第20話 新たに表れた刺客
俺と千陽は、仲良く二人で帰路についていた。
「にしてもまさか、上本と愛先輩が結婚するとは……」
「ね! まさか愛先輩の恋人が上本君だったなんてびっくりだよね」
事の発端は、上本が婚約することを告げた時に遡る。
トイレから帰ってきた上本が、おもむろに尋ねてきたのだ。
「あのさ、今から彼女が俺のことを友達に紹介したいって言ってるんだけど、良かったらお前らのことも紹介していいか?」
「おう、構わないぞ」
「ってか、上本の彼女がどんな人かも気になるしな」
急遽、上本の婚約相手の女性と会うことになり、俺たちはお店を後にしたわけだが、ビルの出入り口を出た時、一人の女性がこちらへと近づいてきたのだ。
「あっ、いたいた! おーい、
上本の名前を呼ぶ女性に目を向けると、そこにいたのは見知った顔だった。
しかも、その隣にいたのは、千陽だったのだからさらに驚きである。
「世間って、本当に狭いよな」
「ねっ! こんな偶然ってあるもんなんだね!」
俺たちは嬉しさのあまり、電車の中で笑い声を噛み殺しながら肩を揺らす。
ひとしきり笑い終えたところで、千陽がすっと慈愛のある目を向けて来る。
「それにしても、愛先輩と上本君、凄くお似合いだったね」
「あぁ……なんというか、凄い熟練したカップルだったな」
お互いのことを尊重していて、自然に助け合うような関係性。
そんな二人を見ていて、ふと思ってしまうのは、俺たちの今後の事。
「ねぇ……私たちも、愛先輩達みたいな落ち着いた関係にいずれなれるのかな?」
「どうだろうな」
「そこは、嘘でもなれるって言ってよー!」
「悪い、悪い。でも何だろう。俺と千陽はもっとこう、もう少し違う形に収まってる気がしてるっていうか」
「それって、いい意味で言ってる?」
「もちろんだよ。少なくとも俺は、千陽から離れるつもりはないからね」
「そ、そっか」
俺が言いきると、千陽は恥じらうように俯いてしまう。
けれど、耳は真っ赤に染まっていて、言われて嬉しかったんだなということだけは理解できる。
すると、千陽は恐る恐るといった様子で視線を向けて来ると、恥じらいながらも微笑んだ。
「私たちも、婚約する日が来るといいね」
「そうだな」
まあ、そうなったら、同棲のことを内密にしている千陽のご両親にも挨拶にしに行かなければならないわけで……。
そう考えると、千陽と幸せを迎えるためのハードルは、結構高いんだなということを思い知らされる。
「とり合えず、今は千陽との同棲生活を楽しむことにするよ」
「あー逃げたー?」
「し、仕方ないだろ……まだ心の準備が出来てないんだよ」
我ながらヘタレ発言であることは自覚しているものの、同棲を始めるまで、プラトニックな関係性を保ってきた俺にとっては、結婚などまだまだ先のことだと思っていたのだから。
「もう、仕方ないなぁ。こんなに元気のこと待ってあげれるの、私ぐらいなんだからね?」
「き、肝に銘じときます」
「ふふっ、ならよろしい!」
そんな会話をしているうちに、最寄り駅に到着する。
「帰ろ! 元気」
「おう、そうだな」
どちらからでもなく手を差し出して、指を絡め合ういわゆる恋人つなぎをして、俺たちは家路へと着くのであった。
「ねぇ、明日は何しようか?」
「ん? 特に予定はないだろ?」
「そうだけど……!」
「どこか行きたい所でもあるのか?」
「ううん。そういうわけじゃないんだけど……元気がいいなら、一日中一緒に致いなと思って」
恥じらうように言ってくる千陽。
千陽の言い分を要約すると、一日中イチャイチャしていたいということ。
「まあ、千陽がそうしたいなら、俺もやぶさかではないけど」
「ほんとに⁉ なら、決まりね!」
千陽は、繋いでいる手をぶんぶんと振って、嬉しさを表現する。
俺はやれやれと思いつつ、千陽と並んで家路につく。
マンションのエントランスホールに到着すると、エントランスホールの前に、怪しい人物が仁王立ちしていた。
「ふふふっ、やっと来たわね、待ちくたびれたわ」
どや顔で何やら発言するツインテールの女の子。
俺は千陽の方へ視線を向ける。
「知り合い?」
「さぁ?」
千陽はキョトンと首を傾げる。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと! 急に現れたからって、妹の顔を忘れるなんて酷いよお姉ちゃん!」
「お、お姉ちゃん!?」
ドンドンと繰り出される、見知らぬ女の子からの発言に唖然としていると、千陽があきらめたようにため息を吐いた。
「まったく、どうしてあなたがここにいるのよ。悠姫」
「えっ……悠姫ちゃんって確か……千陽の妹の」
俺が千陽に尋ねたのに、答えたのは目の前にいる女の子だった。
「そうよ! 私は桃谷千陽の妹、桃谷悠姫とはこの私よ!」
胸に手を当てて、ドヤっと自己紹介してみせる千陽の妹悠姫ちゃん。
「ず、随分と色々とぶっ飛んでる子なんだね」
「ごめんね元気。こんな妹で」
千陽が申し訳なさそうに謝ってから、今度は悠姫の方をジトリとした視線で見つめる。
「それで、どうして悠姫がここにいるのよ」
「ふっふっふー。よくぞ聞いてくれた」
待ってましたとばかりに、腰に手を当て、胸を張りながら声を張り上げた。
「お姉ちゃんたちの視察に来たに決まってるでしょ!」
突如現れた桃谷家からの刺客。
色々と嫌な予感がプンプンと漂っている。
どうやら、俺と千陽の恋路は、そう順調にはいかないらしい。
ここにきて、また新たな問題が発生しようとしていた。
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