけの状態、魔法全般に優れているエルフですら無理な状態の筈だった。


何というか……四季崎も常識外れの強さだったが、カナデはそれ以上、魔法やその全てを根本から否定する様な強さを持っていた。



「あの強さにはどう足掻いても無理ね」



シャワーの水を止めると、浴室から出て身体を拭く、洗面台に映る自分の体には昨日の傷だけでは無く、無数に切り傷がついて居た。


数年前は至って綺麗な身体だったのだが……それが残念と思えるのも四季崎から解放されたからだった。



「そろそろ起きてるかしら」



髪の毛を乾かしながら時間を確認する、8時なら流石に起きている筈だった。


とは言え、お礼は何をすれば良いのか……私は一文なし、出来ることなんて何も無かった。



「考えても仕方ないわね……取り敢えず言葉だけでも」



髪の毛を結ぶと鏡でおかしな所が無いかを確認する、そしてベット脇に立て掛けて居た剣を手に取るが、直ぐに元の場所へと下ろした。



「そう言えば、もう戦う必要は無いのよね」



幼少期から鍛錬はして来た、目的はこの街を守る騎士団へと入る為、だが騎士団は四季崎に壊滅させられ、そして私は復讐の為に剣を握って居た。


そしてその四季崎も死んだ……皮肉にも彼女の存在があったお陰でガルデナ近辺の盗賊団や魔獣は一掃されている、私が守らなくてもこの街は充分に平和だった。


もう、剣を握る意味は無かった。


剣を置いて背を向けると部屋を出る、そして少しだけ離れたカナデ達の部屋に入ると、宿屋の従業員が清掃をして居た。



「あの、此処に泊まって居た人達って何処に行きましたか?」



少し動揺しながらも尋ねる。



「お客様なら6時くらいでしょうか?出て行かれましたよ」



6時……もう既に2時間も経っていた。


追い掛けようと外に出るが、宿屋の前には人集りが出来ていた。



「アルテリア……この街を救ってくれたんだってな!!」



「俺はずっと信じてたぞ!!」



街の人々がアルテリアを取り囲む、どういう状況なのか理解出来なかった。



「な、なに?どういう事?」



「赤髪の兄ちゃんから聞いたんだよ、四季崎がアルテリアによって倒されたって!」



何を言っているのか意味が分からなかった。


四季崎を倒したのはカナデの筈、手柄を人に言い廻る様な性格では無いのは分かっているが……何故私にしたのか、不可解だった。



「あ、あの、赤髪の人は何処へ行ったんですか?」



「ついさっき街の外に出て行くのを見たけど……」



騒がしい人集りの中、一人の街人が言った言葉を聞き、アルテリアは走り出していた。


礼も言えずに、街の人からは英雄と担ぎ上げられるなんてごめんだった。



「少しはこっちの気持ちも考えなさいよ……」



少しの苛立ちを抱えながら走り出すアルテリア、その一方でカナデ達はガルデナから当てもなく北上していた。



「本当に良かったんですか?」



「別に英雄になりたい訳では無いですから」



「そうですか……カナデさんがそう言うなら、私は何も言いません、これからはどうするんですか?」



「そうですね、取り敢えず……」



英雄組合の集まりまではあと5日程ある、暫くはコロサスでゆっくりしても良さそうだった。


それにカーニャ達にはここ数日間ずっと歩かせっぱなし、休息も必要な筈だった。



「カーニャは何かしたい事あるか?」



「したい……こと」



突然の質問に少し驚いた様子だった。


だが答えを出すのにそう時間は掛からなかった。



「カナデと一緒に居たい」



その言葉に今度はカナデが驚いて居た。


まだ出会ってそんなに日数は経ってないが、俺も懐かれた物だった。



「おお、ならコロサスの街でも回るか、大会の時はしっかり滞在出来なかったからな」



その言葉にカーニャは頷いて居た。



「あ、あの……私には聞いて下さらないんですか?」



「メリナーデさんはどうせお酒でしょ?」



「そうなんですけど……」



何故か少しムッとして居た。



「コロサスに転移するので俺の周りに集まって下さい」



そう言い少し離れているメリナーデを手招きする、そして周りに集まると二人はカナデの服の袖を掴んだ。


足元に魔法陣が出現し、3人を光が包む、そして一瞬、視界を眩ますほどの光を放つと次の瞬間にはコロサスの街に着いていた。



「お酒が私を呼んでいます!」



コロサスに着くや否や、メリナーデは何処かへと駆け出して行く、探知魔法や防御魔法を掛けているとは言え、少し心配だが……街には少なくとも転生者の気配は無い、大丈夫な筈だった。



「じゃあ街を回るか」



「うん」



嬉しげな表情のカーニャを連れ、カナデは久し振りにも思える、平穏な時間を過ごした。

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