1-5 若年衛士、力の限り奮闘する
過ぎ去りし日に抱いた、そんな美しい思い出と若者らしい原動力。
それらを糧にして、俺はそれなりに衛士の仕事を頑張ってきたつもりだ。
だからさっき城門の前にいた男の隊員のような、当事者意識に欠ける奴は、なんだか受け付けがたいものがあるのだ。
街中の衛士は人数が多いから、自分が頑張らなくてもなんとかなると思ってるんじゃねえのかな。
「とりあえずレーグさんに知らせないと……」
くさくさしてても仕方がないので、俺は気合を入れ直して仕事の頭に切り替える。
詰所に戻ったけど、レーグさんはいなかった。
警鐘を聞いて、自分の判断で周囲に注意を呼び掛けに行ったか。
あるいはほかの衛士から事情を聞いて、その流れで仕事に取り掛かっているかだろう。
「慌てて馬で城門に急行したのがまずかったかな」
先にレーグさんの元に戻ってから、警鐘が示している方角、城門に馬で二人で向かった方が良かったかもしれない。
今更言っても仕方のないことなだな。
この行動が不適切だったとしても怒られれば済む話、切り替えて行こう。
「市民のみなさーーーーん! 家から出ないでくださいねーーーーーー!!」
すでに人通りが少なくなった住宅街を、俺は叫びながら回る。
みんな、警鐘が鳴ったことで不味いことが起きたのだと理解してくれているようだ。
「魔物を見つけたら、大声を出してくださーーーーーーい! ただちにそちらに向かいますからーーーーー!」
「わかったよーーー! 兄ちゃんも気を付けろーーーー!」
民家の中から反応があった。
嬉しいけど少し恥ずかしいな。
漁師をやっていたおかげもあり、俺は声だけは人一倍デカい。
波のある海の上、父ちゃんや兄ちゃんの操る船の作業を手伝っているときは、とにかく大きな声で相手と意志を交わすのが第一だったからな。
「もしも外に誰かいるのを見たら、声をかけて避難するように言ってくださーーい! 安全が確認されるまで、くれぐれも出かけないよう……に?」
馬上で叫びながら、周囲の状況を確認していた俺の視界の橋に、なにか動くものがある。
場所は商店街の裏手に当たる住宅街との間、用水路が流れている細い路地だった。
さっき朝のうちに花屋の旦那さんに、ゴミさらいを手伝わされた、あの用水路の近くだ。
その「動いたもの」は、人のようでもなく、獣のようでもなく……。
「ブブブブブ……」
不気味な声なのか音なのかわからないものを発している、盛り上がった小さな山のような形をした、ヘドロの化物だった。
魔物だ!
大きさはそれほどでもないけど、今までに見たこともない不思議な種の魔物だった。
敵は一匹、大きさは人間族の成人並、泥のような体で不定形、急所は判別できず。
「お、応援を……!」
俺はポケットから警笛を取り出し……取り出し……。
「忘れた! ちっくしょう!!」
朝起きたときの自分を激しく呪う。
確かに仕事に使う笛を、道具入れの中に置きっぱなしにして出て来てた!
どうするどうする、この場を離れてあの魔物を放置して、別の隊員を呼びに行くべきか?
俺が迷っているその間にも、泥の化物は民家の方へ近づいて行き。
「ジョーにいちゃん?」
「こえがきこえたのです」
そのうちの一軒から姿を現した、おかっぱ頭の双子の方へ、魔物はのそりのそりと。
きっとあのあとミーニャのやつが、ハルとテルを家に帰してくれていたんだな……。
ってそんなこと感心してる場合じゃねえぇぇぇぇッ!!
「二人とも、逃げろーーーーーーッ!!」
俺は馬を全速力で駆けさせて、馬の体ごと、泥の魔物に体当たりをぶちかました。
「ギュルルン!?」
馬と魔物は正面からぶつかり、馬は路地の端へ転び、俺は馬上から勢いよく投げ出される。
ダァン! と受け身もろくに取れないまま俺は体中を地面に打ち付けさせて転げ落ちる。
痛くない!
男だから泣かない!
無口な父ちゃんがそれだけはしつこく兄弟に言って聞かせた、数少ない我が家の家訓だ!
敵は、敵はどうなった!?
