第11話 堕ちた女神

「もうお酒は飲みません……」



典型的な二日酔いに顔を顰めながらベットから起き上がりメリナーデは目を擦る、昨日の記憶が酒場を入って少しした辺りから無くなっていた。


女神の私を此処まで弱らせるとは、恐るべき悪魔の飲み物だった。



「すみません、カナデさん、水取ってください」



ぼんやりと映る人影に声を掛ける、だがその物体はこちらを見たまま動かなかった。



「カナデさん?」



返事が無い、もう一度目を擦り視界をはっきりとさせる……すると自分と同じ白い髪の少女が椅子に座って不思議そうに此方を見ていた。



「ええと……どちら様でしょう?」



一瞬カナデさんが小さくなったのかと思ったがそもそも性別が違う、それに私は女神、そこまで馬鹿では無い。



「つまり……貴女の正体は泥棒ですね!!」



そう言い少女に飛び掛かろうとする、だが寸前でカナデが部屋に入って来ると止められた。



「何やってるんですかメリナーデさん、昨日カーニャの事は紹介しましたよ」



そう告げるカナデの言葉にメリナーデはキョトンとしていた。


大凡酒で記憶を飛ばしたのは容易に想像出来る、呆れながらも、もう一度カーニャの事を説明した。



「成る程、懐かれたから引き取ったと言う訳ですが」



「まぁ、そんな所です」



カーニャの方を見て笑い掛けるが第一印象が最悪だったせいか、少し怯えていた。



「それよりメリナーデさん、次からお酒を飲みたければ自腹でお願いしますよ」



「自腹……ですか」



とても悲しそうな表情を見せる、彼女にとってその宣告はもう飲むなと言われている様な物だった。


なぜなら無一文なのだから。



「はぁ……少し脱線しましたが、今日は少し歩きますよ」



「転生者の情報を掴んだのですか?」



「確定ではありませんが、一年程前、ちょうど転生者達が送られてきた時期から、通り魔的な殺人がナルハミアのある街で頻発して居るらしいです」



「通り魔ですか……」



正直殺人なんてこの世界では日常的に起きている、それも把握しきれない程に……だがこの通り魔が特別なのにはとある理由があった。



「死因が全て圧死なんです、何かに潰された様にぺちゃんこ……可能性はあります」



この世界で人を潰せる程の重力魔法を操る人間はそう居ない、何の理由で人を殺すのかは分からないが悪人なら俺も気兼ねなく殺せる。



「厄介な旅に巻き込んで悪いな」



「?」



カナデの言葉に疑問符を浮かべていた。



「現地に着いたらカーニャの事任せても良いですか?」



「任せて下さい、私も女神ですよ?」



あまり信用出来ない言葉だが……彼女以外に任せる人も居ない、適当に聞き流して置いた。


昨日のうちに買って置いた水や食料が入ったバックを背負うとナルハミアへ向けて歩き出す、一人なら今日中にでも街へ着けるのだが……二人のペースに合わせるとどうしても時間が掛かった。


当面、移動では苦労しそうだった。



「疲れてないか、カーニャ?」



「うん、大丈夫」



静かに頷き、そう答えると一生懸命歩き続ける、色々とコミュニケーションを取りたいのだが、口数が多くない性格、何を話していいかも分からなかった。



「疲れました……もう歩きたくありません、そもそも女神の私が何故……」



一方のメリナーデは主に愚痴だが、口数が全く減らない、一番初めに出会った時は流石神様と言う威厳と風格を漂わせて居たのだが……今の彼女はポンコツと言う言葉がよく似合う人だった。



