第二章

第14話 隠していたツケ

 何やら下腹部辺りにモゾモゾとする違和感を覚え、俺は目を覚ます。


「うーん……ん?」


 微かに開いた目で、首を曲げて自身の下半身の方を見れば、布団が山盛りになっていて、モゾモゾと物陰が動いていた。

 俺が布団の端を掴み、そのままファサッと思い切りよく捲り上げる。


「あっ……」


 すると、千陽がびっくりしたような顔でこちらを見つめていた。

 もちろん、俺のナニを握り締めながら――


「おはよう千陽。何やってんだ?」

「えぇっと……朝の経過観察?」

「別に俺のモノを観察しても、何も変化なんてないぞ?」

「そ、そんなことないもん! 私が触れるたびに、ピクピクって動いてたよ⁉」


 千陽は、俺が寝ている間に、アレに触れているという事実を隠すどころか、実際に起きた現象を熱弁してくる。


「ねぇ……ココ、凄く朝から苦しそうだけど……」


 そう言って、千陽は視線を俺の下腹部へと移す。


「あぁ、朝〇ちってやつだな。気にするな、いずれ収まるから」

「で、でも! やっぱり見てて可哀そうだし……発散させておいた方がいいんじゃないの?」

「大丈夫だよ。俺がその気にならなきゃ、勝手に萎むから」

「せっかくおっきくなってるのに……残念だね」


 千陽は俺の息子に優しく語り掛けながら、指先でスリスリと撫でてくる。


「お、おい……やめろって」

「ん、どうして?」


 千陽は首を傾げながら、さらにスリスリするスピードをはやめる。

 刺激を与えられてしまえば、当然、生理現象なので反応してしまうわけで……。


「あっ……なんかさっきよりも固くて大きくなってきた気がする」

「千陽が触るのが悪いんだぞ」

「えぇーっ、だって、凄い苦しそうだったから……」


 そう言って、わが子を見つめるように俺の下腹部を愛おしそうに見つめる千陽。

 俺は思わず、ため息を吐いてしまう。


「そんなに可哀そうって思うなら、千陽が慰めてあげればいいんじゃないの?」

「うん! ならお言葉に甘えて、誠心誠意させていただきます」

「待て待て待て!」


 冗談で言ったつもりだったのに、千陽は俺のズボンの裾に手を掛けると、一気にずいっと下ろしてしまう。

 そして、パンツ越しに主張する息子君とご対面。


「あぁ……すごい……」


 とろんとした、恍惚な表情で見つめる千陽。


 スンスン。


「うん、元気の匂いも香ばしくて、凄くいい」

「あ、あのなぁ……」


 次々と出て来る千陽の言葉に、俺も変な空気感を感じ取ってしまい、身体が自然に反応してしまう。


「あっ、今ピクってなった」

「うぅっ……恥ずかしいから、とっととするならシてくれ」

「はーい、それじゃあ、パンツも脱いじゃいましょうねー」


 幼稚園児を宥めるような口調で、今度はパンツに手をかけて、ゆっくりと下ろしていくと、朝の息子とご対面。

 今日も俺の元気は元気である。


「じゃあ……今から元気の元気を、たっぷり労ってあげるね!」

「お、お手柔らかにお願いします」


 昨夜、一線を越えたばかりだというのに、一つねじが緩むとここまでなってしまうとは……。

 ほんと、バカップルすぎるだろ。

 自分たちの行動に呆れつつ、結局俺は、千陽にご奉仕してもらうのであった。

 昨日見ることの出来なかった、千陽の火照った表情を堪能しつつ。



 ◇◇◇


 千陽との同棲生活も数週間が経過した頃。

 俺はとある居酒屋の個室で、再度怜人と飲みに来ていた。

 話しはもちろん、千陽の話題で持ち切りである。


「んでよ、俺がくいってすると、千陽がめっちゃ潤んだ顔で見て来るの! それがマジで可愛すぎてさ!」

「あーはいはい。それはそれは幸せで何よりだよ」


 俺が千陽の可愛さについて熱弁をふるっていると、怜人はハイライトの消えた目で、のろけ話を右から左へと受け流していた。


