第20話 助ける理由
「終わったか……」
先程まで満席で賑やかだった闘技場の観客席には人の姿はもう無い、静寂に包まれていた。
ナルハミアの国王から賞金を貰い、本当なら宿屋は行きたい所だが、金はメリナーデ達に預け、カナデは如月と会う為に闘技場へと残っていた。
「すみませんね、大会直後に呼び出してしまって」
「そんな事より、用件は何だ?」
「いえ、一度英雄組合の会合に出席して頂きたいのですよ、幹部の方が是非会いたいと言っていまして」
幹部も出席する会合……またと無いチャンスだった。
「それはいつあるんだ?」
「今から10日後、ご了承頂けるのなら、またお迎えに上がります」
10日後、微妙に期間は空くが……アルテリアの件もある、ちょうど良いかも知れなかった。
「10日後か、分かった……」
「それでは、また10日後にお会いしましょう」
カナデが了承するのを確認すると如月は深くお辞儀をして闘技場から姿を消す、結局彼の能力は分からず終いだった。
だが……時期に分かる筈だった。
英雄組合は俺の力を相当欲している、能力の情報程度なら簡単に提供する筈だった。
ようやく片凪に大きく近づける……クリミナティとの戦争で英雄組合は恐らく多数の死者を出す、リリアーナの力も弱体化し、俺は片凪を殺せる……一石二鳥だった。
「運が向いて来たか」
頭の後ろで手を組み、闘技場を後にする。
意外にも大会が早く終わったと思っていたが、空を見ると夕焼けに染まっていた。
「タバコでも吸えば絵になるんだろうな」
空を見上げながら呟く、ふと闘技場外の壁にもたれ掛かる人影が視界に入った。
「おい……てめぇ、何したんだ」
苦しそうな顔で此方へと詰め寄ってくる、人影の正体はレイジだった。
苦しげな声と必死の形相でそう告げる彼の言葉にカナデは不思議そうに首を傾げた。
「とぼけんな!!テメェとの試合から……グッ…」
詰め寄り怒鳴るレイジだが、言葉の途中で血を吐くと地面に膝をついた。
「随分と具合が悪そうだな、どうしたんだ?」
心配そうにそう告げる、だが彼はカナデを睨み付けるとふらふらと立ち上がり、剣を構えた。
「飽く迄も……シラを切るか」
呼吸も荒い、典型的な毒に侵されている人間の症状だった。
結論から言うと彼に毒を盛ったのは俺だった。
試合の時、唯一彼に付けた傷……試合中に殺すのは流石に不味いと毒を盛ったのだが……予想より効き目が良かった様だった。
いや、この場合は悪いと言うべきなのか……どちらにせよ、彼が俺を犯人とする見立ては合っていた。
だが流石に今死なれると困る、何処で英雄組合の奴が見てるかも分からない。
「少し座れ、もしかしたら治療出来るかも知れない」
そう剣を収める様に伝えるとレイジは案の定、混乱した様な表情をしていた。
そりゃ毒を盛った犯人と思われる男がわざわざ治療すると言っているのだから無理もない。
「本当なのか?」
「あぁ、何処で盛られたかは知らないが俺はしてない、そもそも英雄組合に協力しようって言うのに何故お前を殺すんだ」
「確かに……」
カナデの言葉も一理ある、そんな表情で頷くとレイジはゆっくりと腰を下ろした。
彼が正義であろうと悪であろうと俺には関係ない、申し訳ないがメリナーデと交わした契約……リリアーナを倒すにはそれしか道は無い。
毒の種類を調べるフリをして、彼に治療を施す、すると苦しげだった表情が少し和らいでいた。
「すまねぇ……あんたを疑った」
「良いさ、心当たりが無い中で今日試合をした俺が疑われても仕方ない」
そう言い治療魔法をかけ終わる、するとレイジはゆっくり立ち上がった。
「死ぬかと思ったぜ……助かった」
そう言いレイジは頭を下げる、俺への疑いはもう無い筈だった。
