第27話 覚悟
俺と千陽はテーブルに座り、向かい側には千陽のご両親が座っている。
なにこれ、自分の家なのにどうしてこんなに重苦しい雰囲気が漂っているの?
「えぇっと……私は別の部屋にいってるね」
「いや、悠姫もそこに座りなさい」
「……はい」
お父様に言われ、悠姫ちゃんは身体を丸くしてソファへ座り込む。
そして、厳かな顔を崩すことなく、お父様は顎に手を置き、本題へと入る。
「まず……君は誰かな?」
鋭い眼光を向けられ、俺は思わずビクっと震えてしまう。
喉から吐き出しそうになるものを必死に堪えて、言葉を紡ぐ。
「えと……鶴橋元気と申します」
「ほう……名乗ったということは、逮捕される覚悟があるということだな」
そう言って、お父様は胸ポケットから突如手錠を取り出した。
ひ、ひぃぃぃ!?
怖いよ、めちゃくちゃ怖いんですけど⁉
「こーら、脅すのもいい加減にしなさい! これから義理の息子になるかもしれない子なんですよ!」
すると、隣に座っていた千陽のお母さまがお父様を咎める。
「俺はまだ認めてないからな。いいか? これから変な言動でもしてみろ。現行犯で逮捕してやるからな」
「ごめんなさい、この人、警察官で職業柄こういう性格なのよ」
「は、はぁ……」
いやいやいやいや、警察官でも無害の一般人逮捕しちゃダメでしょ!
誤認逮捕じゃん!
お父様は手錠を胸ポケットへと収め、一つ咳払いをしてから口を開く。
「俺は桃谷幸一、千陽の父親だ」
「私は桃谷栞、千陽と悠姫の母です。元気君のことは、千陽からよく聞いているわ」
「どうも」
厳格な幸一さんとは対照的に、栞さんは物柔らかな雰囲気で安心した。
どちらからも毛嫌いされていたら、どうにもならないからね。
幸一さんの矛先は、俺から千陽へと移る。
「千陽、俺はお前に幻滅している。まさか男と同居しているだなんて……どう落とし前つけてくれるんだゴラ?」
「……ふん。だってお父さんに同棲するっていったら、絶対許してくれないもん」
「当たり前だ。千陽にまだ男は早い!」
桃谷家の喧嘩、普段からこんな感じなの⁉
血の気多すぎん⁉
「ごめんね千陽。悠姫が千陽の所に遊びに行ったって事伝えたら、お父さん『自分も行く』って言うこと聞かなくて」
千陽のお母さんが、申し訳なさそうに謝ってくる。
確か、お母さんには俺のことも伝えてあると言っていたから、色々と今まで隠し続けてくれていたのであろう。
にしても、過保護だとは耳にしていたけど、ここまでだったとは……。
悠姫ちゃんがこっちに来ただけで姉である千陽の家に心配だからやってくるとか、自分の娘さんたちの事信用してなさすぎじゃないですかね?
まあ、口が裂けても本人には言えないけど。
「それにあなた。千陽はもう結婚適齢期ですよ。彼氏ぐらいいたって当然じゃない」
「いや、千陽にはまだ早い……まだ早いんだ!」
うわぁ……。
典型的な娘溺愛系お父さんだわこれ。
ここまでくると、もう過保護というよりただの子供のわがままに聞こえてきてしまうから、若干引いてしまう。
もちろん、本人に言えるはずがないわけだが……。
現実を直視できない残念な幸一さんを憐れんでいると、突然俯いてピタッと動きを止めた幸一さんが、厳かな口調でつぶやいた。
「一週間だ……」
「えっ?」
「一週間後、お前の覚悟を見せに来い。そこで俺が納得いく説得が出来たなら、今回の同棲の件も、千陽との結婚だって認めてやる」
「ちょ、お父さん!? 私たちはまだそういう段階じゃ……」
「えぇいうるさい! 同棲するなら結婚しなきゃ俺は認めん!」
幸一さんは、0か1かでしか物事を判断できない白黒思考の持ち主らしい。
「それまで、千陽は引き取らせてもらうからな」
「何勝手なこと言ってるの⁉ 私普通に仕事あるから、地元には帰れないよ?」
「ならせめて、この一週間はホテルにでも宿泊しなさい」
「嫌だ! だってここは私の家だもん! どうして自分の住んでるところを追い払われなきゃいけないわけ?」
「なら鶴橋君、君が出ていきなさい」
「……なっ」
幸一さんは、絶対に俺と千陽を二人きりにさせたくないらしい。
俺が返答に困っていると、千陽が身を乗り出して俺の前を塞ぐように手で制した。
「待って、ここは私と元気の家。なんでお父さんの独断で、そんなことを勝手に決められなきゃいけないわけ?」
「お前の親だからだ」
「なら私、もう勘当する。桃谷家の人間じゃなくなれば、好き勝手していいんでしょ?」