「カーニャも頑張っているんですから、女神様も文句言わずに歩いて下さいよ」



「うー、翼があればひとっ飛びなのに……」



そう言いながら後ろをとぼとぼと歩く、女神の力を使えば消えてしまうのが恨まれた。



「女神様はリリアーナとは仲が悪かったのですか?」



「そうですね……昔から良く虐められてましたよ」



「仲は良く無かったんですね」



「いえ、姉の方は分かりませんが、私は姉の事が大好きでしたよ、昔は常に一緒に居ましたから」



先程愚痴を垂れていた人物とは思えない表情でメリナーデは告げる、彼女からすれば今起きている出来事は相当辛い事の筈だった。


大好きだった相手に命を狙われる……フィリアスに置き換えると俺では耐えられなかった。



「大好きだった、だからこそ……リリアーナを殺さなくては行けないんです」



それ以上深くは聞かなかった。


俺は力を得て、復讐を果たす代わりにメリナーデを守る……始まりは殆ど強制的だったが、復讐が果たせるのなら何でもよかった。



「疲れた」



ふと、カーニャが小さく呟く、陽も少し傾き始めた頃、目的地はまではあと半分、相当な距離を歩いた……流石にこれ以上進むのは厳しそうだった。


カーニャはおんぶでもすればまだ進めるが女神様が死にそうな表情をして居る、早急に馬車か何か……移動手段を確保した方が良さそうだった。



「今日は野宿にしましょう、広い草原ですし目立ちますけど、警戒もしやすいし」



「や、やっと休めます……」



そう言い草原で仰向けに倒れる、それを真似するかの様にカーニャも同じ様に倒れた。



「ちょっと申し訳ないんだけど、二人で食事の用意頼めませんか?」



「どうかしたんですか?」



「いえ、少し先にある森まで安全か偵察するだけなので気にしないで下さい」



そう告げると二人を残して走り出す、そして二人が見えないほど離れた所で立ち止まった。



「ずっと視線を感じてたけど、何処から見てたんだ?」



森に向かってそれ程声を張らずに言い放つ、すると森から一人の男が姿を表した。


肩に掛かるほどの長髪の男、何処となく怪しげな雰囲気を醸し出していた。



「逆に聞きたい、いつから気付いてたんだ?」



「ちょうど街を出た辺りからだな」



「恐ろしいな、ちょうど俺が監視し始めた時じゃないか」



街からこの森までは大体50kmはある、だがその距離を監視出来るのは異世界人でも可能……まだ転生者かどうかは分からなかった。



「単刀直入に聞く、何が目的だ」



剣に手を掛けながら尋ねる、監視していたと言う事はろくな理由では無いのは確定していた。



「あー、あんたのお友達の美人さん、あの人を殺せば願いを叶えるって言われてチャンス窺ってたんだけど……割に合わないし、辞めとくよ」



そう言い両手を上げて降参の意思を表示する、どうやら転生者で間違いは無さそうだった。



「そうか、少し聞きたい事がある、エルフィリア……この国に聞き覚えはあるか?」



「エルフィリア……あぁ、滅ぼされた国か、勿論知ってる」



「その国を滅ぼした転生者の情報はあるか?」



「悪いが知らないな」



彼も知らない……まだまだ復讐は果たせそうに無かった。



「そうか、なら……」



彼を始末しようと剣を鞘から抜く、すると先程まですかした様な態度だった彼に少し焦りが見えた。



「ま、まぁ待て、あんたが何者かは分からないが、女神を守ってるんだろ?なら俺達転生者の情報が欲しく無いか?」



「……まぁ、聞くだけ聞いてやる」



有益な情報が得られるかは分からないが、聞いて損はない筈だった。


剣を鞘に収めると安堵した表情を見せた。



「助かった……まず、前提として、転生者全員があの女神と呼ばれている女性を狙って居る訳では無いんだ」



「そうなのか?」



「あぁ、何でも願いを叶えると言うのは魅力的だが、中には好き勝手に異世界で貰った力を使って生きる奴もいる、特にもう一人の女神から制約も無かったしな」



だが悲しい事にメリナーデを狙って居なくても、力が強い奴はどの道殺さなければならない……そうし無いとリリアーナは弱体化し無いのだから。



「正直、今現在女神を個人で狙っている奴はあんまり居ない、もう既に一人殺されてるしな」



その言葉に先日の転生者を思い出す、彼らも馬鹿ばかりではない様だった。



「ならお前は何で一人で来たんだ?」



「俺は偵察のつもりで来たんだよ、まさか此処までの化け物とは思わなかってしな……だから割りに合わ無いって言ったんだよ」



「まぁ、御託は良い、転生者の情報を話せ」



「分かったよ、俺たち転生者にも勢力があってな、その中でも俺が所属している英雄組合が頭ひとつ抜けて強者揃いなんだ」



英雄組合、大層な名前だった。



「人数は分からんが、リーダーは屑城と言う男、能力も不明だがとんでも無く強いらしい」



「そいつは何処に居るんだ?」



「用心深いのか知らんが俺の様な末端には姿すら表さ無いよ、姿を知るのは幹部クラスだけ、流石にあんたでも突っ込むのは辞めとけよ」



彼の言葉通り、突っ込むのはどう考えても危険……恐らくこの力を持ってしても無理かも知れなかった。


能力も数も不明……もどかしいが、今は情報が必要だった。



「お前、名前は?」



「新城だ、俺は見逃されたって事で……良いか?」



「まぁ、そうだな……ただし、情報を常に流し続けろ、どうせ監視の名目で俺達を見続けるんだろ?」



その言葉に図星を突かれた様な表情をしていた。


転生者は殺す……それに揺るぎはない、ただその時を後回しにしたに過ぎない。



「分かった、死ぬよりかはマシだ」



新城は少し不安な表情を浮かべながらも了承する、彼も死にたくは無いのだろう。



「最後に、あんたの能力は何だ?」



「俺の力は千里眼だよ、一度見た相手ならどの距離でも監視出来る、そしてこの目で見える距離は50km、偵察にうってつけだろ?」



確かに便利ではあるが、彼らの中ではハズレの部類だった。


少し同情しそうにもなるが、何も持たずに転生した俺よりかはマシだった。



「また何かあればこっちから声を掛ける、そっちも怪しまれない様にしろよ」



「あ、あぁ」



その言葉を最後にメリナーデ達が待つ野営場所へと戻る、転生者達が手を組みメリナーデを殺しに来る……今後は少し厄介な展開が増えるかも知れなかった。



「カーニャを引き取ったのは……少し不味かったか」



何故引き取ったのか不思議だったが、思い返せば何処となくフィリアスに雰囲気が似ていた。


髪も顔も性格も、何もかもが違う筈なのだが……何処かフィリアスに感じた安心感と言うか……言葉にするのが難しい感覚を覚える、だから俺はカーニャを引き取ったのだと思う。


彼女がフィリアスの生まれ変わりであれば……そんな有りもしない事を考えながら、カナデは二人の元へと戻って行った。

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