第8話 朝の奇襲
朝、小鳥のさえずりの音で、私は目が覚めた。
「んんっ……」
無意識に寝返りを打つと、コツンと何やら硬いものにおでこが当たった。
それと同時に、ちょっぴり野性的な香りが漂ってくる。
「⁉」
私は驚いて目を見開いて顔を上げた。
眼前に現れたのは、私よりも筋肉質な身体つきをした、元気君の姿。
そうだ、昨日から元気君と同棲し始めて、一緒に寝たんだった。
ようやく状況を理解した私は、スヤスヤと寝息を立てて眠る元気君をじぃっと細い目で睨みつける。
むぅ……昨日あんなに勇気を出したのに、結局元気君は襲ってくれなかった。
それで、昨夜はもう、どうしてなのぉぉぉー!!!!
と心の中で叫び声を上げながら、元気君の臆病な行動に苛立ちを覚えていたら、いつの間にか眠りについてしまったのだ。
再び、元気君の方を見つめると、彼は実に穏やかな表情で眠っていた。
「なんだし……私の気苦労も知らずに心地よさそうに寝ちゃってさ」
叩き起こしてやろうかと思ったけど、ただの八つ当たりになってしまうし、やめておく。
元気君を起こさないようにして、私はベッドからそっと出て、寝室からリビングへと向かう。
「はぁ……私、ちょっと一人で暴走しすぎてるのかな?」
電気ケトルに水を入れて、お湯を沸かしている間、私はそんな独り言を思わず漏らしてしまう。
確かに、今までは外でのデートだったこともあり、元気君とイチャつくことはほとんどしてこなかった。
同棲を始めることになって、浮足立っていた自分がいることも自覚している。
それに、付き合って三年半も経つのだから、私は元気君と心が通じ合っているものだと勝手に思いこんでいた。
けれども、蓋を開けてみれば、元気君にもうアピールしてみても散々な結果。
ブクブクブクと、ケトルの中でお湯が沸騰し終えると、私はコップへ注ぎ込み、朝のコーヒーを作ってズズズっと飲んでいく。
「今日の朝、寝起きアタックしてみて、それでもダメだったら、色々と考えないと……」
二人きりの時間が多く取れるのは、今日が最終日。
明日からは、普通に仕事が始まるので、そう言う行為に及ぶのであれば日中が勝負。
もしこの奇襲に失敗すれば、元気君の性格上、平日は次の日に影響が出るからと言って、何もしてこないだろう。
「よしっ……! 次こそ元気君のお化けみたいな理性を吹き飛ばしてやるんだから」
そう意気込んで、元気君を朝から誘惑するプランを考えるのであった。
◇◇◇
「元気、元気!」
「んんっ……ん?」
ゆさゆさと身体を揺さぶられ、俺は目を覚ました。
重い瞼を開けると、俺の視界一面に、千陽の可愛い顔がご対面。
「おはよー元気!」
「おはよう千陽……ふわぁっ……んっ⁉」
あくびをした途端、千陽が俺の唇を奪い、思い切り舌を入れてきた。
千陽の舌を受け入れ、お互いの舌を絡み合わせる濃密なベロチューをする。
絡めていた舌を離すと、唾液が絡み合い、ツゥーっと一本の糸となってトロリと繋がっていた。
「ふふっ……朝からいっぱいチューしちゃった」
「うん、そうだね」
無邪気に笑う千陽を、そのまま押し倒したい衝動に駆られるものの、必死に気持ちを抑えて、俺は起き上がる。
「ご飯の用意できたよ」
「あぁ、ありがとう。顔洗ったらすぐに向かうよ」
「うん、待ってるね」
そう言って、千陽はベッドから抜け出して立ち上がると、そのまま寝室からキッチンへと戻って行ってしまう。
俺は自身の唇を指でなぞる。
べっとりと唇は湿っており、千陽の甘い香りが残っていた。
「朝からあれは反則だって……」
下の方を見やれば、俺の息子が朝から元気よく主張していた。
「お前も大変だよな」
自身の股間をいたわりながら、一旦深呼吸して、昂ってしまった気持ちを抑えてから、俺はベッドから出て、洗面所へと向かった。
◇◇◇
一方、元気君の化けの皮を剥がすことに失敗した千陽は、悔しさに苛まれていた。
うぇぇぇぇぇーん!
朝からあんなに昨年を練って頑張ったのに、どうして元気君は私を強引に押し倒したりしてくれないのぉぉぉぉ!?
朝からディープキスで誘惑全開作戦も見事に失敗し、もうどうしたらいいか分からずに頭を抱えてしまう。
私が舌を入れた時、元気君は快く受け入れてくれるのだ。
なのに……なのにそこから先が、岩盤のように硬い鉄壁のシールドを張っているのだ。
「硬くなって欲しいのは、元気君の息子の方なのに……」
そこでふと、ひとつの可能性が思い浮かぶ。
「もしかして元気君。私の方から襲って欲しいのかな?」
元気君は、俗に言う草食系男子というやつで、常に受け身の姿勢のため、自分からアクションを起こせないタイプなのかもしれない。
「だとしたら、私の方から、もっと積極的に行かなきゃダメってことだよね」
つまり、今日のねっとりキスだけじゃダメで、もっと押して押して押しまくらないと、元気君はそういう行為をしてくれないということになる。
となれば必然的に、キスの次にすべきことと言えば・・・・・・。
「やっぱり、興奮させるために、アソコを触ってあげるしかないよね……」
キスしながら、手を元気君の元気な所へと伸ばして、さすってあげる。
「でもでも、変態な女の子って思われて幻滅されたらどうしよう……!」
もしかしたら、そういう行為自体を嫌っている可能性も否定は出来ないのだ。
元気君には元気君なりのデッドラインがあって、その一線を超えていないから受け入れられているものの、ラインを踏み越えてしまったら即アウト、なんてことも十分に考えられる。
「あぁ、もう! こういう時、どうしたらいいのー?」
桃谷千陽25歳、彼氏持ちでながら、そういう行為に対する経験なし。
どうしたら、好きな男の子が欲情してくれるのか、分かりません。
「こういう時、周りに物知りな子が居たら聞けるのにぃ……」
残念ながら、私の周りには男運が悪い女の子の友達しか集まっていないのだ。
「はぁ……もっと元気君と、時間を忘れてイチャイチャしたいのにぃー」
誰かに聞かれていたらアウトな台詞を零した途端、千陽はとある人物が頭の中に思い浮かぶ。
「もしかしたらあの子だったら、相談に乗ってくれるかな?」
私のことも最も理解していて、今まで一番身近にいた人物。
「時間がある時に聞いてみよう」
ひとまず、私はそう決めて、朝食の準備を整えるのであった。
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