第13話
課長室には無個性ながらもシックなテーブルと、それを取り囲むようにやはり無個性な大量生産品のソファーがあった。
テーブルの上は書類で埋まっていたため全員でその書類を部屋の一角へと押しやったあと、IMC課長を務める老タビット、ダラス・ラルヴィダインやイベリスが事件の情報をまとめた資料類をテーブルに広げた。
肉体労働が終わったあとは、ジフが苦手とする頭脳労働の時間となりそうだった。
拳闘士であり、かつてファルクに評されたとおりの『よくあるごろつき』としては心にかかった薄雲はどうにも晴れそうになかった。
ただ、予想に反してというか、それとも当然というべきか、作戦会議がこれから始まろうとしているにしては、みな、思い思いにソファーに腰かけたり、あるいは課長室になぜか備蓄されている食料や飲料などを勝手に手に取って口にしていた。
ファルクやエイヴリルが書類の一枚を取り上げては、ここはちがう、とか、これは過去の話だ、などと言っては情報を修正したり追記したりしている。
誰も彼もが真剣に取り組んでいるのだとは思うが、こうまで自分勝手に振る舞えるのはもはや才能と思える。
勝手に飲み食いしているあたりジフもそのうちの一人なのだが、自分を棚に上げ、俯瞰して見るならば、とても会議中とは思えない光景であった。
「まずは、この発言だが」
ダラス課長は書類の一枚を取り上げ、無感動に読み上げた。
これ以上犠牲者を出したくないのなら、
「これを大男が言ったというのは本当なんだな?」
書類を読むときに顔を下げた際、わずかにずり落ちた眼鏡を押し上げながら灰色の老タビットはリカントの青年に尋ねた。
「間違いなく聞いた。俺だけではなく、その場にいた近衛隊も聞いてる」
「総裁の罪ねえ」つまらなそうにファルクが言った。
「そんなに悪いことをしたんだろうか?」
ジフが発した素朴な疑問は、ファルクがにやりと口元を歪め、イベリスが楽しそうに笑い、エイヴリルは冊子を読みながら、各々応えた。
「まあ、天使のように清らかとはいかないだろ。国のトップなんて」
「結構、ウワサされてるよねー。闇ギルドとか、奴隷売買とか」
「そうでなくとも、蹴落としたいという連中も多い。総裁が死んで喜ぶのはひとりふたりではない」
特に最後の――エイヴリルの発言は過激だった。
蹴落としたい――政治の話だろうか?
ジフにとっては雲の上の出来事であり、まったく興味のない話であった。
それにしても、ここまで総裁に対して好き勝手な発言をしているものの、ダラス課長は何も咎めようとしない。
「改めて思うが、とんでもない発言だな」ファルクが言って、議題は再び大男の発言へと焦点が向けられる。
「こいつ、事もあろうに『精神汚染事件』の犯人発言した上に、大規模な犯罪予告までしてやがる」
「やっぱ、『犠牲者』ってのは、最近発狂してる議員連中のコトだよねぇ」
ぼんやりと果実水を飲みながら、イベリスが言った。
「あるいは、我々にそう思わせたいのかもしれん」
誰もがそう思っただろう事にダラス課長は断定せず、そう言った。
「なんにせよ、グランドターミナル駅の守備は固めとるようだ。外務省の方でな」
「外務省?また、近衛隊の皆さんですか」うんざりした口調でファルクが応じた。天井を仰ぎ、虚空に何者かを見出したかのように、苦い顔をして一点を見つめている。
「いや、キングスフォールの要であるグランドターミナル駅を堂々と完全武装で取り囲むわけにはいかん。民衆の不安を無駄に煽ることになるからな。近々行われる祭典に対して万全の備えをしている、という建前で、基本的には礼服の警備員を配置し、要所のみ近衛隊を配置する構えのようだ」
「なんでそれを、よりによって外務省がやるんです?あいつらの仕事は外ヅラ気にすることなんじゃないんですか?」
「外ヅラを気にしているからよ」
ファルクの疑問に応じたのは、一人で何らかの冊子を開いているエイヴリルだった。
「ラージャハ帝国から貴重な魔動機をキングスフォールに寄贈し、その試運転を行う『ラージャハ魔動機祭典』が行われる。当然、祭典に先だって何人か帝国の使者が到着しているはずよ」
「魔動機祭典?マジかよ」
ファルクは頭を掻いた。そんな祭典を知らなかったことを恥じているのかもしれない。
が、ジフに言わせてみれば、キングスフォールで開かれる祭典の全てを知り尽くしている者など、都市内のどこを探してもいるはずがない。
なにせ、都市の住民は総じてお祭り騒ぎが好きすぎるのだ。大きな組織が主導する大きな祭りから、何人かの祭り好きが勝手に開く小規模な祭りまで、その全ての存在を知るのは、まさに全知全能の神ぐらいのものだろう。
