2-2 金一封の使い道
休日があっと言う間に終わり、次の出勤の朝。
「カニング、喜べ! お前に金一封が出るそうじゃぞ!」
詰所に着くなり、いつも元気なドワーフ衛士のレーグさんが、そんなことを知らせて来た。
「この前の、泥の魔物退治の、あれっすか?」
俺は先日、厄介な魔物が市内に侵入したときに、悪戦苦闘の末、なんとかそいつを倒した。
あれだけ苦労して給料はいつも通りなのかな、と心配していたけど、そんなことはなかったようだ。
「そうじゃ! ちょっとした表彰もあるからのう、本部から追って知らせが来るそうじゃわ! めでたいめでたい!」
「いやあ、ありがたいです。色々と物入りなもんで……」
「無駄遣いせんと、貯めておかにゃいかんぞ。まあ、若いモンは遊びたいじゃろうが」
自分の班から表彰者が出るということで、レーグさんはずいぶん、上機嫌だった。
そんなに喜んでくれると、俺も痛い思いをした甲斐があったなと思う。
「お先」
一方、俺と交代で帰って行ったファラス先輩は、特になにも言ってこなかった。
うーん、謎な人だ。
長く付き合っていれば、もう少し打ち解けられるんだろうか?
後日、俺は前に知らされていた予定通り、表彰を受けるということで衛士本部に来ていた。
ラウツカ市内の中心部にある衛士本部の建物には、当たり前だけど偉い人がたくさん出入りしている。
俺のような、街はずれの詰所に勤務している下っ端は、普段ここを訪れることはない。
「カニング、お前なにをキョロキョロしておるんじゃ、みっともない」
「いえ、ちょっと緊張して……」
普段より挙動不審気味になりながら、俺はレーグさんに連れられて本部の中を進む。
その途中で、見知った顔に会った。
「おお、レーグさんに、カニングじゃないか。本部に来ているということは、この前の討伐の表彰かな」
北門衛士一番隊の美しき隊長、ウォンさんだった。
表彰される前からいいことあったな!
たまには慣れない所にも来てみるもんだ。
「そうなんじゃ。この青二才が表彰なんてなあ、調子に乗らんでくれるとええんじゃが」
ガハハと笑いながら俺の背中をバンバン叩くレーグさん。
ドワーフのムキムキ筋肉で叩かれるので、手加減してくれてるんだろうけど痛い。
「え、えーと、ウォン隊長も、表彰ですか?」
俺が泥の魔物一匹と壮絶な戦いを繰り広げたあの日。
北門一番隊の面々は城壁の外で十数匹の魔物の侵入を防いで戦っていたはずだ。
俺程度が表彰されるなら、一番隊がさらに大きな褒賞を貰っても不思議じゃない。
そう思っての質問だけど。
「ば、バカモン、余計なことを聞くな。お前は、世間知らずじゃなあ……」
俺の質問に、レーグさんが注意を挟んだ。
え、なにかまずいこと言っちゃいましたか俺。
あはは、とウォン隊長は軽く笑って説明してくれた。
「北門衛士は、魔物と戦うのが日常の業務だからな。討伐したからと言ってそのたびに褒賞が出るわけではないんだ。私が来たのは、怪我をした隊員の補償に関する手続きだよ」
あ、あんな大変な目に普段から遭ってて、特別な手当てがないとか、本当かよ……。
その分、普段の給金が高いってことなのかもしれないけど。
一匹倒したからって浮かれていた自分が、小さく感じる。
「そ、そうでしたか。知らずに申し訳ありません」
「いやいや、いちいち謝るようなことじゃないだろう。せっかく手柄を立てたんだ、堂々と胸を張れ」
さわやかにそう言って、ウォン隊長は行ってしまった。
もうちょっとお喋りしたかったなあ。
趣味とか、好きな食べ物とか、なんかそういう感じのことを。
「……ウォン隊長って、いくつくらいなんですかね、歳」
さすがに本人から聞けないので、レーグさんに聞いてみる。
「うん? 並人の年齢なんぞ、ワシに聞いてもわかるわけないじゃろ。お前が19というのもピンと来とらんのに」
そうだね、この人、ドワーフさんだもんね。
寿命が結構違うから、若者や年寄りの感覚と年数も大きく変わっちゃうよね。
しかし、思い出したようにレーグさんは続けてこうも言ったのだ。
「そうじゃ、確かファラスのやつが、ウォン隊長と訓練所で同期じゃったはず」
「本当ですか!?」
思いがけず、身近なところにウォン隊長の情報に近しい存在が!
