第22話 因縁の

馬車に揺られながら退屈そうに外の景色を眺める、寝ればまた悪夢を見る……呑気に眠るカーニャ達に一瞬視線を移しながら、再び外に視線を戻す、もうそろそろ目的地に着く筈だった。



「ねぇ、あんたら神従って何なの?」



眠らずに本を読んでいたアルテリアが口を開く、確かに彼女達異世界人に取っては不思議極まりない存在の筈だった。


人智を外れた力を持ち、突如この世界に現れた……良くよく考えれば迷惑な物だった。


魔王でも居れば別なのだが。



「あー、そうだな……俺達は元々この世界とは別の世界で生きて居たんだ」



「この世界とは別世界……本当にあったのね」



アルテリアの反応は意外だった、普通ならそんな物ある筈ないと言うのだが……何か心当たりでもあったのだろう。



「理由は様々だが俺達は共通して、その世界で一度命を落としている……そして、女神様によりこの世界へと転生させられたんだ」



「……神様って本当に居るのね、その割にはこの世界は地獄の様だけど」



「神様にも事情があるんだよ……きっと」



自身が力を使えば、消滅してしまう……慈悲深いメリナーデには想像出来ないほど苦痛の筈だった。


困っている人々を助けられない。



「でも、何でこの世界にその……転生者?って奴らを女神は送り込んだの?」



「……俺の場合は生前で善行を積んだから、第二の人生としてこの世界に生まれ変わったんだが……他の奴らは違う、とある人物を殺す為に転生させられたんだ」



「とある人物?」



アルテリアは真剣な表情で首を傾げた。


だが、口を開こうとするが喉元で止める、本当に彼女に真実を話して良いのか……異世界人とは言え、転生者に協力する可能性もある……それに、真実を伝えた所で、彼女が困るだけだった。



「その人物って誰なの?」



一向に言わないカナデに痺れを切らしたのか、アルテリアから尋ねて来る、だが視線を窓の外に逸らすと、適当にはぐらかした。



「それは知らない方が身の為だ、わざわざ此方に首を突っ込む事も無い」



「……そうね、私には故郷を救う役目があるし」



そう言い再び本を開く、だが馬車が突然止まり、アルテリアの持って居た本が床に落ちた。



「止まれ、この先ガルデナに入りたければ50万レラを払え」



外から窓を叩く音と共に法外な値段の通行料を請求される、街に入るだけで50万などイカれていた。


カーテンの隙間からこっそり顔を確認する、一般的な異世界人の兵士だった。



「アルテリア、これは?」



「四季崎の決めたルール、町民以外は通行料50万レラ、町民なら100万……金の無いものは入れず、町民も街に閉じ込めてるのよ」



何の為にそんな事をして居るのかは分からないが……刺激してアルテリアの故郷を破壊されたら元も子もない……此処は大人しく支払う方が得策だった。



「少し待って頂けますか?」



カーテンを開け、顔を出して笑みを浮かべ告げる、そして懐から金の入った麻袋を取り出すと兵士長らしき金髪の人物に手渡した。



「通行料、50万レラですよね?」



カナデの言葉に戸惑いながらも袋の中身を確認する、ずっしりと感じる重量に、金色に輝く金貨……兵士長は困惑しながらも道を塞いでいた兵士を退かせた。



「た、確かに受け取りました……どうぞ、お通り下さい」



「ありがとうございます」



兵士長に礼を言うと馬車を動かす様に合図を出す、先程の揺れでカーニャ達も起きた様だった。



「もう朝?」



「あぁ、目的地に着いたぞ」



霞む目を擦りながらカーニャは外を見ようとする、馬車の揺れで窓に頭をぶつけながらもようやく着いた目的地に少し嬉しそうだった。


殆どカーニャの頭で見えないが、微かに見えるガルデナの風景は至って普通だった、故郷を滅ぼされたと聞き、相当荒廃して居るかと思っていたが……意外にも街は平和そうだった。



「アルテリア、この街はどう言う状況なんだ?」



「平和に見えるでしょ、四季崎は金を払いさえすれば何も干渉はして来ない……ただ、金を払えなければ殺されるか街を出るか、その二つしか選択肢は無い、彼らもいつ殺されるか分からない中で生きてるの」



そう怒りと悲しみが混ざり合った表情で告げる、典型的な守銭奴の様だった。


それにしても四季崎……珍しい名前だった。


馬車は宿屋の前で停車する、寝ぼけて居るメリナーデ達を先に下すと運転手に乗車金を渡し、礼を言った。



「これからアルテリアはどうするんだ?」



「私は……この街を追われた身、バレると色々とマズイから町外れの方で一先ず身を隠すわ」



そう言い、コロサスで買って置いたフード付きのコートを被るとその場を後にした。


カナデは引き止めずに背中を見送る、アルテリアには悪いが、早い所四季崎を探し出して、色々と情報を聞き出したかった。



「カーニャ、メリナーデさんを連れて先に部屋へ行ってくれるか?」



「わ、分かった……」



寝ぼけるメリナーデを見た事も無い位に必死の形相でカーニャは運ぶ、彼女達には防御魔法を一応は施して置いた、転生者の攻撃でも数発は耐えられる、それに一発でも殺意を持った攻撃を感知すれば俺が一瞬で転移する仕組みになって居る……抜かりは無かった。