「ジュルジュルジュル……」
効いてるんだかどうだか、さっぱりわからねえなちくしょう!
俺は腰に提げてあった打撃鞭を抜き、やぶれかぶれに魔物の身体を打ち据える。
「うおおおおおおっ!! くたばれこの野郎!!」
どこが頭だか内臓だかまったくわからない相手だけど、きっとどこかに急所となる「核」はあるはずなのだ。
どんな魔物も、どこか遠くの世界にいる「魔王」との目に見えないつながりによって、力を得て行動している。
その「動くための力」を受け取っている「核」となる部分が、必ずあるって、訓練所の先生が言ってた!
「でっりゃああああああッ! 漁師の息子ナメんな!!」
それを信じて、とにかく殴る! 叩く! ぶちのめす!
武術や格闘は全く得意じゃないけど、体力だけは負けねえ!
「ブシューッ!!」
しかし、魔物も俺に殴られてばかりではいてくれない。
体の一部の泥をタコの触手のように不気味に伸ばし、俺の身体に絡みついて、動きを拘束しようとしてきやがる。
魔物から傷を負わされると、良くない魔の気、通称「瘴気」が身体を侵し、生命力を奪われる。
こいつは俺を打撃などで傷つける手段を持っていないようだけど、なにか、こいつなりの厄介な攻撃があるはずだ。
「好きにやらせるもんかよ……!」
例えば触手で口と鼻を塞いで窒息させるとか。
俺の身体を抱え上げて地面に落すとか。
よくわからないけど、あの手この手で魔物は俺たちを傷付けようとしてきやがる。
その傷口から瘴気が入り込み、良くないことを引き起こす。
俺の先輩にも、魔物から受けた傷が悪化して左手が動かなくなり、引退してしまった衛士がいるのだ。
「クッソ、こいつ、ウネウネと……!!」
泥の触手はとうとう2本に増え、俺の身体を左右から執拗に捉えようと動き回る。
俺は全く格闘などの才能がないため、敵の攻撃を避けながら自分が攻撃を叩き込むという器用なことが、ものすごく苦手なんだ。
海の中にいる魚たちは、船の上にいる俺たち漁師にいちいち反撃してこないからな。
こうなると体力勝負になってしまう。
魔物の無尽蔵な体力に付き合ってると、こっちが先にバテてしまう。
「が、がんばれー!」
「まけちゃ、だめなのですー!」
物陰に隠れたハルとテルの声援が耳に届く。
ここで俺が倒れたら、魔物は一番近くにいるあの双子をきっと狙う。
「くッ……くそったれぇぇ!」
俺は自分を捕えようとして来る2本の触手をわざと避けず、両脇と腕で抱え込むように捕まえた。
一か八か、俺の魔法が効くのか、試してみるしかねえ!
「母なる水の神、父なる風の神よ! 今、共に手を取り合い、神々の子らに敵なすものを、その戒めの中に封じ込めんことを!!」
俺が精霊神に祝詞を捧げると、周囲で魔力のうねりが発生し、大気が張り詰める。
「ブブジュァ!?」
俺が掴んでいる魔物の触手から、ピキピキピキ、と乾いた破裂音が鳴り響く。
固く凍った触手から、魔物の体に向かってじわじわと変化が押し寄せて行く。
「へへへ、俺が使えるたった一つの魔法が、どうやらお前みたいな魔物にはてきめんだったみたいだな……!」
そう、俺が使えるのは冷凍冷却の氷結魔法。
どうやらこの魔物は見た目通りに泥が主体で、体の大部分が水だからばっちり凍るみたいだぜ!
