第19話 優勝へのこだわり

意外と早いものだった。


先程始まったばかりに思える武闘大会も残すところ二試合、如月との準決勝とアルテリアとの決勝を残すだけだった。


如月の試合は見逃していた故にどんな能力を使うのか多少気になる、とは言え、レイジの必中能力もかなり強力な物だったが俺の前では殆ど能力など意味を成さない、気楽に行くとしよう。


敗者が消えて、静かになった控え室を出ようと出口に視線を向ける、すると試合を終えたアルテリアが入って来るのが視界に入った。


少し疲れている様だった。



「そんな調子で決勝戦えるのか?」



疲労しているアルテリアに少し茶化す様に告げる、すると彼女は何も言わずに此方を睨みつけ、何処かへ行ってしまった。



「何だあいつ」



先程までやたらと絡んで来たのに、こちらから絡むとあの態度、よく分からなかった。


だがそれ程仲良くする必要もない、彼女とは今後会う事も無いはず……サクッと優勝して、賞金を手に入れ、英雄組合で転生者の情報を収集する、ようやく復讐の道筋が見えて来た。


先程と同様に、実況の煽りを聞きながら入場する、会場は先程圧倒的な強さを見せた二人の戦いとだけあって、盛り上がりは最高潮に達していた。



「初めましてカナデさん、私の紹介はもう聞いてますよね?」



「あぁ、英雄組合のスカウトだろ?」



その言葉に微笑み、頷く、先程のレイジとは違い、かなり優しげで好印象な青年だった。



「はい、試合前に一つ、私はこの試合を辞退する予定です」



「辞退?なんでまた」



「理由なんて明白ですよ、カナデさんとやっても万に一つ、勝てる想像がつきません、それに私達の目的は強い転生者のスカウト、それは達成しましたから」



確かに彼の判断は賢明だった、現に戦っていれば彼の事を殺していたかも知れない。


まぁ、そんな事をすれば英雄組合に入る所では無いのだが……とは言え、彼の能力を知れないのは少し残念だった。



「そうか、まぁ俺は止めないさ、辞退したきゃすれば良い」



「はい、それではお言葉に甘えて」



そう言い国王や要人が座る特別席に向けて手を振ると、如月は専用の小型水晶で辞退を告げる、すると少し間が空き、実況がその旨を会場に伝えた。


どよめきや落胆の声が上がる中、如月は笑顔で告げた。



「それじゃあカナデさん、試合後にまたお会いしましょう」



そう言い如月は通路へと戻って行く、最初から最後までただの好青年だった。


だがこの世界では不気味過ぎるほどに良い人オーラが出過ぎている、転生者は大抵調子に乗った奴しか居ない……寧ろ、ああ言う奴が一番危ない可能性もあった。



『カナデ選手には申し訳ありませんが、このまま決勝戦を行う為、しばしお待ち下さい』



アナウンスが流れる、いちいち控え室へ戻るのも面倒だった故、逆に有難かった。


決勝の相手はアルテリア、最初出会った時は彼女がここまで勝ち残れるとは思っていなかった。


フィリアスにそっくりな彼女と戦うのは少し気が引けるが……これもあの駄女神様を養う為、此処で優勝して大金を手に入れなければ極貧生活だった。



「やっぱりあんたが決勝に来るのね」



最初からそんな気はして居た、彼女はそんな表情をして居た。



「正直俺は予想外だったけどな、決勝がこの組み合わせは」



「そう、それは心外ね……そんなに弱く見えるかしら」



「いや、アルテリアは悪く無いさ」



転生者が強過ぎるのが行けない、彼女は恐らくこの世界では強い部類の筈なのだから。



「そう……でもこの決勝、私は死んでもリタイアはしないわよ」



そう告げるアルテリアの表情からは確固たる決意が伝わって来る、身なりから貴族と想像するのは容易いが、それ程にお金が欲しいのだろうか。


だがお金が欲しいのは此方も同じ、目的を一つ達成しているとは言え、それは譲れなかった。


ふと観客席のメリナーデ達に視線を向けるとこの大歓声の中、メリナーデが眠たそうに首を何度も落としそうにして居る、一方のカーニャは心なしか少し楽しそうにして居る様な気がした。