「あいつもエルフじゃから並人の年齢なんぞ、いちいち気にしとらんじゃろうがの。いつごろの入隊で何年経ったかってことは、ちゃんと覚えとるじゃろうよ」
「そうなんですか。へ、へえ~。ファラスさんが……」
「二人とも、まだ衛士になって10年は経っとらんはずじゃが。気になるなら本人に聞いてみい」
その後、俺はどうにかしてファラスさんと多少でも仲良くなり、ウォン隊長のことを聞き出せないかということばかり考えていた。
偉い人に囲まれて賞状と報奨金の目録を貰ったけど、その一連のことはあまり覚えていない。
「なんじゃあの腑抜けた態度は! まったくワシまでいい恥さらしじゃわい!」
帰り道、レーグさんになんかガミガミと説教されたけど、割とどうでもいいのだった。
と言っても、無口で無表情なエルフ先輩といきなり仲良く世間話をするような機会もなく、日々は過ぎた。
俺は意を決して、貰った金一封の一部を使い、ベルさんの店「恩讐者」に飲みに行くことにした。
「じゃ、お疲れさまでした。お先に失礼します」
「お疲れ」
その日は夕方に俺とファラス先輩とが勤務の交代だった。
先輩に仕事を引き継いで詰所をあとにして、俺は近場にある公営の銭湯に向かう。
ラウツカの街には市内のいたるところに中小の入浴施設があり、市民は気軽に安い値段で湧いて出た温泉を楽しめるのだ。
「っぁあ~~~~。このひとっ風呂のために生きてるよなぁ~~~……」
仕事明けの温泉は実際最高。
俺はお肌つるつるのホカホカになって、良い気分のまま目的の店へ。
男っぷりも上がっているはずだし、金もある程度持ったし、これはベルさんと熱い一夜を過ごしてしまう予感がするな……。
黒基調で統一された店の入り口をくぐって、いざ中へ。
「あら、いらっしゃ~い。来てくれたのね~」
相変わらずのとろんとした表情で、ベルさんは迎えてくれた。
開店したばかりで、他に客はいない。
「は、はい、来ちゃいました。よろしくお願いします」
店の中も薄暗く、いくつか置かれたランプでぼんやりと照らされているだけだ。
壁はわざわざ黒く塗ってあるのかな、などと一通り観察して。
さて、なにを、どう頼もう。
品札が壁にかかってあるわけでもなく、茶屋のように黒板に白墨でおすすめの品が書いてあるわけでもない。
正直、最初に注文する勝手が、わからない……。
「そんなに怖がらなくて、大丈夫よ~。うちは前払いだから~。今日は、金一枚でいいわ~」
ベルさんは笑って人差し指を立てた。
き、金貨一枚か。
それはおそらく大金貨一枚ということで、俺の4日分くらいの働きに相当する額だ。
本部から報奨金を貰っていたのでなんとかなるけど、それがなかったら大きな痛手だった。
「じゃ、じゃあこれで……」
俺は断腸の思いで銭入れから出した金貨と別れを告げようとした。
しかしベルさんは少し驚いたように目を見開いて、すぐにケラケラと笑ってこう言った。
「ちがうわ~。小さい方よ~。こんなに貰ったら私、もう働かないで外国に高飛びしちゃう~」
「え、あ、すんませんっ」
俺はベルさんの冗談に気の利いた答えを返す余裕もなく、大金貨を引っ込めて小金貨を出した。
え、小金貨一枚で飲み食いさせてくれるってことは、そんなに思ってたより高い店じゃないってことかな?
