第18話 優勝への思い

カナデ対レイジ……この世界ではあまり聞き馴染みのない二人の戦いにアルテリアのおにぎりを食べる手は止まっていた。


レイジが言った能力はよく分からないが、彼も相当の手練れだった筈……だがカナデの強さは常軌を逸して居た。


控え室の映像越しでも分かる威圧感……何故、あんな人間が今まで無名だったのか理解出来なかった。


ふと聴こえて来る足音に振り返るとカナデが立って居た。


戦いに行く前と何も変わらぬ表情で隣に腰掛ける、だがアルテリアは何も言葉を掛けずに立ち上がり、自分の試合へと向かった。


先程の戦いを見て恐怖を感じたのもある……だがもう一つ、次の試合を勝てば優勝が見えて来る。


幸いにも私のグループはそれ程強くは無い、カナデのグループに何故か強者が揃っている様だが……私にとっては好都合だった。


必ず優勝する、私にはそれしか残されて居ない。



『それでは第二回戦、優勝に大きく手を伸ばせるか!!アルテリア対グルシャルテ!!』



グルシャルテ……かなり有名な冒険者だった。


ミノタウロス討伐や白狼討伐など……かなり高難易度の冒険を一人で成功させたと噂される、優勝に王手を掛けるには最適の相手だった。



「アルテリア、いい試合にしよう」



そう言い握手を求めて来る、爽やかな青年だった。



「ええ、此方こそ」



そう言い手を差し出す、するとグルシャルテはそのまま手を引き、アルテリアを背負い、投げた。



「なっ!?」



咄嗟の背負い投げに何とか受け身を取る、だが細かい砂が敷き詰められたフィールド、立ち上がるのに時間が掛かった。



「そんな手に引っかかるとは馬鹿だな!!」



その声と共にグルシャルテの蹴りが顔面に飛んでくる、一片の容赦も無い……女子の顔面に蹴りだけでなく、騙しまで……清々しい程の屑だった。


蹴りは顔面にクリーンヒットするとアルテリアは砂埃を舞い上げて転がって行く、会場からはブーイングの嵐だった。



「この大会は殺しまでありなんだぜ?まさか文句は無いよな?」



「ええ……ようやくこの大会らしくなって来たじゃない」



口から歯を吐き出すと垂れる血を拭く、汚いなんて言わない、この程度の事は覚悟してこの大会に臨んでいる。


それにこの程度の痛み、寧ろ痒いレベルだった。



「骨のある女は嫌いじゃないぜ……まぁ、生きてたら俺の女にしてやるよ」



爽やかな顔から下衆の様な発言が飛び出し続ける、だが最初の一撃で分かったが……かなり汚い性格をしている様だった。



「ったく、毎日綺麗にして来た私の歯が台無しよ」



かなり自慢出来る程の綺麗さだったのだが……歯の代金は高く付く。



「身なりなんか磨いて、お前貴族の出身か?」



「この見た目で分からない?」



「まぁそんな気はしてたさ、貴族のお嬢様が何でこんな大会に出てんだよ」



純粋なる疑問……だがアルテリアはその言葉に応えなかった。



「あんたに言う必要は無いわ」



彼に言った所でこんな下衆野郎、意味なんて無い……それよりも此処を勝つ事に集中しなければ。



「そうかよ」



そう言い剣を構えて走り出す、汚い奴だが此処まで勝ち取って来た名声は本物の筈……一片の油断も出来ない。


剣の握り、筋肉の動きを見極め、何処に攻撃が来るかを予測しようとする、だがグルシャルテは砂を顔目掛けて蹴り上げ、視界を妨害した。


目に砂が入らない様に咄嗟に目を閉じる、歓声が煩くて何処から来るのか聞こえない……そして腹部に鈍い痛みが走り、アルテリアは再び吹き飛ばされた。



「おいおい、その程度なのか貴族さん」



「良いウォーミングアップになったわ……」



顔を歪ませながらゆっくりと立ち上がる、彼は姑息で汚いが……強い、その実力は本物だった。


なるべく手の内は決勝まで明かしたく無かったのだが……此処で負けては元も子もなかった。



「武闘大会って言うくらいだから……あまり使いたく無かったのだけれど、負けるよりかはマシね」



「何しても俺には勝てねーよ、ドラゴンを一人で討伐した事があんのか?」



そう言い地面に唾を吐き、煽る様な表情で此方を見る、だがアルテリアはそれに反応を示さずに瞑想をして居た。



「おいおい、戦い中に目を閉じるなよ、俺が遠距離魔法使えないと思ってんのか?」



そう言いグルシャルテは詠唱を唱え始めた。



『我らが神よ、暗き世界にもたらした光を今一度我が手に……』



長ったらしい詠唱の大部分を破棄して唱えると右手に光の槍が出現する、そして砂の地面をしっかり踏みしめるとアルテリア目掛けて全力で投げつけた。



「ドラゴンの心臓を貫いた光槍だ!!」



15mほど離れているアルテリアまで光槍が到達するのに1秒と時間は掛からなかった。


だが槍はそのまま壁を貫き、客席の一部を破壊する、肝心なアルテリアの姿が無かった。



「消し飛ばした……いや、あり得ない」



いくらあの魔法でも人を消しとばす程の威力はない……となれば躱された、それしか無かった。


だがあれは俺が使える魔法の中でもダントツで最速の魔法、しかもアルテリアは視界から消えている……そんなスピードで動ける訳が無かった。


地面に不審な穴は無いか、空に浮かんでいないか……考えられる範疇でアルテリアを探していたその時、背後から風を感じた。


嫌な予感を胸にグルシャルテはゆっくりと振り返る、上品な香りを風に乗せて漂わせながら、風を纏ったアルテリアが背後に立っていた。


何故……どうやって背後に、尽きない疑問を胸にしまいながらグルシャルテは反撃に出ようと再び砂を蹴り上げて視界を奪おうとする、だが砂は風に乗って散って行った。


次の手を考えるがアルテリアが拳を握り締めるのを確認する、下から掬い上げる様に軌道を描く、だがグルシャルテは笑みを浮かべると顎を砕かれない様にガードを固めた。


腹部には鋼鉄の鉄板が仕込んである、腹はガラ空きだが殴れば手の骨が砕ける……勝ちは見えていた。


アルテリアの拳は下から掬い上げる様に腹へと軌道を描いていた。



「砕け散れ!!」



「砕け散るのは……あんたの方よ!!」



叫ぶグルシャルテにアルテリアはそう返す、そして次の瞬間、鉄板が砕ける音と共に彼は宙に舞っていた。


腹部に感じる切り刻まれた様な痛み、彼女の手には視認できるほどに細かく回転する風が纏われていた。



「なんだよ……その力」



吹き飛んでいくグルシャルテを横目に、アルテリアは剣を鞘に収め、背を向ける……私はこんな所で負けている訳には行かない。


彼ではまだ弱い……あと一つ、勝てば優勝だった。



「優勝……」



大歓声の中、そう呟くアルテリアの表情は酷く悲しげだった。

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