1-6 自分が望む、本当の自分に

「おお~カニング、無事じゃったか! いやあ大変だったようじゃなあ!!」


 俺と女隊長さんがそう話していると。

 ぜえはあと息を切らして、いかついドワーフのオッサンが走って来る。

 上司で班長、レーグ一等隊士だった。

 俺が馬に乗って行ってしまったせいで、きっとあちこち徒歩で走り回っていたんだろう。


「レーグさんのところの班員でしたか。申し訳ありません。うちの隊の不手際でこんなことになってしまって」


 頭を下げる女隊長さん。

 レーグさんはそれを見て慌てて手を振る。


「な、なにをおっしゃる! 魔物が城壁の外から中まで水路をくぐって入って来るなんざ、今までに一度もなかったことじゃ! それを一匹しか侵入させなかった一番隊の功績は計り知れんわ!」


 なるほど、そういうことだったのか。

 門から入って来ようとする魔物は門を閉じればなんとかなる。

 しかし水壕から繋がっている用水路を潜って侵入されたら、普通の対応じゃ阻止できない。


「ところでレーグさん、彼の名前は?」


 女隊長さんが俺の名前をレーグさんから聞く。


「カニング。ジョー・カニング五等隊士じゃ。うちの班にはこの春に来たばかりよ」

「来たばかり……うん? その割には、どこかで見覚えが……」


 特に珍しくもない俺の姓名に、なにか思うところがあるらしい。

 そして、突然。


「あー!」


 と女隊長は大声を上げたのち、俺を指差して、言った。


「漁師のカニングか!? ミノッサ村の!? いつだったか、秋祭りで悪い奴らに絡まれていただろう!? 衛士になっていたのか!?」


 すごい勢いで矢継ぎ早に質問される。

 結構、お喋りが好きな人なのかな。

 仕事以外では砕けた態度で親しみやすい、なんて一面があると、いいなあ……。


「は、はいっ。色々ありまして、衛士になりました。3年目です」


 え、うっそ、やばい凄い嬉しい。

 まさか、覚えててくれたなんて……。


「そうかあ! 日焼けしたその顔、どこかで会った気がしたんだ! いやあ、懐かしいな! 私のこと覚えていたか!?」


 両手で頭を猛烈にわしゃわしゃと撫でられる。

 あ、この人の中では俺は15歳の少年のまま、時が止まっているのね。

 嬉しいけど、ちょっと複雑な気分でもある。

 隊長さんは4年経った今、前よりずっと綺麗な、大人の女性になっていた。

 

「は、はいっ。ちゃんと覚えておりましたっ。ですが……」

「うん? なんだ?」

「お名前を、まだ、教えてもらっておりませんので」

「あっ」


 そう、4年前に助けてもらったときも、今こうして再会している間も、俺はこの女隊長さんの名前を知らない。

 しまった、不覚だった、と言う感じのことを聞えない音量で呟き、女隊長さんは居住まいを正して言った。


「私はウォン・シャンフェイ。北門衛士、一番隊の隊長を務めている。よその国の生まれでな、ウォンは姓だ」


 へえ、姓や家名を先に、名を後に名乗る国もあるのか。

 田舎育ちの世間知らずなので、俺はそんなことも知らない。


「ジョー・カニング五等隊士であります。またお会いできて、光栄です。ウォン隊長」


 二人で真面目に自己紹介し合って、しかしそのすぐにウォン隊長は再び頭を下げた。


「重ねて、改めて謝罪させてほしい。城壁の外で魔物を食い止めるのが北門衛士の役目。それを防ぎきれず、魔物の市内への侵入を許してしまった。これは我々の失態だ」

「いえ、そんな……不測の事態です。仕方ないことかと」


 これは俺の正直な気持ちだ。

 まだまだこの街のことも、仕事のことも、わかることの方が少ないくらいだ。

 それでもなんとかやっていくのだし、そうするしかないのだ。


「それでも、もっと最善を尽くせたはずだ。そう思わないと進歩もないからな。城壁の外でひとつの被害、中でひとつの被害未遂、これでは最善と言えない」


 外では、実際に被害があったのだろうか。

 横で聞いてたレーグさんが俺の耳元で、軽く教えてくれる。


「泥の魔物に一番早く気付いたウォン隊長の部下、一番隊の若いのが、魔物が水に入ろうとするのを食い止めようとしたんじゃ。しかし、取っ組み合ってるうちに魔物の泥水を若干、飲み込んじまったみたいでなあ……」


