第12話 通り魔に怯える街

「この街で夜に出歩く事は自殺行為です、くれぐれもお気をつけ下さい」



宿屋の店主から恐ろしい文言と共に鍵を受け取ると部屋へと向かう、カーニャと女神様とは別の部屋に荷物を置くとカナデは直ぐに一階の併設されている酒場へと向かった。



「あっ、カナデさん」



「あっ、カナデさんじゃ無いですよ、また飲む気ですか」



「えへへ」



よく分からない照れを見せながらビールを注文する、まったく凄いダ女神っぷりだった。



「メリナーデさんはこっちに来る前は何を食べてたんですか?」



「そうですね、基本的に向こうには果物系しかありませんよ、ですから此処の食生活、特にびーるは最高です!」



そう目を輝かせながら答える、果物しか食べられないのは流石に俺も耐えられそうに無かった。


少しメリナーデに同情する。



「マスター、この街で通り魔が頻発してるってのは本当か?」



適当に料理を注文しながら話を聞く、気が付くと隣にカーニャが座っていた。



「あんたらも気を付けた方がいいぜ、特に女性陣は、通り魔の被害者は比較的女性が多いらしいからな」



「大丈夫です、うちには立派な騎士が居ますから!」



少し酔い始めたメリナーデが上機嫌に答える、その言葉に店主は苦笑いを浮かべた。


被害者に女性が多い……これは単に弱い者を狙う傾向があると言うだけだろう。


だが力を持った転生者がわざわざ弱者を狙うのか……危ない思考の持ち主である事に変わりは無さそうだった。


ふと隣を見るとカーニャが何をするでも無く、ただポツンと座っていた。



「どうしたんだ?何か頼みたかったら遠慮無く頼んで良いぞ?」



「でしたら、びーるをもう一杯」



「メリナーデさんはダメです」



「そ、そんなぁ……」



分かりやすく落ち込む、このまま甘やかして居たらただのアルコール依存症が出来上がってしまう。



「カーニャは何でも頼んで良いからな」



そう言いメニューを手渡す、彼女がどう言う境遇で生きて来たのかは分からないが、彼女に感情らしい感情が全くと言って良いほど無かった。


怒る事も無ければ泣く事もない、笑う素振りもない……まだ出会って2日目だが、どれだけ過酷な環境で生きて来たのか容易に想像は出来た。


俺は復讐と言う道を見つけ、それを頼りに生きている……だがその力が無い彼女はどんな気持ちで、何の為に生きるのか……聞こうにも聞ける訳が無かった。



「この街の警備兵や騎士は何か掴んで無いのか?」



「目撃者すら居ないよ、恐らく皆んな殺されちまったんだろう……今や騎士団も無駄に兵を減らしたく無いから、何の対策も打たれてないよ」



そう呆れながらに答える、だが騎士団では分が悪いのも無理は無い、転生者なら彼らに勝てる相手では無いのだから。



「転生者で確定ですかね、メリナーデさん」



「多分……ですが女性ばかりを狙うとは卑劣な人間ですね」



今日は酔いが浅いのか、比較的まともに答える、犯行は夜に多く、その大半が女性……だがメリナーデを囮に使うのは危な過ぎる、カーニャにもそんな事はさせられなかった。



「どうしたものかな……」



事件を止めに来た訳では無いが、自分以外の人間が襲われて、万が一死んでしまえば後味が悪い……変身魔法でも使えれば楽なのだが。



「カナデさんが女装をすれば良いんですよ」



前言撤回、相当酔っている様だった。



「メリナーデさん、真面目に考えて下さい」



「真面目ですよ!お母様似のカナデさんなら大丈夫ですよ!!」



母親似……確かに俺のこの世界での顔は母親に似て少し女性寄りとも言える。


だから鏡を見るといつも母を思い出してしまう……あまりこの顔は好きでは無かった。


それに女装をするのは単純に恥ずかしい、文化祭の高校生じゃあるまいし……



「変装、女装は異世界の定番ですよ!!」



酔って変なスイッチが入ったのか、やけに女装を推してくる、だが今の所それらしい案が浮かばないのが、女装の現実味を増していた。


広範囲に探知魔法で索敵を行なっているが女神の力は今の所感知できない、そもそも転生者と決まった訳では無いのだが……日没のタイムリミットは迫っていた。


そして……



「よくお似合いですよカナデさん……いえ、カナデちゃん!」



何処から用意したのか、赤い髪のウィッグと大人しめのワンピースを身に纏う、だが少しガタイの良さが隠しきれずにコートを羽織ると鏡で確認する、自分の姿はまるで母の様だった。