「そんなの、俺が許すわけないだろ!」
「いーや、お父さんが許すかどうかなんて関係ないね! これは私自身の問題なんだから!」
「二人ともいい加減にしなさい!」
とそこで、栞さんのヒステリックな声が室内に響き渡る。
「人様の前で見苦しい姿を見せるんじゃありません!」
幸一さんと千陽を栞さんが睨みつけると、二人はしゅんと縮こまってしまう。
「ごめんなさいね鶴橋君」
「いえ……」
だが、どうすべきか……。
ご挨拶には窺わなければとは思っていた。
それがこのような形で知られてしまったからこそ、幸一さんが癇癪を起こすのも理解できる。
俺が今できることは、一つしかない。
「分かりました。一週間ですね」
「……元気?」
俺は真っ直ぐな目で幸一さんを見据えた。
「一週間後、千陽と二人でお伺いします。ですから、今日はお引き取り頂けると助かります。私と千陽にも、話し合いの場が必要ですので」
「ほう、いい覚悟だ。もし一週間後、尻尾を巻いて逃げるようなことがあれば、職権を乱用してでもお前を逮捕するからな?」
「構いません」
俺がそう言い切り、しばしの沈黙がリビングを包み込む。
幸一さんはすっと目を伏せると、そのまま椅子を引いて立ち上がる。
「なら一週間後、答えを聞こうじゃないか。それまでここで千陽と二人でいることも大目に見てやる」
「お許し感謝いたします」
俺が頭を下げると、隣にいた千陽が身体を揺すってくる。
「ちょっと元気、何言ってるの⁉ 正気!?」
「大丈夫だよ。ちゃんとするからさ」
千陽を安心させるようにして、優しく微笑んだ。
「悠姫、もう執行猶予は終わりだ。家に帰るぞ」
幸一さんがソファでひっそりと身を潜めていた悠姫ちゃんへそう声を掛けると、悠姫ちゃんはビクっと身体を震わせ、助けを求めるようにこちらを見据えてくる。
だが、ここで悠姫ちゃんを止めることは出来ない。
これ以上何か要求を頼めば、どうなる事か分かったものじゃないのだから。
「悠姫は私と一緒にこちらに残ります」
そこで、助け舟を出してくれたのは栞さんだった。
「栞……」
「あなたは明日もお仕事でしょ? 私なら融通が利くし、三日間ぐらいこっちに滞在してても平気よ」
「……そうか。なら悠姫、お前は栞と一緒にいろ。離れるんじゃないぞ」
「……分かった」
悠姫ちゃんも素直に従うことにしたらしく、荷物をまとめ始めた。
「それじゃあ一週間後、楽しみにしている」
そう言い残して、幸一さんは家を出て行ってしまう。
「ごめんなさいね、主人が余計なことして」
「いえ、とんでもないです」
「もし何かあったときは、私が全力でサポートするから、頑張ってね!」
「ありがとうございます。でもお手数をおかけしないように心がけます」
「ふふっ、そうなることを祈っているわ。ほら悠姫、行くわよ」
栞さんは悠姫ちゃんを連れて玄関へ。
見送るため、俺と千陽も後ろをついていく。
靴を履き終え、悠姫ちゃんがぺこりと頭を下げて来る。
「お姉ちゃん、元気さん、お世話になりました」
「そんなに畏まらなくていいよ。悠姫は何も悪くないんだから」
「でも……私のせいでお姉ちゃんの事、お父さんにバレちゃったし……」
どうやら悠姫ちゃんは、自分のせいだと責めている様子。
俺は優しく悠姫ちゃんの頭を手を置いた。
「悠姫ちゃんは何も悪くない。というかむしろ、俺の友人と仲良くしてくれていつもありがとう。良かったら、これからも仲良くしてもらえると嬉しいよ」
「元気さん……」
「だから、元気出して?」
「……はい、元気さんに言われたら、元気出すしかないですね」
悠姫ちゃんはそう言って、無理に笑って見せた。
こうして栞さんと悠姫ちゃんも、マンションを後にして、俺と千陽だけが部屋に取り残される。
「さてと……どーすっべか?」
俺が千陽に問いかけた刹那、千陽が俺に思い切り抱き着いてくる。
「バカ、バカ、バカ!!! なんであんな無謀なことしたの⁉ 一週間で、お父さんを説得なんてできるわけないのに!」
「ごめん……でもいつかは通らないといけない道だったからさ」
「本当に元気はもう……」
「心配かけて悪い。でもこれで、俺も覚悟を決めることが出来たよ」
そう言って、千陽の肩に手を置いて、俺はふっと笑みを浮かべた。
「千陽……大切は話があるんだ」
そう前置きして、俺は千陽へ、大事な言葉を告げたのである。
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