いや、おまけしてくれるって言ってたので、今回はご奉仕料金なのかもしれない。
「うふふ~。ありがとうございます~。ねえ、そのお金、ここにちょうだ~い?」
ベルさんは俺の側によって若干、前かがみになる。
そして両腕でその豊かな二つのお胸をむぎゅっと寄せて、それはそれは深い谷間をお作り遊ばされた。
「こ、こここここ、ここ、っていうのは……」
「言わせないで~。ね、ほら~」
そして俺の手を取って引き寄せて、胸の谷に小金貨を挟むように促した。
恐る恐る、震える指で俺はベルさんの胸に、金貨をそっと、そーっと差し入れる。
「は~い、素敵な殿方から、今日もたくさん、いただいちゃいました~」
満足そうに笑って、ベルさんは俺から受け取った金貨に軽いキスをした。
俺は広く開いたベルさんの胸元で、動くたびにたゆんたゆん揺れる柔らかそうな二つのお山に、魂を吸い取られるような感覚になった。
「じゃあ、お酒と、食べ物と、少しずつ出していくから~。苦手なものは、遠慮なく言ってね~」
「は、はい、お願いします。なんでもイケます」
おそらくこの店は、その日にあるものから客一人分の飲食物を適宜計算して、設定した金額の中で飲み食いさせる方式なのだろうけど。
なんかもう、俺の頭は色々と難しいことを考えるのを、放棄していた。
「これは、干したエビと~、湯がいたタラの芽と~、炒ったお豆さんと~」
軽い酒のつまみになりそうなものが並ぶ。
これは自分で料理しているのだろうか。
それとも出来合いのものを買っているのかな。
まあ、どっちでもいいけど。
「今日のお酒はね~、なんだったかしら~。まあいいわ~」
うん、なんでもいい。
居酒屋なのに出してる酒がうろ覚えなんだとかいちいち突っ込まない。
「じゃあ、二人のはじめての夜に、かんぱ~い」
「か、かんぱーい!」
蠱惑的な言い回しで杯を掲げるベルさん。
俺もドキドキしながら酒を飲み、食い物を口へ放り込もうとしたら。
「あ、だめよ~。私が食べさせてあげる~」
「わ、わーい。嬉しいなあー」
ベルさんの細い指がフォークを掴み、不器用な感じでガツ、ガツ、とおかずたちを突き刺し、俺の口へ運ぶ。
「む、むぐむぐ、すごく、美味しいです」
「ほんと~? 良かったわ~」
あんまり、味はしなかった。
タラの芽とか、茹ですぎてクニャクニャになっちゃってるし。
しかし、常にニコニコと柔らかな笑顔で接客してくれるベルさんを見ているだけで、どんな調味料にも勝ると俺は思った。
楽しさが、酒を飲む勢いも加速させる。
そんなに強い酒ではないけど、高揚した気分も手伝って、俺はすぐ酔っ払った。
「べ、ベルさんは、どういう男が好みとか、そういうのは、あるんですか?」
脈絡もなくこんな質問をするのも、酔っ払いの特権である。
迷惑な客だなとか思っちゃいけない。
「う~ん、逞しい人は、好きよ~」
「お、俺、漁師やってたんで、体力は自信、あります!」
「そうだったの~。海に生きる男の人、素敵よね~」
これは好感触だ!
俺たち、実は相性いいのかもしれないな!
「なんだったら、実家に連絡して、美味いものも取り寄せますよ!」
「ほんと~? 私、アワビが好きなのよね~。干した奴~」
なんて話をして盛り上がっていると、店に他の客が来た。
俺とベルさんだけの甘い時間と空間は、無惨にも引き裂かれてしまったのだ。
「ういーっす。姐さん、儲かってるかい?」
若い、と言っても俺よりは老けて見える、犬系半獣人の男だった。
へべれけになりかけている俺の方は一瞥しただけで、それ以上は特に気にも留めていない。
けれど、俺はその男の歪んだ目つきに、なにか嫌なものを感じるのだった。
そして、それに続いてもう一人。
「お邪魔しまーす。あら、おしゃれなお店ですねえ」
今度は猫系獣人の、綺麗に着飾った女が入って来た。
二人は連れ合いのようだけど、俺は一気に酔いがさめるのを感じた。
猫獣人の女に、俺は見覚えがあったからだ。
それは、俺が山の詰所で新米衛士をやってた頃に、一度だけ出くわした大きな事件。
危険な禁制薬物を大量に運んでいた犯罪集団の、用心棒をやっていた、短剣使いにそっくりだったのだ……。
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