第26話 吊り橋効果?

「それでは、ごゆっくりお楽しみください!」


 ガチャッ。


 スタップの人に扉の鍵を閉められ、俺と千陽はゴンドラの中に閉じ込められる。

 ゆっくりと上昇していく観覧車の中で、俺たちはお互い向かい合って座り込み、固まっていた。

 怜人と悠姫ちゃんは先に乗り込んだので、今ちょうど上の方にあるゴンドラで二人して楽しんでいるのだろう。

 それにしてもだ……。

 足元から隙間風が入って来て、底知れない恐怖に苛まれる。

 外の景色を見ぬようにして、俺はずっとゴンドラの床を眺めることにした。


「ね、ねぇ……元気」


 すると、千陽が怯えたような声で俺を呼ぶ。


「ん、どうした?」


 俺が尋ねるものの、千陽の反応がなく、どうしたのかと思い視線を向けると、千陽は窓の外を眺め、遠のいていく地上を見つめながら震えていた。

 千陽は俺の視線に気づくと、目に涙を貯め込みながら、ぐしゃぐしゃになった顔で見据えてくる。


「げ、元気ぃぃぃぃぃ」


 正直、俺もめちゃくちゃ怖い。

 足がすくんでしまいそうになる。

 けど、恐怖を押し殺してでも、目の前にいる彼女を助けないとと、俺は席から立ち上がり、千陽の座る椅子の方へと向かった。

 そして、隣に座り込み、千陽を優しく抱き留める。


「大丈夫だよ。俺が付いてるから」

「でもぉぉぉ……」

「大丈夫だから」


 他に言葉が出てこないのが情けない。

 けれど、俺だって必死に堪えているのだ。

 自身の震えを抑え込むように、さらに千陽に抱き着く力を強める。

 千陽の身体は小刻みに震えてたままで、心なしか冷たい。


「ごめんな、俺がちゃんと乗らないっていえばよかったのに」


 後悔の念が沸き上がってきてしまい、俺はさらに千陽を抱き締める力を強めた。


「ゔっ……元気……苦じぃ」

「あっ、悪い」


 どうやら、力を入れ過ぎてしまったらしい。

 千陽が血相を変えていたので、すっと力を緩めた。

 俺も、恐怖心のせいで力加減がバグってしまっているようだ。

 すると、千陽が身体を俺の方へと向けて、腕を背中に回してくる。


「ち、千陽……?」

「げ、元気君も震えてる。もしかして、怖いの」

「あぁ……俺も高いところは得意じゃないんだ」

「そうなんだ……ねぇ、心臓、凄いバクバク鳴ってるよ?」

「だな」

「私のも聞いてみて?」


 そう言って、千陽は自身の胸元を俺の元へと近づけてきた。

 お互い身体を合わせると、俺の胸の鼓動とは違う、早鐘を打ち音がバクバクと聞こえてくる。

 その心拍の早さに、俺は思わずふっと吹き出してしまう。


「ちょっと、笑わないでよ」

「ごめん、ごめん。思ってたよりはるかに早かったから可笑しくてつい」

「もう……バカ」


 BPM160オーバーの千陽の心拍は、見事な一定の間隔で、ビートを刻んでいる。


「でも……何でだろう。元気君の胸の鼓動聞いてると、少し落ち着く」

「俺も、千陽の音聞いてたら、ちょっと緊張和らいだかも」

「えへへっ……やっぱり私たち、相思相愛なんだね」

「かもしれないな」


 ゴンドラに乗車してから、千陽が初めて笑みを浮かべた。

 それに対して、俺も同じようにぎこちない笑みを返す。

 なんだか、二人の間には、温かい雰囲気が漂い始めていた。

 一緒に恐怖を味わっているというつり橋効果なんだろうけど、こうして密着しているだけでとてつもない安心感に包まれる。


「ねぇ、元気」

「ん、どうした?」

「今ここでキスしたらさ、もっと落ち着くこと出来るかな?」

「なっ……何言って……っ!?」


 すると、千陽が軽く顔を上に上げ、目を閉じて唇を突き出してくる。

 突然の千陽のキス顔を目の当たりにして、俺は無意識に視線を逸らしてしまう。

 だがしかし、逸らした先には、地上高くまで上昇したゴンドラから、街の景色が一望出来てしまっていた。

 見るに見れず、俺はすぐさま千陽のキス顔へと視線を戻す。


「ねぇ、元気。早く」


 さらにその艶やかな唇を突き出してくる千陽。

 俺はゴクリと生唾を飲み込み、意を決してその唇へ自身の唇を合わせた。

 先ほどカフェで飲んだミルクティーの香りがほんのり漂う。

 お互い唇の感触を確かめ合うように口づけを交わして、ゆっくりと離す。