「こうして見ると、お母様にそっくりですね」



「自分でも驚きだよ」



身長こそ母より少し高いが、それでも170中盤、全然誤魔化せる範囲だった。


ふとカーニャを見ると感情を表さなかった彼女が優しく微笑んでいた。



「なんだよその表情」



「似合ってます」



「お、おう」



微笑みのせいで馬鹿にされている様な気もするが……まぁ気にしたら負けだった。



「店主さん、どうですか?」



「こりゃ、全然抱ける範囲だな」



「何であんたまで居んだよ」



何故か参加している店主にツッコミを入れた。



「第三者の目線も必要かなと思いまして、私が呼びました」



「……まぁ、それなりに変装出来てるのなら良いですよ」



「だがにいちゃん、本当に大丈夫なのか?騎士団ですら殺されてるってのに」



心配する店主をよそに、店の扉に手を掛ける。



「心配無用ですよ、心配するなら……殺人鬼の心配でもしといて下さい」



その言葉を残し、日が沈んだ街へと向かう、不幸中の幸いか、通り魔事件の影響で外を出歩いている人は全くと言って良いほど居なかった。


だが視線は感じる、住宅街の窓の隙間から多少は見られている様だった。



「しかし……誰も居ないな」



探知魔法は継続して発動し続ける、騎士も巡回して居ない……この街は通り魔の恐怖に支配されている様だった。


優に50人以上が殺されている、転生者を殺している俺が言えたことでは無いが、完全に異常者だった。


暫く街をぶらぶらと歩いていると一つの気配がついて来ているのが分かった。


少し確認の為に曲がり角を多めに曲がるが着いてくる、ただでさえ人が出歩いて居ないこの状況でこれだけ道が同じと言うのはあり得ない……つまり通り魔で間違い無さそうだった。


圧死の正体も探りたいし……わざと隙を見せるとしよう。



「なんだろうこれ……」



わざと地面に何かある風を装ってその場でしゃがむ、直ぐに逃げれる態勢ではない……案の定少し離れた場所から観察して居た人物は一気に距離を詰めて来た。


今までの流れならこっそりついて来たメリナーデと言う展開にもなりそうだが……違う様だった。



「お嬢さん、こんな夜中に一人で出歩くと危ないよ」



「どちら様ですか?」



女声は苦手故に少し小声で尋ねる、見た目は普通の青年だった。



「騎士団の者だよ、巡回中に君を見つけてね、危ないから送るよ」



正直見た目では判断が付けられなかった、何処にでもいる青年、善意で言っている可能性もある……心でも読めれば楽なのだが。



「すみません、心配なので団員証を見せて貰えませんか?」



簡単に言えばネームタグ、騎士団に所属している者なら国を問わずに皆んな持っている筈だった。



「大丈夫ですよ、最近は通り魔もあって用心なさるのも無理は無い」



そう言い青年は首に掛けていたタグをカナダに見せる、傷が入って汚れてはいるものの、タグにはダグラスと刻まれていた。


正直ダグラスと言う顔では無い、怪しさはまだ拭いきれなかった。



「少し触らせて貰っても良いですか?」



そう自称ダグラスに許可を得る前にネームタグを指先で触る、この世界には物の記憶を読み取ると言う便利魔法がある……それを使えば彼が偽物かどうかは簡単にわかる筈だった。


映る記憶は断片的、だが彼を偽物と判断するには充分過ぎる材料だった。


金髪の男が団長からネームタグを受け取る光景が映る、裏には娘がペンで書いたナリアの文字……そして最後に、ダグラスがこの青年を見つけ、殺される光景が映っていた。



「ありがとうございます」



念の為ネームタグの裏を確認してから手を離す、娘の文字は消されている様だった。



「それでは、ご自宅まで送りますよ」



「その前に……一つお聞きしても良いですか?」



「なんでしょう?」



「あんたの本当の名を教えてもらおうか」



その言葉に先程まで優しい顔をしてニコニコして居た青年の表情が一変した。



「へぇ……ダグラスとか言うやつの知り合いか何か?初めて偽物って気付かれたよ」



そう言いめんどくさそうに頭を掻きむしっていた。



「通り魔が発生してんのに出歩いている馬鹿な女と思ったが……まぁ、良いよ、どうせ潰れれば皆んな同じだからね」



そう虚な瞳で呟く、俺の予想通り、イカれた男の様だった。



「さてと、この動き難い服で戦えるかな」

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