第6話
食事を終え、眠気覚ましのコーヒーをたっぷり飲まされた後、情け容赦なくプラットフォームへと連れてこられる。
列車に揺られてガグホーゲン駅に降り立った俺は、この駅独特のざわめきに包まれていた。
何らかの野望らしきものを熱く語る声、武具の鳴る音、絶望を感じさせるような囁き声、列車出発を知らせる駅員の案内。
これらの音声が周囲で一斉にとめどなく、渾然一体とした混沌たる空気を形作っていた。
この駅からは、真の意味で外の世界――キングスフォールの外へ出る南方国際鉄道が出ている。
そこは蛮族、そして様々な魔物の跋扈する世界だ。
そんな世界から生きて帰れれば英雄、そうでなければ名も無き死体となる。
ここにいるのは恐れ知らずか、そもそも失うものが無い者、もしくは――
「冒険者ってのは因果なもんだな」隣を歩いているファルクはつまらなそうに言った。
「夢と希望を買う代価に、自分の命をも支払う覚悟だ」
ファルクは言葉を続ける。
目を細めて言う彼に、一瞬だけ羨望めいた感情が見えた。
「あんたの腕前があれば、充分なれるだろう」
不思議に思って尋ねたが、雑踏の中に沈黙が流れるのみだった。
瞬時とも永遠とも思えるほどの時間の後、ファルクは静かに言った。
「俺は冒険なんてできないさ」
密かに、へえ、と思った。こんな共通点があるとは思ってもみなかった。
「そんなことよりもだ」
ファルクは南東の方向――闇ギルドが跳梁している南東区を睨みつけていた。
「ジフ。お前に魔剣を探せと言ってきた依頼者はとてもクサい。そいつがホシかどうかはともかく、そいつが誰なのかを確かめる必要がある」
「前に言わなかったっけ?小太りの人間だよ。40かそこらの――」
「ボケたことを言うな」ファルクが軽く睨みつけ、言った。
「いいか?そいつは単なる
「闇ギルドに出入りできない……?」
俺の疑問に応えることなく、ファルクは南東区に向かって歩き出し、ぽつりと言った。
「たぶんいい服着てる奴だろうな」
いつの間にか雲行きは怪しく、まだ午前だというのに空は薄暗かった。
今にも雨が振り出しそうな中、ファルクはずんずんと南東区に向かっていく。
ガグホーゲン駅区は他の駅区と比べ、遜色ないほどに様々な店舗、サービスが充実している。
ただ、他の駅区と比べてほんの少し、脛に傷を持つ者が多いというだけだ。
リスクを冒して金を得るのが当然の彼らは、合法・非合法問わずの商いを行い、薄暗く、そして逞しく生きている。
「ジフ。お前はどこで仕事をしてた」
人通りの多い商店通りでファルクは言ってきた。不思議なことに、喧噪の中でも彼の言葉ははっきりと聞き取れる。
「ああ、地下通路だよ。この辺りはまだまともだけど、ヘンなものを売りつける露天商が集まってる通りがある。そこを歩いてると主人の方から話しかけてくる」
この周辺には、表通りの傍に脇道がいくつも伸びており、その多くは行き止まりだが、地下通路への入口も存在している。
この周辺に馴染みがなければ到達できないし、地上よりも治安は悪い。ただ通りすがっただけの者であれば、まずもって近寄らない場所だ。
「そいつが〈
「大体そうだよ。本当に普通の露天商だったりするけど――多くは警察のガサ入れを警戒して、最初はたわいもない雑談から入って、信用していいと分かってからだんだんと本題に入るんだ」
「だからこそ闇ギルドか。……よし、お前行ってこい」
「俺ひとりで?」
「向こうも見知らぬ奴が居たら警戒するだろう。しかも連れが本当に警察だし、ついでにお前も初仕事中。バレたら面倒だ。それに――自然な感じで、ゆっくりと振り返ってみろ」
ファルクがあごをしゃくって示した先に、言われた通りゆっくりと首を動かす。