「なぁ、怜人」

「あ“、なんだよ?」


 心なしか、怜人の声音が不機嫌そうだが、俺はそんなのお構いなしに今悩んでいることを打ち明けた。


「今度、千陽にスク水着させたいんだけどさ……どうすればいいと思う?」

「んなの知るか! 勝手にヤってろ」

「頼むって! 怜人しかこんなの相談できる相手居ないんだってば」

「俺だって知らねぇよ、コスプレ趣味ねぇから。でもまあ、今の千陽ちゃんなら、お前の言うことなら何でも聞いてくれると思うぞ」

「そうかなぁ……?」

「家帰った後言ってみろ。『今日、これ着てシたいんだけど』って。多分、二つ返事でOKしてくれるぞ」


 怜人は呆れ返った様子で、投げやりにアドバイスをし終えると、手に持っていたグラスビールを一気に飲み干した。


「……つーかお前、そろそろいい加減上本うえもとに言えよな」

「あー……まあその内?」


 怜人から都合の悪い話を振られて、俺は適当にお茶を濁す。


「そう言って、もう三年半も経ったんだが? 何なら、同棲始めちゃってるんだが?」

「えっと……うん」

「うんじゃねぇよ」


 怜人はうんざりとした様子で、深々とため息を吐く。

 上本とは、俺と怜人の高校の同級生であり、現在は塾講師をしている友達である。

 怜人には千陽と付き合い始めてからすぐに伝えたものの、上本にはなかなか言い出すタイミングを逃し続け、気づいたらここまで来てしまったのだ。


「俺も上本に黙ってた身として、なんだか最近申し訳なくなってきたんだよ。共犯みたいなものだしな」


 怜人には、『上本には直接俺から伝えるから、報告するまでは秘密にしておいて欲しい』とお願いしていたのだ。


 そして、怜人に会う都度――


「上本には言ったか?」


 と聞かれ……


「いや、まだ言ってない」


 と答え。


「いつ言うんだ?」


 と問われると


「まあ、タイミングが来たら」


 と誤魔化し続けてきた結果、戻るに戻れないところまで来てしまっていたというわけである。


「上本の奴、聞いたらショック受けるだろうな」

「やっぱり、そうかな?」

「そりゃそうだろ。友人だと思ってた相手に、彼女がいることを三年半も隠されてたんだからな。しかも、俺は知ってるんだから」


 怜人に客観的な視点からの分析を言われて、俺は段々と焦ってきてしまう。


「ど、どうしよう怜人」

「どうしようも何も、次会うときに腹括って話すしかねぇだろ」

「うぅぅ……俺、何が悪かったのかな?」


 俺が頭を抱えると、怜人がさらに質問を重ねてくる。


「そもそも、なんで俺にはすぐ報告しといて、上本には言わなかったんだよ?」

「いや……なんていうかその。上本と俺達三人で会った時って、基本的にそう言う話にならないじゃん?」

「俺は都度都度、上本に女の話振って、タイミングを作ろうとはしてたぞ?」

「いや、やっぱそう言うのって自分のタイミングで言いたいじゃん?」

「はぁ……これだからお前は……」


 怜人はさらに盛大なため息を吐く。


「俺、そんなにダメかな?」

「ダメって言うか。せめて付き合って一年ぐらいたった時には、報告すべきだったと思うぞ」

「マジか……」

「まっ、今回の件に関しては俺も多少関与してるから、上本に申し訳ないと思ってるんだ。だから今度、上本と会う機会セッティングしてやるから、そん時に打ち明けろ」

「分かった……善処する」

「やれ」

「……はい」


 怜人のそれはもう、ほぼ強制命令のようなものだった。

 せっかく千陽とラブラブな同棲生活を手に入れて、今は幸せ絶頂の真っ只中だというのに……。


 他の人に黙っていたツケが回ってきて、俺の前に次なるミッションが立ちはだかろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る