第21話 本来の目的

「どうぞ」

「ありがとう」


 俺が悠姫にお茶を提供してあげると、彼女は恭しく一礼した。

 はす向かいの席に座り込むと、千陽がタイミングを見計らったように話し始める。


「それで、どうして悠姫がこんなところにいるの?」


 千陽が尋ねると、悠姫は胸を張りながら言葉を返す。


「さっきも言ったでしょ。二人の視察に来たの」

「そんなの、お母さんから聞いてないんだけど?」

「だろうね。ね口止めしておいたから」


 当然のように言ってのける悠姫ちゃんは、ぐっと握りこぶしを作って悔しそうに歯を食いしばった。


「くぅっ……お姉ちゃんを驚かせようとサプライズで訪れたのはいいものの、まさか彼氏とイチャつきながら帰ってくるとは……随分と見せつけてくれるじゃない」

「いや、そもそも悠姫が急に来るのが悪いんだからね? 私だって、悠姫が来るって知ってたら場はわきまえるし」

「はぁ……それにしても、男っ気一つなかったお姉ちゃんが彼氏と同棲なんてね。お父さんが聞いたらどうなる事やら」

「そう言えば、お父さんには何て言ってきたの⁉」


 千陽のお父さんは位置情報を共有しているとも言っていたはず。

 そんな過保護な性格の人が、易々と娘の一人旅行を許すものだろうか?


 俺が息をのみながら悠姫ちゃんを見つめると、彼女はあっけらかんと言った様子で肩を竦めた。


「ちゃんとお姉ちゃんの所に遊びに言ってくるといってきたから平気。じゃないと、こんな遠出なんてさせてくれないもん」

「そう……ならよかった」


 ほっと安堵の息を吐く千陽。

 それとは裏腹に、悠姫ちゃんはまたもや悔しそうに歯を食いしばる。


「お姉ちゃんはこうして上京してるっていうのに、どうして私は許してくれないのよ……!」


 羨むように机を叩く悠姫ちゃん。

 こちらはこちらで、随分とお父さんの過保護っぷりに愛想を尽かしているらしい。


「まあ、私が大反対を押し切って上京しちゃったから、悠姫には実家に残ってて欲しかったんだよ」

「だからって、毎日門限八時は早すぎると思わない⁉ どこぞの中学生だって感じだし!」


 この場にいないことをいいことに、お父さんに対する愚痴を零す悠姫ちゃん。

 どうやら、相当鬱憤が溜まっているらしい。

 すると、悠姫ちゃんが不意に俺の方へと視線を向けてきて、にぱっと微笑みを浮かべる。


「まあでも、お姉ちゃんの彼氏さんが優しそうな人で良かったです。どこぞの強面の人だったらどうしようかと心配してました」

「あはは……イメージを払拭できてよかったよ」


 千陽のこと、どんな姉だと思っているんだこの子は?

 俺が唖然としているのも束の間、悠姫ちゃんは居住まいを正して千陽に向き直った。


「てわけで、私は視察に駆り出されたってだけで、ただ知り合いに会うためだけにこっちに来ただけだから、お二人の邪魔をするつもりはないので安心してください」


 そう言って、律儀にぺこりと一礼する悠姫ちゃん。


「なーんだ。それならそうと言ってくれれば……ってちょっと待って⁉」

「ん、どうしたのお姉ちゃん?」

「今、こっちに知り合いがいるって言ったわよね?」

「うん、言ったよ」

「どうして地元でしか生活したことのない悠姫が、こっちに知り合いがいるのよ⁉」


 千陽が指摘すると――


「……てへっ♪」


 っと、可愛らしく舌を出す悠姫ちゃん。


「誤魔化してもダメ! この件は、お母さんに報告するからね!」

「えぇー⁉ それはいくらなんでも酷くない⁉」

「だって、見ず知らずの人といきなりリアル会うとかリスクが高すぎる! もしかしたら何か事件に巻き込まれる可能性だってあるんだよ⁉」

「大丈夫だって。ちゃんと通話で話したこともある人だし、凄い優しそうな人だったから」

「とにかく、この件はお姉ちゃんでも流石に見逃せません!」

「そこまで言うなら、私にだって考えがあるもん」

「何よ?」

「お姉ちゃんが彼氏と同棲してる事、お父さんに告げ口してやる!」

「うっ……そ、それは……」


 妹に最大のキラーカードを出されたことで、千陽はついに口ごもってしまう。


「言われたくないなら、分かってるよね?」

「……あぁ、もう! 分かったわよ」


 結局千陽は、妹に言いくるめられてしまった。


「うぅ……元気ぃぃぃー」

「ほれ、ヨシヨシ」


 今にも泣きそうになっている千陽の頭を優しく撫でてあげる。

 全く、これじゃあどっちが姉なのか分かったもんじゃないな。


「ということで、今日から三日間の短い間ですがよろしくお願いします!」


 こうして、短期間限定で、千陽の妹である悠姫ちゃんが寝泊まりすることになった。

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