第7話 全ての終わり

人はいつ死ぬか分からないから、生きているうちに想いを伝えて、生きている内に好きな事をしろ……ふと何故か今更父の言葉を思い出した。


月が照らす草原の夜道を仲間と共に帰る、父は死んだ訳では無い。


恐らく今も元気で生きている、あの言葉はいい事風には言っているが、要するに早く親孝行をしろと言う事だった。


だが言葉の通りだ、俺は平均的に見れば早くに死んだ……親孝行も出来てない、それは少し悪いと思っていた。


だからこそ、第二の人生は悔いの無いように過ごす、今日の食事も俺の給料で食べる、親孝行の一つだった。


そして極め付けはフィリアスへの告白……今からでも胸がドキドキして来た。


早く王都へ戻りたいが戻りたくも無い……気持ちが複雑だった。



「なぁ、煙上がってないか?」



隊員の一人が指を指した方向からは確かに煙が上がっていた。


方向は……王都だった。



「今日祭りの予定なんて無かったよな」



「確か……無いっすね」



祭りごと以外で王都から煙が上がるなんて事はない、しかもまだ王都は遠い……それにも関わらず見えると言う事はかなり大規模な火と言う事だった。


だが戦争はナルハミアが同盟国になると言う事でなくなった筈、虚偽の友好関係で騙し討ち何ですれば他の国が黙って居ない……だが戦争以外に王都が燃える理由は分からなかった。



「まだ燃えた訳じゃ無い筈だ……だが急ぐぞ」



ルークリードの表情は焦って居た、他のみんなも……だがそれはカナデも同じだった。


王都から火の手……嫌な想像しか思い浮かばない、だが家族やフィリアスの心配はそれ程大きく無かった。


理由は簡単、皆んな俺よりも強いからだ。


父は第7師団の師団長、母も魔法の天才、そしてフィリアスは知っての通りの強さ……それよりも心配なのは国民の方だった。


守る術を持たない者達、彼らが心配だった。


それに戦争ではなく魔獣の襲撃の可能性もある、その時……ふとグルファルードの存在が脳裏を過った。


まさかとは思うがあの大賢竜なら大規模な火災を発生させるのも可能の筈……あり得ない、だがそれ以外に思い浮かばなかった。



「考えるよりも現場を見た方が早いか」



独り言の様に呟くと走るスピードを上げる、そして数十分もすれば王都が見えて来た。



「うそ……だろ」



「夢……っすよね」



皆口々に言う、眼前に広がって居たのは燃える王都の姿だった。


信じられない、夢と疑うのも無理ない光景だった。


つい数時間前まであれだけ平和だった王都が燃え盛っている、象徴だった城も崩れている……何が起こっているのか理解出来なかった。



「み、みんな!?」



隊の皆んなが走って行く、現実を受け入れられず、呆然としているカナデは一人取り残された。


何故王都が燃えているのか、王都には全ての師団長がいた筈……それを一夜でここまで破壊する程の戦力はナルハミアにはない筈……それにこの被害、フィリアスや家族が心配だった。


