人類の一歩目。
河原にやって来た。
村の近くに通る川は、遠く森の向こうに見える山から森をぶち抜いて平野にまで抜けている。
「……今思うと、河原って宝の山だよな」
俺が川にやって来た理由は簡単だ。石が欲しかった。
今の俺には着てる服と靴くらいしか持ち物が無く、これから生きていく為にはあらゆる物が足りてない。ナイフどころか水を汲む桶すら無いのだ。
寂れた村では何もかもが大事な財産であり、勝手に独立を目論む子供に対して渡してやる道具など一つも無いのだろう。
だから作りに来た。足りない道具類を。その為には石が要る。
石とは、人類が初めてその手で作った「道具」の素材である。そう、石とは、人類が著しく進化するに至った第一歩とすら言える。
石があったから、今の人類が居ると言っても過言じゃない。人類は石をその手で加工する事で知性を手に入れた。
そうして生み出された道具の名前を、石器と言う。
「石器時代から始めるぜ」
石器には、石同士をぶつけ合って割ったり、剥離させた物を使う「打製石器」と、石同士を擦り合わせて鋭く研いだ「
打製石器は手早く作れるが、ある程度は運ゲーになる。石の割れ方を完全に予想なんか出来ないからな。それと石同士をぶつけて割るから、見えない部分に衝撃でダメージが溜まってて脆くなってる可能性もある。そこも運ゲーか。
反して磨製石器は時間が掛かるが、石で石を研ぐので形はある程度自由に出来る。それと、少しずつ石を研ぐ性質上、石の硬度をほぼそのまま利用出来る。石でぶっ叩いたせいで割れ易くなってるなんて事は無い。
どっちが良いかと言えば、まぁ急いでるなら打製石器で、時間があるなら磨製石器が良いんじゃ無いだろうかと思うよ。俺は磨製石器を作るつもりだ。
「…………お? この石、良いな」
河原で石を物色すると、絶妙に変な形をした石を見つける。色は黒っぽく、俺の手のひらよりも大きく、そして歪で浅いハート型のような石だ。
「上手く加工すれば、グリップ後付けしなくて良い石斧に出来るな」
浅く開いたハート型は、不要部を削って行けばククリナイフみたいな石斧に出来るだろう。そしたらグリップに何かを巻いてそれっぽくしても良いし。
本当なら太い木の枝なんかを加工して石を括り付けないと行けないのだが、石に最初からグリップが付いてるなら都合が良い。
石を見繕ったら次は川の近くに寄る。座れる程に大きく、そして出来るだけ平たい石を見付けて研ぎ台兼砥石とする。見付けたのは白っぽい石、いや岩で、石英質の物だろうと思う。
パチャパチャと川の水を石英台に掛けたら、ハート型モドキの石を研いでいく。
右手で保持し、左手で削りたい所を石英台に押し付ける様にしてシュリシュリと音を立てて摩する。
最初はグリップ付近を研ぎ、握りやすい様に形を整える。
石同士を擦っても、その形が削れていくには相応の労力と時間が掛かる。なにせ互いに「削る為の物」じゃないからだ。うーむ、ヤスリが欲しい。
早朝から時間を使えるのは幸いだが、かと言って時間を無駄に出来る身分でも無い。と言うか五歳児の体では成人の何倍もちょこまか動かなくては作業も進まないだろう。
そんな訳で石斧完成。予め形がある程度は整ってる物を選んで加工したと言うのに、それでも一時間くらいは研いでいた。長かった。
だがまぁ、この後に木の棒を加工して石斧を括り付けるなんて面倒な作業が無いだけ助かる。グリップまで総石材のククリナイフ型石斧、気に入ったぜ。
「…………さて、他の石器も作るか」
石斧はかなり万能な石器だが、だからと言って本当に何でも使える訳じゃない。ある程度は専門性を持たせた別の石器を作っておく必要がある。
「作るべきは……」
石斧を利用出来ない小さな切断作業に使う石のナイフは必要だ。先を尖らせればドリルみたいに使って木材に穴を開けられる様になるから、加工出来るものが一気に増える。余裕があれば、穴あけ専用の石器を作っても良いだろう。
あとは
「作業台も欲しいな。なんだかんだ、テーブルは重要」
しかし悲しいかな、五歳児ボディ。作業台に出来そうな程の岩など大人だって転がさないと運べないのに、子供の俺が運べるわけない。
「…………平たい石を木材の上に置けば良いか」
俺は妥協した。
その後、ガリガリしょりしょりと石を削って行く。石のナイフは
注意したいのは、研ぎすぎない事だ。石器はあくまで石でしかなく、鉄では無い。だから細く鋭く研ぎすぎると、使用時に刃が割れて使い物にならなくなる。
だからギリギリ『刃』と見なせる程度に鋭く、しかし刃が割れる事なく使えるように丸みを帯びた刃にする。
まぁ、ナイフの方は細く鋭く研ぐんだけど。あれは押し付けて滑らせ、静かに切断する物だから刃が割れる心配も少ない。
「…………もう昼かよ」
作業が終わった時点で、太陽が真上に差し掛かってた。ヤバいヤバい時間を使い過ぎた。せめて簡易シェルターくらいは完成させないと、雨が降ったら死んでしまう。
五年暮らして分かったが、此処は気候的に寒い地域であり、空気が乾いてて降雪は少ないが寒さだけなら北海道並みである。
そして季節に夏が無く、短い春に長い秋と長い冬の三季で一年が回る。
まぁ要はかなり寒い地域なので、こんな村で屋根も無い場所で雨に降られたら本当に死にかねない。ちなみに今は春が終わって秋に入ったくらい。
「さてさて、道具は手に入れたから、サクッとシェルターも作るかね」
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