アメリカのスイカ割り

「日本にはスイカ割りっていうのがあるんだって?じゃあ、今日はそのスイカ割りよ!」

 キャシーはそういうとヘッドギアを投げ渡してきた。真新しい深緑のヘッドギアにはご丁寧にマジックでスイカ模様が描かれている。

 集まった連中がやんややんや騒ぎ立てた。

 キャシーは一見チアリーダーをしてアメフト部のエース辺りとくっつきそうな感じの奴なんだけど、中身は喧嘩好きのチンピラに近い。取っ組み合いの喧嘩が好きで、それが高じてボクシングを習い出し、とうとう自宅の裏庭を杭で仕切って、簡易リングを作ってしまったバトルジャンキーだ。

 で、そうなってくると対戦相手が欲しくなる。男女見境なく友人を呼んで、余興代わりにスパーリングをしてみたものの、経験者のキャシーと素人じゃ勝負にならない。キャシーの友人たちが自分たちの気に入らない奴を呼び寄せては生贄として差し出したけど、キャシーを満足させられる相手ではなかった。

 ……たった一人、このアタシを除いては。

 アタシが生贄に選ばれたのはたぶん、クラスに一人の日系人だったからだろう。初めて連れて来られた時、キャシーもその取り巻きも、アタシが1ラウンドもたないだろうと踏んでいた。……アタシはその油断を利用して、キャシーにカラテパンチを叩き込んでやった。

 それ以来、アタシはキャシーのたった一人のライバルとなった。こうして時々、キャシーとの決闘が持ち上がる。

 アタシも今では結構乗り気だ。キャシーのライバルとして今のアタシは学校でも一目置かれているし……それにキャシーは、悪い奴ではないんだけど、すごくムカつく奴ではあるんだ。

 だから、その顔面に拳をぶち込んでやるのは爽快ではある。

「あんたのヘッドギアにはスイカマークを描かないの?これじゃあ“スイカ割られ”になっちゃうわよ~」

 アタシはキャシーを挑発する。

 キャシーはニヤッと笑って答えた。

「悪いけど、今日は速攻で決めさせてもらうわ」

 自信たっぷり。どうやらジムに顔を出して何やら秘策を得てきたらしい。

 ジーンズとTシャツにスニーカーという普段着の上にスイカヘッドギアと青のグローブを付けると、アタシはクラスメートの声援を受けながらリングインする。セコンドを務めてくれる子と談笑しているとキャシーもリングインしてきた。

 キャシーはタンクトップにカットジーンズ、編み上げブーツの上に、愛用の赤いヘッドギアと赤と黒のツートンカラーのグローブを付けている。

 レフェリー役の男子の指示でアタシたちはリング中央、ロープに囲まれた芝生の真ん中に立って睨み合う。

ガーン!

 ゴング代わりの金盥が打ち鳴らされた。

 アタシはガードを固めつつ、ジャブを……

ガガッ!

 視界外から赤黒グローブが襲い掛かってきた。コレがキャシーの秘策・フリッカージャブだと知るのは試合が終わってからだった。予想外の打撃にアタシのガードが崩れる。

バッコーン!

 キャシーの左ストレートが、アタシの顔面を打ち抜いた。

「くあ……っ!」

 アタシは悲鳴を上げてよろめく。そんなに広いリングじゃない。すぐにアタシの背にロープが当たった。

バコッ!

 そこにキャシーのフックが炸裂し、アタシの目の中で火花が散った。

「……5~!……6~!」

 芝生の臭い、そしてレフェリー役の間延びしたカウントの声。ロープ際でダウンしたことに気付いたアタシはヨロヨロと、カウント8で立ち上がる。

 拳を構えたものの頭がボーっとする。

「ボックス!」

 試合再開の合図とともにキャシーが拳の雨を降らせてきた。

ドガッ!

 再びのストレートで、アタシはまたロープまで吹き飛ばされる。今度は鼻血のおまけつき。態度がでかいだけあって、なんだかんだでキャシーは強敵だ。

「さーてきれいに“割って”あげるわ、スイカさん」

 笑いながら、キャシーは拳を構え近づいてくる。

 アタシはもうフラフラだ。インターバルまで逃げきれそうにない。

 キャシーはバンバンとグローブを打ち鳴らすと、大振りで威力のあるアッパーをアタシの顎目掛け放ってきた。

バゴン!

 スイカ柄のヘッドギアが吹き飛んだ!


 ……そして、ヘッドギアを吹き飛ばされたものの、顎への拳をギリギリで回避したアタシの起死回生の一撃は、ピンと張られたロープの反動付きでキャシーのお腹に命中した。

 腹筋を鍛えるのを怠っていたキャシーの白いお腹はアタシの拳によって、豆腐のように突き崩された。

 お腹を押さえて崩れ落ちるキャシー。夏の青々とした芝に、彼女の吐瀉物がぶちまけられる。

 キャシーは立ち上がるだろうか?そうなった時の算段をしつつ、アタシはクラスメートにヘッドギアを付け直してもらった。

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