「……面倒臭いな」



気配感知で楽に探せると思ったのだが、全くそれらしい気配を感じない……俺の存在を悟られたのだろうか。


だが悟られたとは言え、警戒する必要はない筈、用心深い性格なのかは分からないが、見つけるのは骨が折れそうだった。



「まぁ、街の人から情報収集でもするか」



腕を頭の後ろで組み、街へ歩みを進める、その一方でアルテリアは街の外れにある古びた屋敷に足を運んでいた。



「久し……振りね」



所々崩れ掛かった、かつての面影が微かに残る程度の屋敷を眺め呟く、荒れ果てた庭を抜けて玄関の扉を開く、かなり朽ちていたのか、扉は簡単に壊れてしまった。



「あらら……これじゃお父様に叱られてしまうわ」



壊れた扉をそっと地面に置く、埃を被った絵画に陶芸品、ボロボロの赤い絨毯……全て4年前から配置は変わっていなかった。


ずっと……荒らされずに残っていた様だった。



「この壁……ミリアと遊んでて突き破ったわね」



一部だけ不自然に修繕された壁を触り呟く、この屋敷には……私の家族と生きた14年間の思い出が全て詰まって居た。


厳格で一見怖そうに見えるが、家族思いの不器用で優しい父と……誰からも愛される、常に元気で笑顔が美しかった母と……あまり社交的では無いが、常に皆んなの身を心配し、弱いくせに全てを守ろうとして居た妹……皆んな大好きだった。


呼吸が荒くなる。


過去を思い出せば思い出す程、憎しみが増す……息も出来ないほどの怒りを堪える為に唇を噛む……痛みなど然程気にならなかった。


何故家族を奪われなければならなかったのか……なぜ街の皆んなが故郷を追われ無ければならなかったのか……理不尽だった。


だが……あの時の私に力は無かったが、今は違う……必死に、醜く……繋いだ命、そして今日までの4年間、死に物狂いで鍛錬をした。


精霊の力を磨き、自身の身体能力も向上させ、様々な魔法も覚えた……今なら勝てる可能性もあるはずだった。



「皆んな……全てを終わらせて来るわ」



屋敷の裏庭に建てられた三つの墓標に向かって祈りを捧げるとアルテリアは背を向ける、今日で全てを終わらせる。


例え自分が死んでも良い、四季崎さえ倒せれば。


今日の為にやれる事は全てやった……なのに何故手が震えるのだろうか。



「と……まれっ!!」



腕を叩き、震えを抑える、四季崎は街の北側に建てられた大きな屋敷に居る……今から震えて居ては話しにならない。


大きく深呼吸をして気持ちを整える、そして覚悟を決めて顔を上げると、前方に人が立って居た。



「これはこれは……アルテリア家最後の御令嬢ではありませんか」



顔に大きな傷のある首元まで伸びた黒髪の女性……忘れもしない、四季崎だった。


何故こんな所に居るのか、そんな疑問など、どうでも良かった。



「……四季崎ぃぃい!!!」



剣を抜き、身体に精霊の風を纏う、自身に身体強化魔法を何重にも掛け、アルテリアは走り出した。



「凄い成長ぶりだ、あの頃とは違うみたいだね」



「当たり前だ!!お前を……お前を殺す為に私は強くなった!!」



剣にも風を纏わせ斬撃を飛ばす、だがそれを四季崎は軽く交わした。



「精霊の力も強くなってるね」



まるでどれだけ強くなったかを確認するかの様に四季崎は武器も構えずに査定する、まだ足りないのか。



「ふざ……けるなぁあ!!」



これだけ鍛錬して。



「うーん、気持ちのいいそよ風」



数えるのも嫌になる程の苦痛を超えて。



「まだ力隠してるんじゃ無いのー?」



私の……4年間は何だったのか、四季崎は欠伸をして居た。



「確かに強くはなったかもだけど……まぁ異世界人って感じね」



全力の一撃を片手で弾く、剣は宙を舞い、アルテリアの足元に突き刺さった。


手も……足も出ない。


傷一つ付けることすら出来ない……



「私を殺したかった?そりゃ家族を奪って、故郷をめちゃくちゃにした奴だもんね……」



ゆっくりと四季崎は近づいて来る。



「でも、ざーんねーん、お前ら異世界人は弱いんだよ、私達に傷一つ付けられない……」



煽る様にアルテリアに顔を近づけ、告げる……だが、ただでは終わらない。



「あんたが此処まで近づいて来るのを待ってた」



「へ?」



間抜けな顔で疑問符を浮かべる、何も通用しない事など想定に入れて居た……だが、ゼロ距離での大規模爆発魔法は防げない筈だった。


私は死ぬ……だがせめてコイツも道連れにする。



「しっ……ねぇええぇぇ!!!!」



腹部に仕込んだ魔法陣が発光し始める、流石の四季崎も少し焦りを見せて居た。



「自爆って……まじか!?」



「皆んな……今行くわ」



アルテリアは最後に呟くと、辺りは眩い光に包まれ、そして直後……地を揺らすほどの轟音が辺りに響き渡った。

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