第11話 氷解

「お前の覚悟ってやつを見せてやれ」


 怜人にはっぱをかけられ、いざ決意を固めて家に帰ってきたのはいいものの、玄関の扉前に着いた途端、そこはかとない緊張が押し寄せてきてしまう。


「ヤバイ……いざ気持ちを伝えるってなるとめちゃくちゃ緊張してきた」


 こんなに喉から何かが出そうなほど緊張しているのはいつ以来だろう?


 下手したら、千陽に告白した時以来かもしれない。


 しかし、ここで緊張に押しつぶされるわけにはいかないのだ。

 自分の殻を破って気持ちを伝えた先に、幸せが待っているのだから。

 一つ深く深呼吸をして、俺は覚悟を決めて、玄関の扉を開けて帰宅する。


「た、ただいまー」


 俺が玄関先で声を上げると、しばらくして、寝室の扉がガチャリと開き、部屋着姿の千陽が姿を現した。


「おかえり元気。随分と早かったね」

「うん。ちょっと色々あって、今日は早めに解散したんだ」

「そうだったんだ……」


 そこで二人の会話が途切れてしまい、謎の沈黙が生まれてしまう。

 えぇい、こうなったら、空気感とかぶっ飛ばして、勢いのままに言ってしまえ!


「あのっ……!」

「あのね!」


 すると、俺と千陽が声を上げたのは、ほぼ同時だった。

 二人の声が重なってしまう。


「あっ、ごめん。お先にどうぞ」

「いやいや、そっちからでいいよ」

「千陽の方からでいいよ」

「ううん、元気の方から」


 お互いに譲り合う形になってしまい、どちらも話を切り出すことの出来ぬまま見つめ合っていると、先導を切るようにして、千陽が口火を切った。


「そのね……私、元気にどうしても伝えなきゃいけないことがあって」

「奇遇だな。実は俺も、千陽に言わなきゃいけないことがあるんだ」

「えっ、そうなの?」

「あぁ」

「それじゃあ……同時に言ってみる?」

「いいぞ」


 何故か二人は、同時に自分の主張を言い合うことになった。


「それじゃあ行くよ?」

「せーのっ!」

「せーのっ!」


 そしてついに――



「私とセッ〇スしてください」

「俺とセッ〇スしてくれ!」


 お互いの意見が合致した。



「……えっ?」

「……えっ?」


 絶対にかみ合わないと思っていた言葉が、見事なまでのシンクロ率を見せ、俺たちは目を見開いて見つめ合ってしまう。


「今、なんて言った?」

「私とセッ〇スしてくださいって。元気は?」

「俺とセッ〇スしてくれって」


 まさかの一致である。

 お互いにポカンと呆けていたものの、しばらくして――


「ふっ」

「ぷはっ」


 お互いほぼ同時に吹き出して、笑い声を上げてしまう。

 玄関で盛大に笑い合ってから、俺は目じりに溜まった涙を拭いながら声を上げた。


「あー腹痛てぇ。まさか千陽から同じ言葉が出て来るとは夢にも思ってなかったわ」


 そんな俺の言葉に対して、今度は千陽が口を開く。


「それを言うなら私だって驚きだよ。元気がいきなりそんなこと言うと思わなかったもん」


 ようやく落ち着きを取り戻したところで、俺は改めて千陽を見据えて確認する。


「えっと……さっきの言葉、嘘じゃないんだよな?」

「嘘なんかじゃないよ」

「そっか……」

「それを言うなら元気の方こそ本当なの? 私が、何度も色仕掛けしたのに、一回も乗って来てくれなかったよ?」

「それはその……襲いたい気持ちは山々だったんだけど、勇気が出なくて……」

「もう……肝心なところでヘタレなんだから。私、すっごい頑張ったんだよ」

「それに関しては本当に悪かった。俺も千陽がいきなり甘えてきたから驚いちゃって……。同棲始めてから、もう少し落ち着いてからそういう行為に持っていければいいかなと思ってたから、準備が出来てなくて」

「それならそうと、言ってくれればいいのに」

「し、仕方ないだろ。恥ずかしかったんだから……」

「バーカ」


 そういうものの、千陽は恥じらうような笑みを浮かべてこちらを見据えていた。


「ほんと、何やってんだろうな俺達」

「ほんとうだよ。こんな不器用すぎるカップル、絶対私たちだけだよ」

「そうだな」


 三年間も付き合っているのに、エッチの誘い方すら分かっていないピュアピュアカップル。

 中学生かと周りからは突っ込まれそうだけど、それはそれで構わない。

 俺達には、俺たちなりの恋愛の仕方があって、正しい答えなど無いのだから。


「そ、それじゃあさ……い、今からその……寝室行く?」

「あぁーえぇっと……」


 今の心理状態なら、そのまま寝室に行って千陽と戯れることは確実にできるだろう。

 だがしかし、初めての時は、もっとたっぷり二人でイチャイチャタイムを楽しみたいと思ってしまう自分がいて……。


「千陽は、お風呂もう入った?」

「ううん。まだ入ってないよ」

「ならさ……一緒にお風呂入ってからにしない?」

「えっ⁉」


 俺の提案に、千陽が驚いたように頬を真っ赤に染めて、視線を泳がせる。


 流石に気持ち悪かっただろうか?

 後悔の念に苛まれていると、千陽がか細い声で声を上げた。


「ぃ……よ」

「……えっ?」

「いいよ……一緒にお風呂」


 身体をもじもじさせながら、恥じらうように上目遣いでこちらを見ながら、OKしてくれる千陽。

 その姿が可愛すぎて、俺の胸がきゅんと締め付けられてしまう。


「あ、ありがとう……それじゃあ、早速入ろうか」

「う、うん……行こう」


 俺は靴を脱ぎ、千陽の背中を押すようにして、一緒に脱衣所へと向かって行くのであった。

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