第25話 突然の誘拐
時間は少し遡り、大会優勝直後へと戻る。
大会に優勝したカナデの賞金を使って酒場で酒を飲むメリナーデに付き合わされるカーニャ、この時カナデは如月と話している最中だった。
「ちょっとー、もう少し笑顔を見せてくださいよー!」
酔っ払った影響でカーニャにダル絡みをして無理やり口角を上げようとする、相変わらずだらしが無い人だった。
別に楽しく無くて笑わないのでは無い、人としっかり接する事が無く、同感情表現をすれば良いか分からないのだった。
「どうしたんですか?」
口角を上げようと頬を掴んだままメリナーデが疑問符を浮かべる、感情表現が苦手な自分でもこの場合どんな表情をすれば良いかは分かった。
「そう言えばカーニャさんは何でカナデさんを引き止めたんですか?」
思いっきり嫌な表情をするカーニャを意に介してない様だった。
カナデを引き止めた理由……その言葉に少しカーニャは沈黙した。
何か言いたく無い理由があるのか、酔っ払った思考の中で少し配慮しようとメリナーデが考えているとカーニャは口を開いた。
「……カッコ良かったから」
「へ?」
「カナデがイケメンだったから引き止めた」
あまりにも予想外の答えにメリナーデは言葉が出ない様だった。
もう少し複雑な理由があるのかと思って居たゆえに衝撃は大きかった。
「なんか、意外でしたね」
「そう?」
メリナーデの言葉に首を少し傾ける、正直過去の記憶なんて殆ど無い、悲しい事情があるにしろ、覚えて居なければ意味が無かった。
故にカナデを引き止めたのも深い理由はない、ただイケメンだったからだ。
そして時間は戻る。
「やっぱ数日経つと優勝者でもわりかし歩ける様になってるな」
「うん」
辺りを見回しながら歩くカナデの横顔を眺める、今日もカッコいい。
「カーニャは何処か行きたい所とか無いのか?」
そう尋ねるカナデだがカーニャの反応が無かった。
「カーニャ?」
その言葉でようやく何かを尋ねている事に気がつく、だが何にも聞いて居なかった。
カナデは巨乳の方が好きなのか、そんなどうでもいい事を考えて居た所為で何を尋ねて居たの分からない……だが取り敢えず何か答えなければと焦った結果……
「巨乳?」
「は、え……巨乳?」
口から出た言葉は直前まで考えて居た巨乳、その言葉にカナデも困惑して居た。
何か弁明を……
「ちがっ……カナデはおっぱい大きい子が好きなのかなって……」
駄目だ、もう弁明の余地すら無い……自分は何を言っているのだ。
突然とち狂った様に胸の話をしだすカーニャに疑問を持ちつつも、カナデは笑って居た。
確かに大半の男が巨乳好きだろう、そしてカナデもそうだった。
だがそれは以前までの話し、フィリアスとの出会いでカナデの価値観は一変した。
「胸の大小なんて、本当に心から好きなら大した問題じゃないと思うぞ」
本心で、尚且つこの場で100点満点の答えだった。
カーニャの問い掛けを濁しつつ、それっぽい答えを言う、だが言われたカーニャはイマイチ、ピンと来て居なかった。
つまりはどう言う事なのか、とは言え失言から始まった話題をこれ以上広げる訳にも行かなかった。
「か、カナデ……あそこ行きたい」
平静を装いながらカフェを指さす、感情表現が苦手なのが幸いして、動揺なんてして居ない、至って平常通りに見えている筈だった。
動揺を隠せている、そんなカーニャの思いとは裏腹に、思いっきりブレている指にカナデは少し笑いそうになって居た。
だが顔を逸らして誤魔化す、笑うのなんていつ振りだろうか。
「分かった、カフェに行こう……」
視線をカーニャに戻すが、そこに彼女の姿は無かった。
「カーニャ?」
周囲を見渡すが彼女の姿は無い、人混みの中から微かに聞こえる荒い呼吸と口を塞がれても尚、叫ぼうとする誰かの声……誰かに連れ去られた様だった。
だがあの一瞬で300mは既に離れている……女神の力を感じない所、かなり手練れの異世界人の様だった。
「取り敢えず……泳がしてみるか」
転生者から雇われた可能性もある、それにカーニャの位置はしっかりと把握出来ている、攻撃を受けても防御魔法が発動して彼女に傷をつける事は出来ない、それ程焦ることでも無かった。
「んーっ、んんっー!!」
「うるせぇ、黙ってろ!」
カーニャを抱えて人混みを駆け抜ける、騒ぐ彼女のケツを叩くとスピードを上げた。
あまりに突然の出来事でカーニャ自身も理解できて居なかったが、担がれて運ばれて行く内に何となく自分が誘拐されたのだと理解した。
だが何故私が誘拐されるのか、確かに少しばかり美人で、髪の毛も綺麗だし、誘拐したくなる気持ちも分かるが、それでも白昼堂々と誘拐なんて私でも無謀だと分かった。
「こいつを攫って三千万……丸儲けだ」