「まぁ、話しはいいわ……私はあんたを倒して優勝する、それだけよ」



そう言い剣を構える、ふと彼女の周りで砂が舞って居るのに気が付いた。


微々たる量だが風も吹いて居ないのに彼女の周りだけ砂が舞っている……詠唱をした様子は無かった。


だが何となく力の予想はついた。



「精霊と契約してるのか、珍しいな」



カナデから出た言葉にアルテリアは明らかに動揺して居た。



「……ええ、そうよ、隠しても意味は無いし、私は風の精霊と契約して居る……ただ、それが分かった所で何の解決にもならないわよ!!」



確かに、精霊と契約して居るからと言って対策があるわけでは無い、ただ純粋に……凄いなと言う感想しか出てこなかった。


精霊の力は単純に魔法よりも強力な力を魔力無しに使える、その代償は契約によって様々だが、中には代償なしに使えるケースもある様だった。


全て……母から聞いた話し、あの人は精霊の話が大好きで、いつか会ってみたいと良く言っていた。



「嫌な記憶を思い出したな」



そう言い頭を掻く、あの人から聞く御伽噺が好きだった。


小さい頃は良く寝る前に話してくれた……あの時が懐かしい。



「何を……余所見してんのよ!!」



アルテリアは風を武器に纏わせ、一気に距離を詰めて来る、風の力も合わさって、詰める速度は一瞬だった。


だが……精霊の力を持ってしても、女神の力を譲り受けた俺が傷を受ける事はない。


避ける事も無く、剣を片手で受け止めると纏われていた風は散って行く、女性を殴るのは少し気が引けた。



「なぁ、棄権してくれないか……流石に恩人を殴る気にはなれねーよ」



その言葉にアルテリアの表情は怒りに満ちていた。



「私を……舐めてるの?あんたらはそうやって私達をまた見下す気なの!?」



「あんたら?」



急に激怒し、声を荒げる……何を言っているのか理解出来なかった。



「あんたのその強さ……あんたに負けた奴らも、神従なんでしょ!?」



神従、この世界で俺たち転生者が呼ばれる別名だった。


人間離れした強さ、神に従う僕達……そんな意味が込められているらしい。


現に俺はメリナーデから、ほかの転生者達はリリアーナから力を譲り受けている故に、間違いでは無かった。



「強いのがそんなに偉いの!?力があったら弱者を……私の家族を奪っても良いって言うの!?」



「何を言って……」



「うるさい!あんたらに勝てないことなんて最初から分かりきってる……でも、戦う事すらしないって言うなら、私は死んでもこの試合を辞めないわ!!」



そう言い髪を逆立て、全身に風を纏い、突っ込んで来る。


彼女の目には涙が浮かんでいた。


迫る拳にカナデはその場から動く事なく、顔面で受け止めた。


だがアルテリアの拳が止まる事はない、何度も、何度もカナデの顔を殴り続けた。


だが……カナデに傷が付く事は無かった。



「何で、何もしないのよ……」



「一つ、聞きたい……何故アルテリアはそこまで優勝にこだわるんだ?」



「……私の故郷は今、一人の神従によって支配されてる、その支配から皆んなを解放するには大金を積むしか方法は無い、だから……私は死んでもこの大会で優勝しなきゃ行けないのよ!」



彼女の悲痛な叫びが歓声によって小さくなる、だがしっかりとカナデの耳には届いていた。


あいつら転生者は……何処まで人から大切な物を奪えば気が済むのだろうか。



「例えあんたがどれだけ強くても、私は死んでも戦い続ける……優勝して、皆んなを助ける為に!!」



彼女の言葉が、姿が眩しくてカナデは直視出来なかった。


大切な物を奪われて尚、復讐では無く、守る為に戦う……俺には無かった選択肢だった。



「その神従って奴の名前は何て言うんだ?」



「え?」



「宿での恩……まだ返してないだろ?」



その言葉にアルテリアは耳を疑っていた。



「何、気にするな……神従、転生者の奴らは皆殺しにする予定だった、どの道いつかは殺す、なら早いに越した事は無いだろ」



「でも……あいつの強さは桁違いで……」



「安心しろ、俺はあいつらの中でも別格の強さ、文字通り最強だ」



そう告げるカナデにアルテリアはとある人物と姿を重ねていた。



『安心しろアルテリア、親父は文字通り、最強だ』



父の最後の言葉と偶然か……カナデの放った言葉は同じだった。


そして……アルテリアは剣を落とし、涙を流した。


彼の言葉に、そしてもしかしたら……故郷を取り戻せるかも知れないと言う望みに。


そしてアルテリアは地面に頭を擦り付けた。



「私の……故郷を、皆んなを助けて下さい」



彼が神従だから、恩を売ったから何て関係なかった。


ずっと故郷を奪還する術を一人で探し続け、希望も見えない中……現れた一筋の光、アルテリアにはもう選択肢なんて残されて居なかった。



「辞めてくれ、あんたは恩人……理由はそれだけで充分だ」



そう言い顔を上げさせる、だが本音を言うと彼女を助けると言う気持ちは全体の1割程度しか無かった。


本当の目的は当然、片凪に繋がる情報を探る為……寧ろ1割程度助けたいと思う気持ちがあるほうが驚きだった。


俺もまだしっかり人間の心は保っている様だった。



「ありがとう……」



蚊の鳴く様な声でアルテリアは告げる、昨日今日出会った俺に頼らざる負えないほど追い込まれている……だが力が無ければ何も出来ない気持ちは痛い程分かる、恐らく俺は過去の自分と彼女を重ねた……だから1割程度でも助けようと思ったのだろう。



「気にするな」



そうカナデは告げるとアルテリアは棄権を申し出る、そして長い様で短かった武闘大会は幕を閉じた。

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