第5話

 課長室を出た俺は、ファルクと共に警察庁を出てグランドターミナル駅に向かう。駅とは近く、歩けばすぐ着くような距離だったのは幸いだった。


 外はもうすっかり朝を迎えていた。陽光が眩しく照りつける駅前は、人でごった返していた。

 駅に着くまでの間、俺とファルクとの間には言葉は無かった。彼がどうだか知らないが、俺は雑談というか、会話そのものが苦手なのだった。


「まあひとまず、メシにするか」

 駅に着いて、ファルクの開口一番の言葉がそれだった。それ自体はいい。いいのだが。

「というか、一旦寝させてくれないか」

「ああ、なるほどね。いい解決法がある。ついてこい、おごってやる」

 寝させる――とは一言も言わないあたりに、むしろ不安は増える一方だった。


 駅内も人は多いが、それでも二階、三階と上がっていけば――いや、やはり人が多い。

 人ごみは苦手だ。どこにいけばいいのかはわかっても、そこにどうやって行けばいいのかが分からなくなる。


 ファルクの方はといえば、一切に無頓着に、歩を進めていた。慣れた足取りで駅を歩き、階段を上り、人の合間をすり抜けていく。

 その背後を、まるで動物の幼子のように歩いていかねばうまく歩けないことが情けなかった。


 ファルクが立ち止まる。ようやくたどり着いたらしく、そこは何かの――食事をする場所らしかった。〈小鳥のさえずり〉という看板が出ている。


 黒を基調とした店内に入ると、嗅いだこともないような食欲をそそるかぐわしい匂いと、先ほどまでの喧噪が嘘のような落ち着いた雰囲気が広がっていた。

 ファルクは勝手に椅子に座ってテーブルのひとつを陣取ると、すぐさま店員に注文を始めた。


 俺も席につき、ようやく一息をつく。

 ファルクは言った。


「ここのコーヒーは美味いぞ。眠気も吹っ飛ぶ」


 なんとなく、俺はこの店が嫌いになりそうだった。



 席について落ち着くと、ようやく質問する気力が湧いてきたため、注文が来るまでの間に聞いておくことにした。

「IMCだっけ?あの……場所」

 俺がスカウトされたのがどこの何なのか分からず、どう聞けばいいか分からないまま口を開いたため、曖昧な表現になってしまった。


「組織、な。元は単なる魔動機研究所みたいな部署だったんだよ」

 ファルクは懐から取り出した手帳をめくり、何かを書き込みながら応えた。

「研究所?あの部屋にはそんな面影もなかったが」

 あの部屋、というのは課長室の事だが、とにかく書類しかない印象だった。魔動機のような技術のニオイは一切無かった、とてつもなく事務的な部屋だった。

 あそこまで雑然としていると、あそこは実は歴史研究課ですと言われても信じてしまいそうだ。

「まあ、組織改編があって場所を移したからな。元の研究所だった場所は別の開発部が使ってて、研究所のノウハウを活かした警察組織が誕生したんだよ」

「研究所を活かした警察……?いまいちピンとこないが」

「今の警察が、極端でな。俺も詳しい事は知らないが、とにかくあの堅物ジジイは魔動機をよく知ってる奴と魔動機をぶっ壊せる奴を欲しがってた。今でもな」


 口の中でふーん、と呟き、思考する。

 わかったような、わからないような成り立ちだった。

 キングスフォールは魔動機によって栄えているが、犯罪にまで利用されている。だからそれに対応する必要が出た。そう言う事だろうか?


「細かい事は仕事してりゃ覚える。もしくはジジイに聞くかしとけ」


 注文した食事が運ばれて来たのを見たからか、ファルクはそう締めくくり、手帳を懐に収めた。


 こんがり焼かれたトーストに、コーヒーの良い匂いが鼻腔をくすぐると、それ以上質問しようという気はすっかり失せて、大人しく食べることにした。


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