第29話 ご挨拶

「ここかぁ」


 見上げれば、そこには大きな平屋の木造建築の家がそびえたっていた。

 辺りは同じような家がいくつかかあるだけで、それ以外は田園風景が広がっている。

 高校卒業まで、千陽がこの地で育ったのだと考えると、なんだか感慨深いものがこみ上げてきてしまう。

 家の前で感傷に浸っていると、玄関の引き戸がガラガラっと開き、中から栞さんが出迎えてくれる。


「あら鶴橋君、いらっしゃい」

「こんにちは、ご無沙汰しております」

「そんなに畏まらなくていいわよ。千陽もお帰り」

「ただいま」


 千陽は少々照れくさそうに返事を返していた。


「ささっ、上がって頂戴。中でお父さんも待っているわ」


 ついにその時が来た。

 俺は一つ大きく息を吸い込んで、身を引き締める。

 そして、一気に息を吐き、千陽の方へと顔を向けた。


「行こうか」

「うん!」


 俺たちは覚悟を決めて、桃谷家へとお邪魔する。

 今住んでいる家とは比べ物にならないほど広い玄関。

 そこで靴を脱ぎ、木の香り漂う廊下を進んでいく。


「こっちよ」


 栞さんに案内されたのは、客間だった。

 畳の部屋の真ん中にテーブルが置かれており、既にそこには、腕を組んだ幸一さんが待ち構えていた。

 俺は、スっと幸一さんに向かってお辞儀をする。


「お世話になっております」


 幸一さんは何も言わず、ただ首だけで奥へ行けと合図してくる。


「失礼します」


 俺はもう一度お辞儀をしてから、幸一さんとは向かい側の席へと座る。

 とそこで、手土産の存在に気が付き、俺は慌てて手に持っていた袋を手渡した。


「こちら、つまらないものですが」

「あら、申し訳ないわね」


 栞さんが受け取ってくれる。

 中身は、都内で有名はお茶菓子だ。


「それじゃあ、私はお茶を入れて来るからちょっと待っててね」


 そう言って、栞さんは客間を出て行ってしまう。

 俺、千陽、幸一さんの三人だけが部屋に取り残され、重苦しい沈黙が流れる。


「ただいま、お父さん」


 沈黙を嫌った千陽が、そう問いかけると……。


「おかえり」


 と一言だけ返す幸一さん。

 けれどそこで会話は再び途切れてしまい、無言の時間だけが過ぎていく。

 しばらくして、栞さんがお茶を持ってきてくれて、空気が少し弛緩する。

 栞さんが全員分の湯呑を置いて、幸一さんの隣へ腰掛けたところで、沈黙を破るようにして俺が声を上げた。「


「この度は、貴重はお時間を割いていただき、ありがとうございます」


 俺が頭を下げながら述べると、今まで黙り込んでいた幸一さんが口を開いた。


「それで、覚悟は決めてきたかね?」

「はい。私は……」


 大丈夫、自分を信じろ。

 たとえ上手く行かなくても、幸せを掴み取るため、何度だってめげずに挑んで見せる。

 俺は生唾を飲み込み、すぅっと息を吸い込んでから、幸一さんをまっすぐ見つめて言い放った。


「私は、千陽さんと結婚をしたいと思っております!」


 俺が言いきると、栞さんが驚いた様子で口を元を手で隠す。

 一方の幸一さんは、眉間にしわを寄せ、さらに三ビしい表情を浮かべた。


「ほう……つまり千陽との同棲を認めて欲しい。そういうことだな」

「はい。ですが、一度で認めてもらえるなど微塵たりとも思っておりません。千陽さんに、いきなり彼氏が出来て同棲していると知ったら、自分が幸一立場だったとしても許すかどうか分かりません。なので、幸一さんの信頼を得るまで、出来る限りの誠意を見せたいと思っております」

「そうか……」


 幸一さんは顎に手を置いたまま、何やら考え事をしている様子。

 すると、突然すっと立ち上がり、幸一さんが俺に向かって言い放つ。


「ちょっと、二人で外に行こうか。男だけの話をな」

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