「オラァ、立派な氷の彫刻にした後、粉々にぶっ壊してやっからよぉ、さっさと全身凍っちまえ!!」
「グミューーーーー!!」
凍りついた触手を折って、俺の捕縛から逃れようとする魔物。
もう腕ではなく本体を、俺は抱きかかえるように捕まえる。
「ほーら、もう逃げられねえぞォ……色っぽくない抱擁だなあ」
俺の全身から伝わる氷結魔法で、魔物の身体からどんどんと熱が奪われる。
とうとう魔物は全身をカチンコチンに凍らせて、微塵も動かなくなった。
「あー、クッソ冷てえ……全身の骨がキーンって鳴ってる感じがするわ」
この方法は、自分も凄く冷たく、寒いので、あまりやりたくはないのだ。
俺は動かぬ氷像となった魔物の身体を、打撃鞭で丁寧に、執拗に粉々にした。
「これだけ粉みじんにすりゃあ、核がどこでも関係ねーだろ……」
地面に散らばる魔物だったものの残骸。
それを満足して見渡し、俺は気力体力をすっからかんにして、失神した。
夢を見た。
17歳の頃、漁師にならずに衛士隊に入ると兄ちゃんに話したときの夢だ。
「残念だなあ。ジョーは魔法も上手いし、いなくなると親父が苦労するぜ」
兄ちゃんはそう言ってくれたけど、半分はお世辞だったのを俺は知ってる。
俺の魔法で新鮮な魚を街まで届けられるのは確かだけど。
もう一人の弟が、俺と似たような魔法の能力に目覚めた。
俺は兄ちゃんよりバカで、父ちゃんより不器用で。
この二人より全然、モテなくて。
漁師としても、男としても、味噌っかすもいいところだった。
「俺は兄ちゃんと違って、もう少し女の子と遊んでみたいしな」
「へっ、言ってろ」
ただの強がりだった。
兄ちゃんは15のときにもう嫁さんになる人を決めていて。
俺は一人の女に縛られるなんて、まだまだゴメンだよ、なんて言っていたけど、村で俺の相手をしてくれる女の子なんて、いなかった。
だから些細な思い出にしがみつくように衛士隊に入って、村から逃げただけなんだ。
「たまには様子を見に村にも帰れるからさ。兄ちゃんも元気でな。浮気して嫁さん困らせるなよ」
「わかってるよ。ジョーも体に気を付けて、仲間のみんなと上手くやれよ」
兄ちゃんも父ちゃんも優しいから、期待外れの俺を責めたりしなかった。
それでも俺はなんとなく帰りづらくて、衛士になってから一回も、里帰りをしていない。
「ん……まぶしっ」
目が覚める。
仰向けに寝ていたから、直射日光が顔面に降り注いでる。
「おお、目が覚めたぞ」
「一人でこんなにバラバラにしたのか」
「打撃武器は効かないはずじゃなかったのか?」
「おそらく氷結魔法だ。精霊さまの残り香がある」
「氷結! その手があったかぁ~~~」
周りでなにか、がやがやと人の話す声が聞こえた。
そうだ、俺は泥の魔物と戦って、なんとか倒して。
気を失っている間に、他の衛士たちが集まって来たんだな。
起き上がろうとする俺の身体を、優しく止める手が肩に触れた。
「まだ立つな。頭痛や吐き気はないか?」
寝ている俺の様子を覗きこみ、優しく問いかける、女の声。
「あ……」
太陽の光に目が慣れてきて、その女の顔を見た俺は、言葉を失い、固まってしまった。
頭の後ろで結われた黒髪の三つ編みを、鎖のように長く垂らしている。
淡い小麦色の肌はきめ細かく、象牙のように滑らかで。
「念のために活力上昇の魔法をかけてもらったところだ。視界はハッキリしているか? 気分が悪いなら遠慮せずに言え。担架を用意するからな」
穏やかな表情でそう話す女の腕には、北門衛士、一番隊隊長を示す腕章が。
城壁城門を守る北門衛の中でも、特に腕っこきの命知らずで組織されている、ラウツカの守り神、北門衛士一番隊。
在りし日のあの人は、その隊長さまだそうだ。
いやあ、15歳の俺、お目が高い……。
「そんなに、すごい人だったんですね……」
「なんだ? まだ意識が混乱しているのか?」
「いや、なんでもないんです」
一人で笑っている俺を、女隊長さんは不思議がっている。
この仕事をしていれば、確かに会えるんじゃないかなー、とは思ってたさ。
だけどこんなに早く会えるなんて、予想してなかった。
ひょっとしたら引退してるかもしれないし。
どこか別の任地に飛ばされてるかもしれないし。
「なんか、一つの目標を達成した気分だ……」
この人はきっと、俺がこれだけ心の中で思い続けたことなんて、知らないんだろうな。
そう思うと、誰も知らない自分だけの宝物があるような気がして、面白かった。
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