話を聞くに、都市外部の者を呼び込んでの大規模な祭典らしいが、大規模な祭典ですら何日かごとに行われる期間も珍しくない。
「その祭典はいつだ?」
「4日後だ。偶然にも、赤い大男が指定した日と一致しているな」
エイヴリルの言葉を受けて、みんなが押し黙った。
犯人はラージャハ帝国とどのような繋がりがあるのか、それとも
だが、どんな仮定にしても、今は仮定に留まってしまう。情報が欠如しているのだ。この時点で犯人を特定することは出来そうもない。
「ところで、この大男が〈絡繰夜叉〉ってことでいいんだよな」
煮詰まった事柄については脇に追いやり、ジフは全員に聞いた。
精神汚染事件の犯人を〈絡繰夜叉〉と名づけ、追い続ける。それがIMCの、当面の目標だった。
そして、発言から考えると、間違いなくこのテロ事件の犯人こそが〈絡繰夜叉〉で間違いないはずだった。
当然の答えが帰ってくることを期待していたが、問われたメンバーも首をかしげるばかりだった。
「そのはず、だな」ファルクがひとまず同調したものの、なんとも歯切れが悪かった。
「でも、なんか断定できないね。精神汚染を引き起こすぞ、じゃなくて、犠牲者が増えるぞって言い方が気になる」
イベリスが巻きぎみの前髪をいじりながら応える。考え込む時は手が動く癖があるのか、あまり深刻そうには見えない。
「確かにな。共犯者がいる可能性も考えられる」エイヴリルが同調した。
「……精神汚染事件の実行犯である〈絡繰夜叉〉が、赤い大男と協力関係にあるって事か?」ジフが言った。
自分で言っておきながら、なぜか違和感のある仮定だった。可能性としては存在しているはずだが、どうにも説明しがたい気持ち悪さがある。
「共犯者がいるとしたら組織的犯罪か」ファルクは瞼を閉じて目頭を押さえ、眉間にしわを寄せていた。そのまま言葉を続ける。
「しかしそれにしては、現場から金品が奪われてないことが多い。犯罪グループがやるにしては妙だ」
エイヴリルが提示した可能性についてファルクは懐疑的だった。彼らはジフとは違い、今までずっと事件を調べ続け、様々な可能性を検討し続けたはずであり、だからこそジフの知らない情報がふとした瞬間に出てきたりする。
「なにをするにしても、まず、目前のテロを防止せねばならんようだな」
それまで黙って全員の話に耳を傾けていたダラス課長が泰然と言った。
「イベリス、お前はジフが見つけたという地下で殺された男を調べろ」
これは今までジフも忘れかけていた事だった。
近衛隊と地下通りで出会った時、ジフは数日前に仕事をあっせんしてきた〈
「エイヴリル、ジフ。お前は赤い大男の足取りを追え。恐らくは近衛隊、他の軍組織とも競合するだろうから、必要ならウチの人員を何人か使え」
「俺はどうします?」
「ファルクは私と来い。外務省に行く」
「またかよ。あんまり短時間に連続して見たくない顔なんですがね」
「お互い様だろう。それに、現実問題として我々には情報が足りとらん。デイルードという
「尋問、ね……させてくれますかね?」
「まあ、最悪でも尋問記録を渡してもらわねばな。好き嫌いで仕事はできん、彼らも同じことが言える」
めいめいに立ち上がり、背筋を伸ばしたり、机に広げた書類の一部を懐に忍ばせたりしている。
終了の合図もなく、いつの間にか会議は終了したようだ。
まあ、確認すべきことを全員で確認した。ジフもそれは分かっているから、不審には思わなかった。
「ジフ」エイヴリルが声をかけてくる。ジフは振り向いた。
「私は準備がある。先にガグホーゲン駅に行ってくれ」
「わかった。それで、どこで落ち合うんだ?」
「落ち合う?」
エイヴリルは上ずった声で疑問を投げかけてきた。
「なぜ落ち合う必要がある?」
「え?だって、俺とお前で大男の足取りを追うんだろ?」
「そうだ」
「だから、二人で協力するんじゃないのか?」
「そうだ。……それで、なぜ落ち合う必要がある?」
ジフは、今こそファルクという存在の大きさを痛感していた。
ソード・ワールド2.5 鋼核戦線 早見一也 @hayami_kazuya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ソード・ワールド2.5 鋼核戦線の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
星よ、僕らに祝福を/ハリィ
★9 二次創作:ソード・ワールド… 連載中 6話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます