五歳。



 今世の親も割りとクズだった事は誤算だったし、生まれ落ちた場所が辺境の寒村である事に対してティエっち(女神の愛称)に文句を言いたい今日この頃。


 村に学が無さすぎて、所属してる国の名前すら分からないのは控えめに言ってヤベぇだろ馬鹿。


 痩せた畑の雑草を毟りながらも、俺は内心で女神に文句を言う。


 権力に縛り付けられると活動に支障が出るから、貴族の家に生まれないとか、その辺の制限はあったらしい。


 だが、それでも世界で生まれ落ちる子供の数や質を考えればある程度のランダム性は甘んじるべきだと分かってても、それでもガチャ運が悪過ぎてキレそうになる。


「はぁ、お腹減った……」


 生まれた瞬間から前世の記憶を保持してると、言語を始めとするこの世界の基礎知識を学習するのに問題があるとして、五年かけてゆっくりと前世を思い出し、今日に至る。


 多言語を扱える人間は脳内で思考する際にベースとする言語が一番よく使う物になるので、日本語を知ってるとベースがそれになり、ふとした瞬間に日本語を叫ぶなんて事故が起きかねないし、この仕様は有難かった。


 咄嗟に意味不明な言語を叫ぶ子供とか、普通に忌み子判定を受けて殺されるだろう。その点はマジでティエっちグッジョブ。


 現在、射沼虎太郎であった俺は農村の農家に生まれた四男で、名前をレクと言う。家名、つまり苗字は無い。


「よし、草毟り終わり。…………記憶も蘇ったし、そろそろ活動するかなぁ」


 やっと完全にレクの主導権が俺の手元に来た感覚を覚えながら、以来達成までのタスクを脳内で整理する。


 小目標をいくつか設定し、それをクリアしながら最終目標である依頼の完遂を目指す。


「取り敢えず、農作業で一日消費する毎日は論外だ。さっさと独立しよう」


 地球とこの世界は時間の流れが違う。


 コチラの十年は向こうの一年。エナに残して来た財産で当面の入院費やその他諸々もろもろの出費はまかなえるが、それでもリミットは三年。


 だから、コッチの世界換算で三十年しか時間が無い。その内の五年を既に消費してるのだ。もう無駄にして良い時間なんて一秒たりとも残ってない。


 草毟りを終えた俺は、家族に見付からないように畑を出て村へと帰る。見付かると他の仕事を寄越されるから、勝手に居なくなるのだ。


 我が家の家長たる親父殿は大層なクズ野郎で、とは言っても農村特有の村社会でならそこまで少数派でも無いのだが、子供を奴隷か何かだと勘違いしてるタイプの輩である。


 畑を継ぐ長男と跡継ぎの予備である次男は良いとして、三男以下の息子なんて後も継げずに扱き使われる実質的な農奴だ。


 この村は長じる者が正義であり、家単位であれば家長が絶対正義。村単位なら村長が絶対君主だ。


 そして家長に管理される立場である俺は結婚の自由すら無い。親父の許可が無ければ想い合う相手との結婚も出来ず、畑が継げない家の為にひたすら農作業をする奴隷として扱われる。


 村の中には子を愛する家だってあるんだが、残念ながら我が家の親父タイプがギリギリ過半数を超えてマジョリティである。


 まぁつまり、この村ではクズが主流なのだ。


「さぁて、村長いるー?」


 勝手に一人帰って来た村は、薄汚れた木材で建てられた家畜小屋もかくやと言わんばかりのあばら屋が立ち並ぶ、如何いかにも寒村って場所だった。


 そんな中から気持ち大き目の家を選んで戸を叩く。村長の家だ。


「……おお、なんじゃ。アルドんとこのせがれか」


「村長、ちょっとお話があるんだけど、良いかな?」


 てっきり奥さんが出て来ると思ったけど、玄関を開けて顔を出したのは村長本人だった。


 コーカソイド系で彫りの深い顔をしてる四十代くらいの男性で、頭には白髪混じりの茶髪が見える。


 文明度の低い世界にいて、四十代とは立派なご老人である。日本でも十六世紀くらいかもっと前の時代なら、平均寿命が四十とか五十だったと記録もある。


 それは戦国で命を散らす者が多かったからと言う説もあるが、どっちにしろ現代の地球に匹敵する平均寿命では無かった。


「どうしたんじゃ?」


「僕、独立して狩人に成りたいんだ。その許可が欲しくて」


「おお、お前さんは確か四男だったか? なら仕方ない面もあるな」


 この村は、と言うか文明の発達が待たれる世界に於いて、村って言うのは人が思うよりずっと自然に依存した生活をしてる。


 水源の確保が超必須なのは誰でも分かると思うが、それと同じくらい「近くに森がある」事が条件だ。


 人は火がないと生きていけないし、そして薪が無いと火を維持できない。


 石炭がザックザク産出する鉱山の近くだったらその限りでもないんだろうが、生憎とこの村に石炭の当ては無い。


 そうなると、水源と同じくらいに薪が手に入る環境も必須となる。


 人が生きるためには毎日毎晩ザックザク薪を消費するから、行商から薪を買わないと手に入らないなんて環境では早晩に生活が瓦解する。


 だからこそ村には森が必要なのだ。


 そして森が近いなら当然、その森で暮らす獣だって手に入れられる。ならば手を出すのは既定路線ですらない必然だ。


 何より、寂れた寒村で動物性タンパク質の入手先なんてほっとく理由が無い。


 すぐそこに肉があり、村の財政は厳しい。そんな環境で狩人が産まれるのは筋書きが約束された舞台のワンシーンよりも当たり前の事。


「しかし、独立までするのか?」


「農作業やらされてちゃ、狩りなんて出来ないでしょ?」


「それもそうか……。あい分かった、猟長にも話しておこう」


 村には村長以外にも『おさ』が居る。


 家長は家ごとに居るからノーカンとして、狩人をまとめる猟長と、農家をまとめる農長が居る。所属する家から独立するには、村長を含めた長の内二人から許可を貰わないと独立出来ない。


 逆に言えば、長二人から許可を貰えれば家長を無視して独立出来るのだ。村としても、所属してる家の農奴が一人減ったとしても、その分新しい農家か狩人が増えてくれるから全体のプラスになるから。


 家に居るまま狩人やってる人も居れば、俺が望む様に家として独立した狩人に成りたい者もいる。


 狩人の仕事は森で狩りをして肉を得て、村にお肉を配るのがまず一つ。そして獲物から得た毛皮を加工するのも狩人の仕事である。その対価として農家の余った作物なんかを分けて貰える。


「だから、家を建てる場所も貰える? 今のうちから準備始めたいから」


「ふむ。まぁ、畑に干渉しない場所だったら好きにして良いぞ。あと建てる場所の近くにある家にも話を通すんじゃぞ?」


「うん、分かった」


 サクッと許可を貰えたので、早速建築予定地を選定して資材を集めたいと思う。


 さてさて、実家から出るまでに色々と準備をしようか。さすがに今すぐ独立って言うのは無理だが、こうやって根回しも完了したし、いつでも家を出れるから気が楽だ。


 建材を用意出来て、取り敢えずでも住める場所を作れたらサクッと独立してしまおう。


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