 俺が戦った泥の魔物はその個体だろうということだった。


「幸いにも、薬で治るたぐいのものだ。復帰に時間がかかるのは仕方ないが……」

「心中、お察ししますわい。早く良くなるとええのう」


 それからもウォン隊長はレーグさんと仕事上のやりとりをいくらか続け、終わり際に俺に対して言った。 


「本当にお手柄だったな。貴官のような有望な若手が仲間になってくれたことを、心から嬉しく思うよ。これからも、一緒に力を合わせてこの街を守って行こう」

「きょ、恐縮でありますっ……!」


 4年前の秋祭りの日、地面に這いつくばって砂を舐めることしかできなかった俺。

 そんな自分を、今日、やっと超えられた気がする。

 大変な目に遭って、まだ体中はあちこち痛いけど。


「誠心誠意、粉骨砕身、力を尽くしたいと思いますっ!!」


 必死になって意地を張って、俺はそう叫ぶのだった。



「今日はもう帰ってええわ。疲れとるじゃろう。明日はちゃんと医院に行くんじゃぞ」


 レーグさんにそう言われたので、俺は報告書だけ詰所で仕上げて、帰宅することにした。


「お先っす。昼飯、ぐちゃぐちゃにしちゃってすんませんでした」


 バタバタしていたので、昼飯を入れた袋は馬に踏まれてぺったんこになった。

 馬の方は、転んだけど無事で、大きな怪我もなかったのは幸いだ。


「アホウ、そんなこと、この期に及んで誰が気にするんじゃ。早う帰って寝んか」


 急き立てられるように詰所を追い出された。 

 衛士詰所はあくまでも仕事中に仮に寝泊まりするだけのところで、部屋は別に借りている。

 九番通りの外れにある、ボロい集合住宅の一室が俺の住処だ。

 詰所を出て少し歩いたところで、心配そうな顔をしたおかっぱ頭の双子、ハルとテルに会った。


「ジョーにいちゃん、だいじょうぶ……?」

「しんだら、だめなのです」


 二人とも、手には大きな黄色い林檎を持っていた。

 黄色い林檎は秋が収穫のはずだけど、俺の知らない間に品種改良でも進んだのかな。 


「全然大丈夫だぞ。俺みたいないい男はなかなか死なないんだ」


 明日あたり、ひどい筋肉痛でのた打ち回っている未来が見えるけどな。


「そっかー、じゃあこれ、あげる」

「たべて、げんきになってくださいなのです」


 そう言って双子は俺の両手に一つずつ、林檎を押し付けた。


「これ、どうしたんだ? まさかまた勝手に取って来たりしなかっただろうな」

「ちゃんとあやまったら、くれたー」

「でもたすけてくれたおれいに、もらってほしいのです」


 そんなことを言われたら、断れないじゃねえか。

 俺は両手に持った林檎を見比べて、ふーむと少し考える。


「ちょっと待っててくれ、すぐ戻るから」


 双子にそう言って、俺はエルフのムスクロさんが営む八百屋まで駆ける。

 そして、手にもう一つ、計3個の黄林檎を抱えて、双子のいる場所まで戻った。


「みんなで食べよう。一人より、みんなの方が美味しい」


 ムスクロさんも事件のうわさ、俺が魔物を退治したのを聞いたらしく、林檎の代金を受け取ってくれなかった。


「わーい!」

「うたげのはじまりなのです」


 しゃがみこんで、双子に林檎を一個ずつ渡す。

 道の真ん中で、俺たち3人、顔を寄せ合って林檎を頬張る。

 15の秋に祭りで食べた、あの林檎と同じ味がした。

 ふたくち、みくちと食べ進めているうちに、いつしか俺の両目から冷たいものが流れていた。


「ジョーにいちゃん、いたいの……?」

「よしよししてあげるのです……」


 双子に頭を撫でられながら、俺は涙で頬を濡らしながら、飛び切りうまい林檎をかじり続けるのだった。

 


 後日。


「あのときはすまニャかったワン。せっかく家まで送ったんだから、その後も一緒にいてやればよかったニャ」


 見回り中に茶屋「まるはなばち」に立ち寄ると、灰色狐獣人のミーニャにそう言われた。

 双子を家に送り届けた後、魔物に襲われそうになったことを気にしているようだ。


「お前も仕事あるし、仕方ないだろ。でもなるべく大人がたくさんいるところで見ていた方がいいだろうな」

「次からは、なにかあったらそうするワン」


 しおらしくそう言ったミーニャは、店の台所の方へ行ってしまった。

 普段からそれくらい大人しくしていてくれるとありがたい。

 しかしすぐに戻って来て、俺に店先に構えられた席に座るように促す。

 

「なんだよ。道草食ってるとレーグさんにどやされるんだけどな」

「まあまあ、大手柄を上げた衛士さんに、うちの店からも褒賞だニャン。きっと涙が止まらないくらいに美味しいワン」


 見ると、皿の上には香ばしく焼き上げられた林檎のパイ。

 丁寧に淹れたての温かく薫り高いお茶まで添えられている。

 それは別にいいんだけど。


「てめえ、見てやがったな!」

「ニャンのことだか、わからないワンね? 早く食べてくれニャいと冷めちゃうワン。それとも冷めたパイも魔法で温めたりできるのかニャ?」

「できねえよ、んなこと!」


 俺はふてくされたまま、パイを勢いよくかじり、お茶を飲み干した。

 クソ、悔しいけどうまいなこの店。


「次からはお金を払うニャンよ。今回は特別だワン」

「わかってるよ。うまかった。ありがとさん」


 例を言って、俺は仕事に戻る。

 この街を守るため。

 そして何者でもなかった、しょぼくれた自分を振り払い、かっこいい自分になるために。


「ジョー!」


 歩き出した俺を、ミーニャの声が呼び止める。

 こいつに名前を呼ばれたのははじめての気がするな。


「なんだ? なにかあったか?」

「結構、かっこよかったニャンよ! でも無茶しすぎないように気を付けろだワン!」


 そう言って、ミーニャは店の奥に隠れてしまった。

 まったくアイツ、どこからどこまで見てたんだろう。

 注目される男と言うのは罪なものだな。


「さ、今日も街の平和を守って、女たちの視線を釘付けにするか!」


 春の良く晴れた日、俺は自分を鼓舞して、さびれた街の見回りに戻るのであった。

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