第16話 武闘大会の始まり
「……夜明けか」
昇る朝日を眺め、小さく呟く。
昨日からカナデは一人でコロサスの街から少し離れた丘で瞑想をしていた。
女性3人が居る宿屋へ帰る訳にも行かず、丘でメリナーデ達に異変が起きないか注意しながら一夜を過ごした。
こうして一人になって改めて分かったが、俺はどうやら一人は苦手らしい。
一人になって考える時間が増えると、どうしてもあの日を思い出してしまう……メリナーデやカーニャにはかなり助けられて居た。
あの日の出来事を忘れたいとは思わない……忘れてはならない、だがこうして脳裏をチラつくと怒り、恨み、悲しみ……様々な感情が溢れ出て、苦しかった。
「何の為の瞑想だったのやら」
結局雑念だらけだった。
だが別に良い、元々人間は雑念だらけの生き物、それに……俺は雑念があっても負けない。
空を見上げ、街へ戻る。
日の昇り具合から見て、現在の時刻は朝の6時過ぎと行った所だった。
「あら、カナデ……だったかしら」
宿屋に戻ると入り口でアルテリアがストレッチをしていた。
「随分と早い起床だな、昨日は無理を言ってすまなかった」
「別に良いわよ、一人じゃ広かったし……」
そう言いグッと空に手を伸ばす、こうして彼女を改めて見ると……フィリアスにそっくりだった。
「そう言えばあんた、何で武闘大会なんて出るの?」
「理由か?そんなの賞金に決まってるだろ」
厳密に言うと転生者のスカウトと排除も目当てなのだが、それを彼女に言っても仕方ない。
「変わってるわね、この大会に純粋な賞金目当てなんて居ないわよ」
「どう言う事だ?」
「何も知らないのね、この大会は傭兵オーディションとも呼ばれているのよ」
「傭兵オーディション?」
「そう、いつの時代もどこの国も、強い傭兵が居るに越した事は無い……この大会は大陸の各国が大金を出して、より強い傭兵を獲得する為のオークションであり、私達出場者はより大金を得る為のオーディションなのよ」
裏事情満載の訳あり大会の様だった。
「勿論中には純粋に強さを競いたい奴も居る、でも大抵は大金目当て、優勝なんてすれば賞金なんか目じゃ無い程の大金が手に入るわよ」
五千万が霞む程の大金……少し興味はあるが、傭兵なんてやってる暇は無かった。
「と言う事はアルテリアもその傭兵になる為に?」
「……私は自身の強さを証明する為よ」
少し間を空けて彼女は答えた、パッと見、そんなタイプには見えないが……思ったよりも根性がある様だった。
「そうか、互いに頑張ろう」
「ええ、あんたもね」
アルテリアと拳を合わせる、どんな理由があれ、この大会を負ける訳には行かなかった。
宿の前でアルテリアに別れを告げるとカーニャ達の眠る部屋へ向かう、静かに扉を開けて中を確認すると、カーニャがメリナーデに抱き枕にされ、苦しそうな表情で寝ていた。
「仲良いな、こいつら」
まだ大会まで時間はある、ベット脇の椅子に座るとカナデは二人の寝顔を眺めた。
幸せそうな表情でメリナーデは眠る、だが彼女がどれだけの苦しみを抱えているのか……想像すら出来ない。
姉に殺されかけ、頼れる人も殆どいない……そして常に命を狙われて居る、そりゃ酒にも頼りたくなる。
「ありぇ……カナデさん、早起きですねぇ」
大きく欠伸をしながらメリナーデが目を覚ます、少し服がはだけて、際どくなっていた。
だらしない……だが女性の部屋にこれ以上長居するのも失礼だった。
「少ししたらカーニャを起こして置いて下さいね」
「はぁい……」
眠そうに返事をするメリナーデに不安を抱きながらも宿屋を出る、街は武闘大会の開始に向けて盛り上がりを見せ始めていた。
「祭り……か」
フィリアスと祭りに行こうと、約束した事を思い出した。
エルフィリア建国の記念日に行われる大規模な祭り……何度も約束したが、結局行く事は無かった。
互いに任務や遠征が重なり、今となってはもう二度と行く事は出来ない。
一度で良い……好きな人と、祭りに行って見たかった。
だが俺には人並みの幸せは訪れない……全てはあの転生者が奪い去ったのだから。
「カナデさん、お待たせしました」
メリナーデの声が聞こえた。
恐らく俺は今、ひどい表情をして居る……頬を叩くと彼女達の方へ振り返った。
「ど、どうしたんですかいきなり」
「いや、少し気合を入れようと思いまして……それよりもメリナーデさん達は何処で試合を見るんですか?」
「私達は一般席で見ます、大丈夫です、ちゃんとカナデさんの目が届く範囲に居ますから」
「そうですか……カーニャ、終わったら美味いものたらふく喰わせてやるよ」
そう言い頭を撫でるカナデの言葉に静かに頷く、気が付けば通りは人でごった返し、始まりの時が近づいて来て居た。
「また後で会いましょう」
二人にそう告げるとカナデは闘技場へと向かった。
闘技場へ向かう道中、強い気配を幾つか感じた。
その中に一つ……別格の気配があった。
かなりの恩恵を受けて居る筈……彼が善人であれ、悪人であれ……転生者なら殺して置いたほうが良さそうだった。
「随分と遅かったわね」
闘技場の控え室へ到着したのはカナデで最後だった。
物々しい雰囲気が控え室を包む、皆殺気だって居た。
「まだ30分前だぞ、随分と早い集合だな」
「あんた……まぁ、それだけ肝が据わって居るのね」
アルテリアは呆れていた。
部屋を見渡すと、先程感じた強い気配の主が端っこの方で座っていた。
その他にも転生者らしき人物が一人……予想通り、この大会に参加している様だった。
「それより対戦表見た?」
「対戦表なんてもう出てるのか?」
「えぇ、あそこに貼ってあるわよ」
アルテリアが指を指す方向を見ると紙が貼られていた。
対戦表に書かれた名前を端から確認する、第5回戦、一試合目の最後に俺の名前は記されていた。
対戦相手はレイジと書かれていた。
どう考えても転生者、試合が遅いのは少し残念だが……幸先が良かった。
「あんたは良いわね、私はいきなり1回戦目からよ……緊張するわ」
そう言いアルテリアは深呼吸をして精神を落ち着かせようとする、彼女と当たるのはどうやら決勝の様だった。
転生者らしき名前もない、運のいい奴だった。
「自身の強さを証明するんだろ?」
そうアルテリアに投げ掛けると、緊張していた表情から一変、笑みを浮かべた。
「そうだったわね……決勝で会いましょう」
「あぁ、決勝で」
適当に言葉を返すと満足そうにアルテリアは舞台へと向かう、控え室の大きな液晶には舞台が映し出されていた。
割れんばかりの歓声は液晶を通さずに直に控え室へと聞こえて来る、物凄い盛り上がりだった。
『それでは第一回戦、アルテリアvsマグネス!!!』
実況者の紹介と共に二人は闘技場の舞台へと足を踏み入れる、第一回戦とあって、歓声はより一層強まった。
異世界人同士の対決、正直あまり興味は無いがする事もない、恩人アルテリアの勇姿でも見届けるとしよう。
人がまちまちになった控え室の椅子に座ると大画面の液晶に視線を向ける、そして大きく欠伸をし、試合の開始を待った。
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