2-1 不夜城の蝶
ラウツカの街にも桜の花がチラホラ咲き始め、春の息吹が濃くなってきた。
「これ、今日の報告書です。確認お願いします」
下っ端衛士の俺、ジョー・カニングは、勤務交代の引き継ぎを行っている。
「了解」
俺の報告書をざっと見て、言葉少なにそう言ったのは、先輩衛士でエルフ男性のファラスさん。
レーグ班長と、副班長のファラスさん、そして俺の3人で、この班は編成されている。
この3人で上手いこと、交代で働き、交代で休みを取って、日々の任務をこなしているのだ。
「じゃあ、お疲れさまでした。お先に失礼します」
「お疲れ」
俺はファラスさんに挨拶をして、退勤する。
ファラスさんはいつも無表情で、言葉も必要最低限しかしゃべらない。
大声でお喋りなレーグ班長とは全く正反対な感じだ。
「嫌われてんのかな俺……いや、でもファラスさん、誰に対してもあんな対応だよな……」
ラウツカに赴任早々はかなり不安に思ったけど、最近は少しずつあの塩対応にも慣れてきたところだ。
なにはともあれ、これから丸1日は休み。
今日の勤務体制としては、朝方の今、俺の勤務が終わり、明日の朝にまた出勤するという段取りになっている。
班長のレーグさんがいろいろ考えたうえで、二人体制で働く時間があったり、一人で詰所の番をしている時間があったり、誰がいつ休んだりと言うことを決めている。
「今日こそは引っ越し荷物をほどいて部屋を整理するぞ……って、なんだ。騒がしいな」
帰り道の途中である九番通り商店街に差し掛かったところで、一つの店から激しい物音と、声が聞こえてきた。
「あぁん!? 上等だてめえ! オモテに出ろォ!!」
「なんだァ!? やんのかこの野郎!!」
居酒屋「恩讐者」の店内から、そんな怒鳴り声と共に、二人の男が飛び出してきた。
酔っ払い客同士の喧嘩かよ。
しかしこの店は、朝まで飲み明かしてる客の多いこと。
「やめて~二人とも~。喧嘩なんかしちゃダメよ~」
のんびりと歌うような声色で、店主のベルさんも店から出て来た。
俺と同じ並の人間、ノーマと呼ばれる種族の、色っぽいお姉さんだ。
いつも独特の倦怠感があるしぐさと表情をしていて、こんなことがあってもイマイチ危機感がない。
「いいや、今日こそはハッキリしねえと気が済まねえ! ベルちゃんは俺が贈った指輪が一番の宝物なんだよ!」
「寝言を抜かすな! 俺があげた首飾りの方がよく似合ってるに決まってるだろ!」
男二人は、どっちがベルさんにとって、この店にとっての上客なのかを競っているようだ。
なんともまあ、男と言うのは実にバカな生き物であるな。
他人事ながら見ていて情けなくなって来るよ。
「お兄さんたち、そんなくだらねえことで争ってないで、もう朝なんだから帰りなよ」
と、近隣の騒動を見過ごせないイイ男である俺は、二人の間に割って入った。
しかしそんな俺の正義感にも酔っ払いたちは全く感銘を受けることなく、言い返してきた。
「くだらねえだとう、この若造が!?」
「てめえの顔こそくだらねえ有様の分際で、何様だってんだ!?」
「誰がくだらねえ顔だこのハゲ!!」
顔のことを言われてついムキになり、相手の頭のことを言い返してしまう俺だった。
「髪のことを言いやがったな! もう勘弁ならねえ!!」
「まずはてめえから片付けてやらあ!!」
喧嘩を止めるはずだったのに、なぜかオッサン二人の攻撃対象が俺に移ってしまった。
「いやいや、話せばわかる! 暴力反対! 平和を愛そう!」
「しゃらくせえんだコラァ!」
「地面の肥やしにしてやらあ!」
二人のオッサンがなぜか息を合わせたように俺に殴りかかって来る。
不幸中の幸いにして、二人とも酔っ払ってヘロヘロなので、大した被害はない。
しかし痛いものは痛いので、反撃しようかどうしようか迷っていると。
ピリリリリリリリリリリリリリリィ!!
