第18話 報告会
一方その頃、俺は久しぶりに都内のターミナル駅へとやってきていた。
俺の仕事場は比較的郊外の方へあるので、こうして仕事終わりにスーツ姿で夜の大都会へ出向くことはほとんどない。
俺は見渡す限りの人の波にうなされつつも、何とか目的の場所までたどり着く。
「えっと? 確かここの三十六階とか言ってたっけ?」
空を見上げれば、そこにそびえたつのは巨大なタワー。
どうやらここの上層階にあるお店が、今日の待ち合わせ場所らしい。
「にしても、都内は相変わらずすげぇな」
思わず、そんな独り言が漏れてしまう。
俺が今から昇ろうとしているビルと同じぐらいの高さの建物が、所狭しと乱立しているのだから。
海が近くて、潮の香り漂う俺の職場とは大違いだ。
俺はお店が入っているビルへと入り、エレベーターホールでエレベーターを待つ。
高速エレベーターでノンストップ。
あっという間に地上三十六階へとたどり着く。
エレベーターホールを出ると、正面の窓ガラスから大都会の煌びやかな夜景が目の前に現れる。
「す、すげぇ……」
俺みたいな庶民が来るようなところじゃない。
緊張した面持ちのまま、俺はゆっくりとお店の入り口へと向かって行く。
「いらっしゃいませ」
「えっと、予約していた谷町です」
「谷町様ですね。お待ちしておりました。どうそこちらへ」
受付の人についていくと、完全個室の部屋へ案内される。
扉を開いた先には、窓から見える夜景の景色。
そして、中央を囲むテーブルには、既に怜人と上本の姿があった。
「よう元気、やっと来たか」
「久しぶり元気ー!」
「お待たせ二人とも」
空いている席に座ると、すぐさまお手拭きを用意してくれた。
「マジで上本は久しぶりだな。最後に会ったのいつだっけ?」
「多分、去年三人で温泉行って以来だから、一年ぶりぐらい?」
「うわぁ、もうそんなに経ったの?」
「早いよな」
一年ぶりに見る上本は、容姿は全く変わっていない者の、どこか洗礼されていて、都会の街に染まった雰囲気を纏っていた。
黒のジャケットを羽織り、黒のシャツ着こなし、黒の帽子にサングラスをかけていて、とてもお洒落感を醸し出している。
一方の怜人は白シャツにジャケットと、こちらも最低限の身だしなみは整えていた。
「にしても、よくこんな場所予約したな」
「いやぁー上本は大衆居酒屋嫌いだからな。ちゃんとしたお店でコース料理でも食べながらお酒を楽しもうって事になってな」
「ぶっちゃけ、高いんでしょ?」
俺が通販のCMに出てくる人みたいに尋ねると、上本は平然とした様子で答えた。
「まあ、そこそこって感じ。そんなに高くはねぇよ」
「俺、懐そんなにないんだけど……」
「大丈夫。今日は奢るから」
「いやいやいや! 流石にそれは申し訳ないって!」
元はと言えば、俺が同棲を始めたことを伝えなきゃいけないためにセッティングしてもらったのだ。
誘った側が支払うのは当然のマナーだろう。
「いいって、いいって。お前らにも今日は大切な話があるからな」
「えっ……そうなのか?」
「あぁ。まあとりあえず、酒でも頼もうぜ」
どうやら上本も、俺たちに何か伝えなければならないことがあるらしい。
大学を卒業後、塾講師として絶賛社畜生活を送っていた上本。
現在は、中学受験偏差値トップクラスの子たちを教えていると言っていたけど、今はどうなのだろうか?
それぞれお酒を注文し終えて、俺達三人だけになる。
「それで、上本さんは今何してるの?」
「まあ、去年と変わらず小学生を教えてるよ」
「超難関コース?」
「そうそう」
「大変だな」
「まっ、何とか生きてますよ」
塾講師は、夏休み以降は常時繁忙期と化す。
そもそも土日は仕事だし、平日の休みも出勤しなければならないことが多々あるため、冬になると月に一度休めればいい方だとか。
前に聞いた話だと、朝九時に出社(本来は13時出社)して、夜の二十三時(本来は二十二時退社)に退社するとか聞いた気がする。
いや、上本マジで社畜すぎるだろ……。
俺だったら一か月も経たぬうちに辞めてる自信があるわ。
とまあ、上本の社畜精神がさておき、俺は本題の話へと移る。
「それで、上本の話したいことってなんだよ?」
「そのことなんだけどさ……」
すると、上本は机に肘を置いて手を組むと、神妙な面持ちで声を上げた。
「実は俺、来月結婚します!」
「……えっ、マジ⁉」
「……えっ、マジ⁉」
突然の結婚発表に、俺と怜人の声が重なる。
「結婚って、誰と⁉」
「友達から紹介してもらった人。一つ上の先輩だ」
「マジか! おめでとう!」
俺と怜人は、祝福の拍手を送ると、タイミングよく頼んだお酒が運ばれてきた。
それぞれグラスを持ったところで、怜人が目配せしてくる。
どうやら、今のタイミングで言えということらしい。
「えっと、実は俺からも一つ報告が……」
「お、マジで? 何々?」
「いやぁー実は俺もさ、同棲始めたんだよね」
「お、マジか! まあ俺たちの年齢的にそんな時期だよな」
意外にも上本の反応は、淡白なものだった。
「ってことで、上本の結婚と、元気の同棲を祝って、乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
上本の方が遥か上を行く報告だったため、言う敷居が低くなったのは、ラッキーだった。
「ふぅー」
「あ”ぁーうめぇ!」
「……はぁっー」
安堵の息と、ビールを嗜む声に続く、盛大なため息。
視線を向ければ、がっくりと肩を落とした様子で、怜人が項垂れていた。
「俺も彼女欲しい……」
まるで一人お葬式のようなオーラを醸し出す怜人。
正直、申し訳ないとは思ったけど、怜人にもいずれ素敵な彼女が出来ることを、俺はただただ祈ることしか出来ない。
その後は二人の馴れ初めなど、様々な話を深堀して行って、久しぶりの飲み会は大いに盛り上がった。
話しをしている間、ずっと怜人は夜景を眺めながら黄昏ていたけど……。
頑張れ! 怜人!
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