そしてカナデは気が付けば走り出して居た。


崩壊した建物、人々の死体……魔獣討伐隊の俺には見慣れない景色だった。


だがそんな俺でも分かる違和感が一つあった。



「生きている人が……居ない?」



見当るのは死体ばかり、それに敵であろう人影も見えない……少し不自然だった。



「やめてくれ、やめ、うわぁぁ!!」



人の叫び声が聞こえた。


崩れた建物が影になって確認出来ない、だが誰かが困っている……カナデは直ぐに方向転換すると声がした方向の建物の影から飛び出した。



「あぁ、まだ人居んの?」



その言葉と共に一人の青年が此方を見る、手には血だらけの48師団の団員が握られて居た。



「お前……何してんだ!!」



剣を構え足を踏み出そうとしたその時、足元に何かが当たる感触を覚えた。


ふと視界を下に向ける、そこには48師団の仲間が転がって居た。


ラルフも居る、ルークリードを除く全てのメンバーが死んでいた。



「み、皆んな……?」



先程まで生きて居た人が死んでいる事に頭は混乱して居た、あまりにも異常な事態が起こり過ぎて脳がパンクし、感情がごちゃごちゃになって居た。


人とはあまりにも色々な事が起こり過ぎると思考が停止する、カナデはただその場で目を開いて止まっていた。



「またそのパターンかよ、ったく……騎士なら戦ってしんで見せろっての」



そう言いながらゆっくりと近づいて来る、青年の見た目は異世界人とは少し異なって居た。


何というか……日本人の様な顔立ちだった。


青年はゆっくりと近づいて来る、仲間の死体を踏みながら……だがカナデはピクリとも動かなかった。


そしてゆっくりと手を振り上げる、武器は構えて居なかった。



「死ね」



「させないわ!!」



手が目前に迫ったその時、声が響き渡った。


突然の出来事に青年は手を止め、声がした方向に視線を向ける、そしてカナデも同時に視線を向けた。



「させないわ……カナデまで奪わせない」



そこにはフィリアスが立って居た、涙を流し、怒りで手が震えて居た。



「へぇ、俺に剣を向ける根性ある奴居るじゃん、しかも可愛いし」



そう言いポケットに手を突っ込みながらフィリアスの方へと向かう、彼女が現れた事でようやく正気に戻れた。


俺がやるべき事は彼を倒す事、今までフリーズして居たのが恥ずかしい……だがやるべき事はもう分かっている。



「フィリアス、二人でやるぞ!!」



「えぇ!!」



フィリアスに声を掛けると剣に手を掛ける、だが瞬きをした瞬間、フィリアスは血を撒き散らして居た。



「え?」



何が起こったのか分からない、だがフィリアスはゆっくりと地面に倒れた。



「はっ、弱過ぎぃ!」



そう言い青年は再びカナデの方を見ようとする、だが物陰から騎士団の兵士が姿を表した。



「絶対に殺してやる!!」



「まだ生きてる奴居たのかよ、ったくゴキブリ見てぇだな」



カナデから意識は兵士へと移る、だが助けに行く事はなく、カナデは倒れたフィリアスの元へ駆け寄った。



「おい、フィリアス!死ぬなよ!?」



必死に治癒魔法を掛ける、だが出血が止まる様子は無い、全身に深い切り傷がいくつも……酷すぎる怪我だった。



「ね……え、カナデ……居る?」



激痛の筈の手を動かしてカナデを探す、そっと手を握った。



「居る、居るぞ!!」



「良かっ……た、目が見えないのよ」



そう言い何故か笑みを見せる、俺を心配させたくないのか……余裕を見せる様だが彼女にそんな余裕はない筈だった。



「待ってろ、直ぐに治癒してやるからな!!」



そう言い治癒魔法を掛け続ける、だが俺の治癒魔法では治せない……王都の医療班に見せる事が出来れば一命は取り留めるかも知れないが……状況がそれを許してはくれない筈だった。