「それにしても誰から毒なんて盛られたんだ?」
「全く検討が付かない、恐らくクリミナティの野郎だと思うが……何処に潜んでいたんだ」
上手く疑いの目はクリミナティへと向く、このまま彼には死ぬ前に情報を話してもらうとする。
「クリミナティとの戦争はもう始まってるのか?」
「いや、まだ向こうは動いてないらしいがそんなのは信用出来ない、それに10日後行われる会合に向けて組合の幹部を含めたメンバーが拠点に集まり始めてる、戦争が始まるのも時間の問題さ」
「そうか、何か情報とか入ってないのか?俺も協力する身として知りたいんだが」
「いや、まだ詳しい事は幹部の中でも一部しか伝えられて無いらしい、スパイが紛れ込んでいる可能性も考えてるんだとさ」
納得の行かない表情でレイジは言う、だが信用できる者にしか情報を言わないのは賢い判断……中々英雄組合のリーダーは侮れない奴の様だった。
「また会う事が有れば、その時は宜しく頼む」
「あぁ、今回の事は疑ってすまなかった……その上治療まで、本当にありがとう」
「良いさ、今度から気を付けろよ」
礼なんて、本当に申し訳ない。
彼を治療したのは俺から疑いの目を背ける為、それに毒を根本的に消した訳では無い。
彼の命は持ってあと2日程度、気の毒だ。
レイジに背を向けるとカナデは日が沈む街へと足を進める、大金を手に入れたが宿屋は昨日と同じで変更はして居なかった。
何でも高級な宿屋にするとメリナーデがビールが飲めないらしく、結局昨日と同じだった。
なるべく人の少ない裏路地を経由しながら宿屋へと向かう、大会で優勝したせいで、俺が大通りに出れば身動きが出来ないほどに大勢の人が集まる、流石に見つかるのは面倒くさかった。
路地裏や、屋根上を駆使してなんとか見つからない様に宿屋へ辿り着くと、入り口でアルテリアが腕を組み、誰かを待つ様に背を壁に預けて立って居た。
「変な所から現れるわね」
屋根上から飛び降りて来たカナデにアルテリアは少し驚いて居た。
「優勝者は大変なんだよ」
「そう……」
カナデの言葉に話しを広げる事もなく、気まずい空間が出来上がる、自分を待って居たのかと、少し足を止めたがカナデは再び宿屋の中へ入る為に歩き出す、するとアルテリアは呼び止めた。
「待って……なんで私を助けるって言ったの、貴方にはなんのメリットもない」
「だから恩人だからって……」
「本当の事を言って、助けを求めて置いて失礼なのは分かってる……でも、僅かに差し込んだ希望を逃したくは無いの」
何を言っているかよく分からないが、あまり理由は言いたく無かった。
だが真剣な眼差しで此方を見るアルテリアを見てため息を吐く、言わなければ永遠に聞いて来そうだった。
「分かった……だが勘違いはするなよ」
「?えぇ……」
カナデの言葉に首を傾げた。
「恩人、確かに理由の一つにそれもあるが……俺がアルテリアを助けるのは、フィリアスに似てるからだよ」
「フィリアス?」
当然、アルテリアはフィリアスの事が分からずに首を傾げる、転生者を始末出来る、それもあるがどうしても彼女をフィリアスと重ね……そして助けようと思う自分がいた。
「あぁ……俺がかつて好意を抱いてた人だ」
その言葉にアルテリアは何とも言えない表情をして居た。
「そして彼女を殺したのはあんたらの言う神従、理由説明はこれで充分か?」
この事を人に話すとは思わなかった……嫌な記憶が蘇る。
「そう……だったの、悪い事を聞いたわね」
「別に良いさ、目的のついでだ」
そう言いカナデはアルテリアに背を向けると、宿屋の中へと入って行った。
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