 千陽はさらに求めるように、とろんとした表情を浮かべてくる。


「元気……」

「千陽!」


 俺たちは、恐怖をかき消すようにして再びキスを交わした。

 今度は、先ほどよりも強く、貪るようにしてお互いの温もりを確かめ合う。


「元気っ……!」

「千陽っ……!」


 気づけば、ここが地上から三十メートル以上の場所ということも忘れ、もうキスに夢中になっていた。

 お互いがお互いの感触を確かめ合うように、激しいキスを交わしていく。


 あれから、どのぐらいキスしていたのかは分からない。

 けれど、これ以上してしまったら、色々と我慢できなくなってしまうと判断して、俺は最後に思い切り唇を力いっぱい押し付け、背中に回していた千陽の身体を思い切り抱き寄せた。

 刹那、千陽がビクっと身体を震わせる。


「ぷはっ!」


 絡み合うキスを終え、呼吸が荒く、お互いに見つめ合ったまましばらく呆けていた。


「もう……元気激しすぎ」

「わ、悪い」

「……まあ、別にいいけどね」


 つーんと唇を尖らせながら、頬を染めて言葉を紡ぐ千陽を見て、俺はドキっとさせられてしまう。


「千陽……その……この続きは」

「うん……家に帰ってから……ね?」


 ガチャッ。


「お疲れさまでしたー!」


「⁉」

「⁉」


 突如横から声を掛けられ、俺と千陽が驚いて視線を向けると、そこには先ほど案内してくれた係りのお姉さんが立っていた。

 見れば、ゴンドラは既に地上へと戻ってきていたのだ。


「お客様? どうされました?」


「い、いえっ……何でもないです!」

「すぐおります!」


 俺たちは椅子に置きっぱなしになっていた荷物を手に取り、急いでゴンドラから降りるのであった。

 ちなみに、この後二人にめちゃくちゃからかわれたのは、言うまでもないことである。



 ◇◇◇



 それから、いくつかのアトラクションを楽しみ、併設されているショッピングモールを回っていたら、既に空は群青色へと変化していた。


「それじゃ、今日はありがとう。ごめんね、本当はもっといろいろ案内できればよかったんだけど」

「いえ、すっごい楽しかったです! また今度、次は二人で会いましょう」

「それじゃあな。元気と千陽ちゃんも、今日は付き合ってくれてサンキュー」

「おう、またな」

「悠姫がお世話になりました」


 駅の改札口で怜人と別れ、俺たちは三人で改札口をくぐって帰りの電車へと乗り込んだ。


「ふんふんふふーん」


 悠姫ちゃんは、今日のことを思い出しているのか、上機嫌な様子で鼻歌を歌っている。


「悠姫、今日はどうだった?」

「うん! 最初は色々ごたごたがあったけど、最終的には凄い楽しい思い出になったよ」

「ならよかった。私も悠姫の相手が怜人さんで少し安心した部分もあったかな」

「だから言ったでしょ? お姉ちゃんが心配するようなことは何もないって」

「そうね。これからはもう少し、考えを改めることにするわ」


 ひとまず、ギスギスとしていた姉妹仲も無事に解決して、俺はほっと胸を撫で下ろしたのであった。

 そのまま三人は、マンションへと帰宅したのだが――


「あれ……知らない靴がある」


 何故か玄関に、見知らぬ靴が二足並んでいたのだ。


「あら、お帰りなさい」

「お母さん!?」

「えっ⁉」


 部屋の奥から現れたのは、優しい雰囲気を身にまとった若々しい女性だった。


「悠姫も一緒だったのね。良かったわ」

「お母さん、どうしてこっちにいるの⁉」

「実はね……」


 俺が状況を飲み込めずにいると、お母さんと言われた女性が苦笑する。

 その時だった。


 部屋の奥から、ドス、ドスと物凄い重厚音が聞こえてくる。

 そして、俺よりも一回りも大きい、巨漢の身体つきをした白髪交じりの男性が姿を現した。


「お、お父さん……」

「えっ⁉」


 お父さんって事はつまり、あの過保護っぷりで有名な……。

 俺が恐る恐る視線を向けると、今にも目からビームでも出すのではないかという鋭い眼光で睨みつけてくる。

 そして、男性はすっと視線を千陽の方に向けると、厳格な口調で言い放った。


「これは一体……どういうことだ?」


 俺達の前に、最大の試練が訪れようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る