そこには、白銀の全身鎧を着こみ、そしてライフル銃やら両手剣やら仰々しい武装を担いだ兵士の一団がいた。6、7人程度のグループで、普通は多くの人が行き交っている中だと紛れ込んでしまうものだが、目立ちすぎているためすぐにわかる。
兵士達よりやや軽装な胸当てとガントレット、グリーブとマントをつけた若い男が、兵士に向かって何か言っている。どうやら隊長格のようだ。
軽装とはいえやはり防具は白銀で、胸当ての中央には盾の上に交差する剣の紋章が金色で描かれており、遠目でも目立っている。
通りを歩く通行人たちは、ちらりと白銀の集団を見やると、すぐに目線を反らし、歩いている。
関わりたくないのだろう。それは過去に後ろ暗いなにかを持っているにしろ、そうでないにしろ、ひとまず『厄介ごとには近付くな』という、防衛本能にも似た何かがそうさせているに違いない。
ファルクが視線で合図し、通りの脇に立った。俺もそれに続き、何気ない立ち話でもしているかのように武装集団の様子を伺う。
「あれは?」
「外務省儀典官室の近衛機動隊。通称、近衛隊だ」
からかうような口調で出てきた名前は、随分と堅苦しく、厳かだった。
「近衛隊?随分と偉そうな連中だ」
「お、分かってるじゃないか。その通り、偉そうな連中で――困ったことに、それなりに偉い。やつらは
隊長らしき者は何事かを兵士達に伝えており、兵士達も真面目に聞き入っている。何かの作戦の前段階であることは見て取れた。
身に着けた重武装をものともしない直立の姿勢で、上官の言葉に合わせて機敏に敬礼を返している。
相当な練度であることは素人目でも見て取れた。しかし、見たところ完全武装の戦闘集団だ。駅区内には似つかわしくない連中だった。
「何をしようとしてるんだろう」
「俺達IMCも、同じように指揮命令者は制度上、総裁一人しかいない。そして俺達の情報は結局のところ、総裁とその周辺に流れる。で、必要とあらば違う組織に情報を流す。河に流れる水を源流で制御するようにな」
情報が流れる……魔剣の情報も?
「つまりやつらも、俺達と同じく魔剣を探してる人間を探っているのか?」
「だろうな。……やつらは要人警護から数十人規模であれば暴徒鎮圧まで平気でやれる超武闘派だ。最新の魔動機は優先的に回されるし、神殿騎士とか私設軍の実戦部隊からの生え抜きも多い。あいつらと正面切ってやり合いたくない」
「なんで俺達でやり合う話になる?味方だろ?」
「で、あればいいさ。だが協力体制を敷くなら事前連絡ぐらい寄越すだろう。向こうもバカじゃないし、どっちかっていうと『いい子ちゃん』の集団だ。それが無いってことはそう言う事だ」
なにが『そう言う事』なのかはよく分からないが、向こうには向こうの思惑があるのだろう。
そして、それは恐らくIMCと対立しているという事だ。
近衛隊という連中はIMCと同じく総裁直下の組織だが、どうもそれだけでは無条件に信頼するわけにいかないらしい。
「政治とか権力ってやつは、驚くほど人の醜い部分を露にする。上り詰めれば絶対に、無縁ではいられん。……俺はあいつらを探る。お前はブローカーから依頼人を聞き出せ。だが無理はするな。最悪でもブローカーが誰で、どこにいるのかを突きとめて帰ってくればいい。俺が吐かせる」
ファルクがどうやって吐かせるのかは、大体想像がついた。であれば、出来うる限り俺の手で片づけたいところだ。
「努力する」
「期待しよう」
ファルクは目線も合わせずに軽い調子でそう言って軽く肩を叩くと、通りに歩いていった。
彼の後ろ姿は人ごみに紛れ込み、もう見えなくなってしまった。
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