だが彼女は助ける、何があっても助ける……命に変えても。



「カナデ……自分の事は、自分がよく分かる、だからその時がくる前に、お話しよ?」



「そんな訳ない!!俺が死なせ……」



カナデが叫ぶのを遮る様に手に口を当てた。



「聞いて……私、自分のタグをカナデに預けたよね」



「あぁ……」



「あれね、長生きなんておまじない……嘘だったの」



「どういう事だ?」



「……本当は、好きな人に持って貰えれば、告白が上手くいくっておまじないだったの」



告白が上手くいく……フィリアスも俺の事が好きと言う事だった。


何となくそんな気はして居た……だが、彼女の口からそれを聞けるとは思わなかった。


プライドが高く、感情は豊かなのにそれを伝えるのが下手で不器用な奴……だが何事にも一生懸命で諦めが悪い、そんなフィリアスに俺は惹かれた。



「俺も……大好きだフィリアス」



その言葉にフィリアスは泣きながら笑って居た。



「嬉しい……カナデと両思いだったんだね」



「あぁ、本当は今日伝えようとしてたんだ」



「そう……なんだ」



そう言いカナデの手を強く握りしめた。



「嫌だよ……死にたくないよカナデ……やっと思いが伝えられたのに、嫌だよ」



彼女の言葉に俺はなんて返せば良いかわからなかった。


ただ必死に治癒魔法を掛ける、だがそんなのは無意味だった。



「もっと……生きたい、カナデとお洒落してデートしたり、また家族でお出掛けしたり……もっとやりたい事があったのに」



「出来る、出来るさ!!だから死ぬな、死ぬなフィリアス!!」



「ねぇカナデ、黙らないでよ……怖いよ」



もう声も届かない様だった。


視力も聴覚も無くなって居た。



「怖いよ、死にたくない……死にたく……な…い」



フィリアスの手に力が無くなった。


そっと離すと力無くだらんと垂れる、何故彼女は死ななければならなかったのだろうか。


溢れる涙が止まらない。


ようやく両思いになれた、だが……そんなのは死ぬ間際では意味が無かった。


何故もっと早く想いを伝え無かったのか、俺は異世界に来てまで後悔を重ねるのか。



「すげー、映画の様なワンシーンだったな」



後ろで拍手をする音が聞こえる……彼女は、国民は何故殺されなければならない、こんな理不尽に。


許さない。


絶対に許さない、100回殺しても、1000回殺しても……何度殺しても絶対に許さない。



「殺す」



カナデはそれだけを告げ、ゆっくりとフィリアスを下ろして立ち上がった。



「お怒りのところ悪いけど、なんで俺がこの国を滅ぼしたか気にならない?」



何故この国を滅ぼしたか……確かに理由は気になる、だがフィリアスの死が大き過ぎてすぐにその疑問は掻き消された。



「殺す!!!」



まるで獣の様に吠えながら青年に突っ込む、だが右足を踏み出し、左足を踏み出そうとした瞬間、地面を捉えられなかった。


カナデの体はバランスを崩して倒れる、何が起きたのか……立ち上がろうとするが足に激痛が走った。



「何……が?」



足に視線を向ける、そして動かない理由が判明した。


膝から下が切り落とされて居た、傷を視認した瞬間に痛みが湧き上がって来る、だが叫ぶよりも前に疑問が浮かんだ。


何故、どうやって攻撃をしたのか……彼は武器を持って居なかった。



「まぁ大人しく聞きなよ、傷は塞いどいたから暫くは死なないよ」



そう言いカナデを椅子代わりにする、そしてポケットからタバコを取り出すと燃え盛る建物から火を借りて、着火させた。



「この国を滅ぼして欲しいってナルハミアから依頼受けたんだよ」



ナルハミアからの依頼……おおよその予想はついて居た。



「この国を滅ぼせる規模がありながらなんで友好関係なんて結んだんだよ」



「ナルハミア自体にはそんな力は無いよ、この国を滅ぼしたのは俺、片凪圭介だよ」



片凪圭介、その名前に驚きを隠せずに居た。


日本人の名前、この世界ではまず聞かない名前だった。



「カナデって名前でピンと来たよ、あんたも転生者なんだろ?」



「お前も転生者なのか?」



「そ、けどあんたは能力が外れみたいだったね、めっちゃ弱いし」



そう言い手を叩きながら笑う、能力……なんの事を言っているのか、そんなのは女神が与えないと言っていた筈だった。



「まぁそんな事はどうでも良くて、この国を滅ぼすきっかけになったのがお前なんだよね」



そう言いカナデの顔にタバコの火種を擦り付ける、俺がきっかけ……意味が分からなかった。



「2日前くらいかな、ポイ捨て注意したの覚えてる?」



「ポイ捨て……」



記憶を辿る、確かに2日前、露店のゴミを捨てた人物にゴミを捨てる様に注意した……あの時は非番、ただ正義感が強い故に小さいことでも正したかった、だから注意した。



「あれでイラッと来てさ、その直後ナルハミアからの依頼……まぁ簡単に言えばお前のせいで皆んなは死んだんだ」



「あぁ……あぁあ、あ゛ぁああ゛あぁ!!!!!!」



正常な判断など出来なかった。


愛する人が死に、父と母も仲間も恐らく死んでいる、そして片凪の言葉にカナデの心は壊れてしまった。


俺のちっぽけな正義感の所為で皆んなが死んだ……俺は主人公なのでは無いかと勘違いしていた。


女神から正義感を褒められ、順調な異世界生活を送り……だがここはアニメや漫画の世界では無い、そして俺は主人公でも無い。


正義感など……無力の俺がかざしても無意味だった。



「殺してくれ殺してくれ殺してくれ殺してくれ殺してくれ殺してくれ殺してくれ殺してくれ殺してくれ殺してくれ」



「うわっ、怖ぇよ」



完全に精神がイカれた。


全てを失った今、カナデは全てがどうでも良くなった。


仇を取る?


攻撃手段も分からない相手にそんな事をしても無駄。


ならば逃げる?


足が無いのにどうやって。


それに愛する人々が居ない世界で俺は生きる意味なんて無かった。


だからこれ以上苦しまない為に自我を失い、狂った……そして死を待った。



「あー、つまんねぇ……結局最後は壊れて現実逃避、人間ってよく出来てるな」



その言葉と共にカナデの意識は途切れた。

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