笑みを浮かべながら男がボソッと溢す、尋常では無い金額……私にそんな価値があるとは思えなかった。
人混みから抜けると閑散とした裏路地へと入る、街の外へ向かっている様子は無かった。
「悪いなお嬢ちゃん、俺も人攫いはやりたくねーが、大金の為だ、恨まないでくれ」
それで、ハイそうですかとも言えないが、とは言え焦りも無かった。
カナデならきっと助けに来てくれると信じているから。
「この辺りの筈だが……」
かなり入り組んだ路地を抜けた先にポツンと佇む古びた教会、彼の言動からして引き渡し場所の様だった。
だが街の中心に隠れる様に建てられた教会……随分と寂れている様子だが、何故こんな場所に教会があるのだろうか。
あまり知識は無いが、教会は街の人々が通い易い場所にあるという事位は分かる、だがこの教会はまるで隠れる様に作られて居た。
「中か?」
男は誰かを探す様に周囲を見回しながら扉を開ける、どれほどの期間、開けられて居なかったのか、木製の扉とは思えない程の鈍い音を立てて扉は開いた。
中は薄暗く、ステンドグラスから何かの像を照らす様に差し込む日差しだけが頼りだった。
「おい、誰か居ないか?約束通り攫ってきたぞ!!」
だが中から返答は無い、そもそも人の気配すらしないが……男は不思議そうに首を傾げて居た。
「なんで私を攫うなんて依頼があるの?」
「知らねーよ、依頼の詮索はしない、こっちの世界じゃ常識だ」
「と言う事は依頼主の素性も不明って事か?」
「俺は金さえ貰えれば良いからな」
そう男は言葉に返答する、だが攫った少女とは明らかに違う声色にすぐ声がした方向へと視線を向けた。
「だ、誰だ!?」
「その子を返してもらおうか」
教会の柱の影から姿を現したのはカナデだった。
「こいつの保護者か!?だが何で此処に?!」
しっかりと撒いて、人目がないことも確認した……最速最短で教会へたどり着いた筈、だが先回りされて居た事実に男は困惑して居た。
「カーニャ、何もされなかったか?」
「お尻叩かれた」
「それは大変だ」
そう言い剣をゆっくりと構える、少女を人質に逃げる……そう考えたがナイフを取り出そうと懐に手を入れた瞬間、本能的に辞めたほうがいいと感じた。
ナイフを掴むのを辞めて、ゆっくりと手をカナデに見える様に出す、一応人を見る目は優れていると自負している。
盗み相手の実力を測れなければ盗っ人なんてやれない……彼の実力は計り知れなかった。
強大すぎて逆に盗めると思ってしまったパターン……死を覚悟した。
「依頼主について知っている事は本当に無いか?」
「何も知らない」
嘘はついて居なかった。
彼に揺らぎは見えない、だが本当に知らないとすれば奇妙な話だった。
「ならどうやって依頼を受けたんだ?」
「それは……」
「死ぬよりかはマシだろ?」
そう言い少し威圧する、何か言い難い理由があるのは明白だが、死を前にして口をつぐむ程の根性がある筈なかった。
「……最近犯罪を斡旋する様な大きな組織が出来たんだ」
男の言葉……心当たりはある。
「クリミナティか?」
「そうだ、最初は小さな犯罪組織だったらしいが、徐々に勢力を拡大し、やがては犯罪を斡旋する組織となった、今回の依頼もその一環、俺達したの人間は目的なんか知らないんだよ」
「依頼はどうやって受けるんだ?」
「依頼を仲介する人間が居る、大抵は口伝いに噂を聞いて酒場やらに自分で行くんだ、合言葉は『犯した罪は大義の為』らしい」
「なるほどな……」
彼の言葉に偽りは無い、だが合言葉に何の意味があるのか……犯した罪は大義の為、何かを成すためにクリミナティを設立したと言う事なのだろうか。
この情報を英雄組合で話して情報を得るべきかも分からない……少し考える時間が欲しかった。
「早く失せろ、次にカーニャに近づいたら命は無いからな」
「あ、あぁ!!」
カナデの言葉に男は一目散に教会から姿を消す、そもそも何故教会が引き渡し場所だったのだろうか。
「怪我はないか?」
「信じてた」
そう言いカナデに抱きつく、カーニャの頭を撫でながら教会を見回した。
使われなくなってかなりの年月が経っている、教会が引き渡し場所だとどうしてもリリアーナ教関連だと思ってしまう。
そもそも今回狙われたのがカーニャ自身なのかどうかで全てが変わって来る……もしカーニャがターゲットなら、リリアーナ教が元凶と言う事になる。
恐らくクリミナティはただ依頼を受け、それを適当な奴に引き継いだだけの筈……そうなれば優先順位はリリアーナ教となる。
やる事が多い。
だが今日はカーニャとの約束があった。
「それじゃあ……カフェでも行くか?」
「うん」
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