耳をつんざくような高い音が、その場に鳴り響いた。
衛士隊が仕事で使う、警告の笛の音だ。
騒ぎを聞きつけて、衛士詰所からファラス先輩が駆けつけてくれたのだ。
衛士が現れたことで、オッサン二人は「げっ」という表情をして、その場に固まった。
「ラウツカ自治刑法34条、闘乱の罪」
それだけ言って、ファラス先輩はオッサン二人と、ついでに俺の手にも縄をかけた。
闘乱罪と言うのは、喧嘩や暴行などを取り締まるための法律である。
「俺、止めに入っただけですよ!?」
「釈明は詰所で聞く」
問答無用な態度を貫くファラス先輩に、オッサン、もう一人のオッサン、そして俺は縄で繋がれて、仲良く衛士詰所に連行された。
せっかくの休みのはずなのに、すぐに仕事場に戻るという不幸なことがあった、その後。
「誤解が解けてよかったわ~。喧嘩を止めてくれて、ありがとうね~」
女店主のベルさんが証人として来てくれたおかげで、俺は手を出していないことが証明され、無事に解放となった。
それと、もう一人。
「まったく、朝は忙しいんニャから、面倒に巻き込まないでほしいワン」
喧嘩の現場である居酒屋「恩讐者」の向かいには「まるはなばち」という名の茶屋がある。
そこで働く、灰色狐獣人のミーニャ。
朝の開店準備をしていた彼女も、俺たちの騒動を目の前で見ていたので、証人として詰所に来ていたのだ。
「ミーニャもありがとな。おかげで赴任早々、衛士仲間に豚箱にぶち込まれるなんて恥をかかなくてすんだわ」
「感謝しているニャら、もっとうちのまんじゅう買って行けだワンよ」
ちなみに喧嘩してたオッサンたち二人は、簡易牢のあるもっと大きな衛士詰所に移送された。
そこでもう少し取調べられるだろう。
怪我もしてないし、説教だけ受けてすぐに釈放されるんじゃねえかな。
「でも、勇気があるのね~。さすが衛士さん、頼もしいわ~」
「いえいえ、市民の安全を守るのが、我々の仕事ですから」
ベルさんのその言葉に、俺は精一杯の決め顔を作って答えた。
しかし諸々の手続きを終えたファラス先輩が、相変わらずの無表情で言う。
「相手が刃物を抜いてたら、死んでた」
ラウツカの市民は護身用に短剣などを持ち歩いていることが多い。
もしあのおっさんたちが、怒りに任せて光り物を出して来たら、確かに無事じゃ済まなかったな……。
「き、気を付けます……」
田舎では村人がいちいち武器を持ち歩いていることが少なかったので、俺はその感覚が抜けていないのだった。
それ以上説教されることはなく、俺は今度こそ本当に、家に帰るために詰所を後にした。
途中までミーニャ、ベルさんと一緒に道を歩く。
「ねえ~?」
横を歩いていたベルさんが、しなだれかかるように俺の腕を組んできた。
「は、はいっ! なんでしょう?」
「本当に、助かったわ~。あの二人、しょっちゅう、お店で会えば言い合いしてたの~。これで少しは、大人しくなってくれると思うし~」
「お役に立てたのなら、幸いです!」
ああ、なんだかとても柔らかくて幸せな感触が、俺の腕を包んでいる。
理想郷と言うのは、こんなところにあったのだな……。
「まだ、うちのお店、来てくれたことないわよね~? ミーニャのお店ばっかりひいきして、ずるいじゃな~い」
「別にひいきされてニャいワン。買っても一番安い団子、しかも代金はレーグのおっちゃんが出してるニャ」
余計なことで口を挟んでいる狐娘がいるけど、黙殺。
「は、はいっ、そのうちお邪魔しようかと、思ってはいました!」
なかなか一人だと入る踏ん切りのつかない店構えだからな。
「あの居酒屋は下っ端衛士が飲むようニャ店じゃないワンよ。若いうちから贅沢覚えたらろくニャことにならないワン」
ミーニャがさらに睨んで水を差してきてる。
やはり、思った通り値段の高い店のようだ。
俺の稼ぎでまともに飲み食いできるのだろうか。
「ん~。私も生活があるから、タダってわけにはいかないけど~。今回のお礼もあるし、おまけするわよ~。たまには遊びに来てね~」
「よ、喜んで、お伺いさせていただきますっ!」
女性にそこまで言われて、行かないという選択肢はない。
俺は少しの間、贅沢を禁止してベルさんのお店に行く金を貯めようと決心するのだった。
「はぁ……やっぱりただのスケベなゴキブリ野郎でしかニャいワンね……」
今日は随分と色々な悪態をつかれる日だなあ、と俺は思うのであった。
カナブンまで上がった評価がまたゴキブリまで戻ってしまったのだった。
ともあれ、ベルさんと多少なりとも、お近付きになれそうなのは、良いことだな!
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