第4話
目まぐるしい夜が明けた。
壁上での格闘が終了し、俺はよく分からないが恐ろしく腕の立つ男に負けた。
あっさりと拘束されてから連行され、案外普通の部屋の普通の机に座らされて朝まで喋らされっぱなし。
そして、今。
俺は、見間違えていなければ――警察の、えらい所に連れてこられていた。
「ホルン駅で不審者を発見して、確保。魔剣も奪取したのはわかった」
課長室は広すぎないが狭くもない。
調度品は最低限で、あとは法律関係と思しき本と、なんらかの書類、書類、書類。
地図と似顔絵、そしてびっしり並んだ文字。この人はこれらとずっと対峙し続けているのだろうか?
あんまり居たくない空間だった。
俺が昨日作成した報告書を読みながら、課長と呼ばれた灰色の毛並みを持つタビットは怒りとも呆れともつかない声と表情で聞いてきた。
「そいつを、
「報告書にある通りですが、課長?」
そよ風でも受け流すように、隣の男――ファルクは応えた。
そう、昨日戦った男は一晩中質問攻めで絞ったあと、ようやくファルクという名前を名乗り、驚くべきことを口にしたのだった。
「ジフ。お前、警察で働く気、ないか?今なら口利きしてやる」
こともあろうに、突然俺をスカウトしたのだった。
体力と精神力が消耗しきって考える頭も無く――まあ稼げるならいいか、と思い、半ば冗談だろうという楽観的希望もあって――ああいいよと返答をした。
その1時間後、あれよあれよという間に、今に至るのだった。
なにがあったのか?
この身で確かに体験したはずなのに、あまりにも現実感がなく、おぼろげにしか憶えていなかった。
まず情報を整理しよう。老年らしいタビットは言った。
毛むくじゃらで見た目はかわいいと言えるが、デスクに積まれた書類の束と部屋に飾られた勲章の数々、そして何より年季を感じさせるややしわがれた声は、そういった感想を吹き飛ばすに充分だった。
「ファルク。お前にはホルン駅区に運び込まれた魔剣の調査を命令したな?」
「はい。で、昨夜見つけました。情報通り、城壁のてっぺんにありましたよ。ライダーズギルドの連中がやけに渋ったんで出発は手間取りましたけど」
「次からは1時間以内にやれ。……で、そのジフ、だったな?に出くわしたと」
「それは相手次第です。……そうですね、『絡繰夜叉』にしては妙だし、冒険者くずれにしてはたった一人なんで、正体がよくわかりませんでした」
「お前、そんなよくわからんやつを、IMCに入れるのか?」
「聞き出して、はっきりさせましたよ。裏も取りました。そいつは冒険者でもなければ犯罪者でもない、単なるその日暮らしの――『探し屋』くんです」
犯罪者ではない、というのは半分ぐらい嘘だったが、黙っている事にした。
「要は無認可の商売で暮らしている、そういう事だろう?私達は暴力で全てを解決するわけではないぞ。敵は犯罪である以上、なにが犯罪でどこまでは秩序の範囲内なのか、明確に出来る奴でなければならん」
課長の言葉と態度には、呆れと諦めのような感情があった。おそらく、俺が積極的に犯罪を働くタイプではないが、品行方正な戦士でもないということを見抜いているのだろう。
ひとまず、即刻処罰を下されるわけではなさそうな事に、内心胸をなでおろした。
「お勉強はさせますが――IMCには戦闘要員が少ない。やっぱり、名前がいけないんじゃないですかね。
眼前で繰り広げられるよくわからない会話に、目が回りそうになる。
「ジフ、お前最近の『精神汚染事件』は知ってるな?」
会話から脱落しつつある俺を目ざとく見つけたらしいファルクが肩に手を置いてそう言ってきたが、毎日の仕事以外はなんの興味も湧かなかった俺にはわからない。
「いや、全く」
「そうか……これから駅区ごとの新聞を毎日読ませるから覚悟しとけよ」
さらりと恐ろしいことを言われた。
「近頃、
「誰が、どうして、そしてどうやって行っているのかは不明だが、明らかに人為的に起こされたものだ」
「それは……麻薬とかで?」
「さあね」ファルクはにやりと笑って続けた。
「その事件を引き起こしているであろう犯人を、『絡繰夜叉』って仮の名前を付けて調査してるんだ、俺達は」
「それがあの魔剣とどう関係が?」
「あれは中々厄介なもんでな」
ファルクが手近にあったファイルを引っ掴むと、押し付けるように手渡してくる。
中には書類がぎっしりと詰まっており、街や人物、そしてそこから得られた情報がたくさん書かれていた。
その中には、昨日見たばかりの魔剣も載っている。
「所持者の魔力を高めるっていうありがたいご利益の他に、誰かがイグニダイト加工を施してる」
イグニダイト加工――イグニス鉱という特殊な金属を使って加工することで、武器や防具の性能を高めるものだ。
ダークドワーフという種族のみが可能な秘術らしく、イグニダイト加工を施された武具はそこらの魔法の武器なんかより、よほどお目にかかれない代物だった。
「で、そのありがたい魔剣だが、絡繰夜叉だと思われてる人物の一人が使ってる剣なんだよ。この無銘の剣はたぶん、事件と関係がある。もっと言うと、この魔剣に関わってる奴は事件と関わりを持ってる。そういう仮説が立った」
そして、その魔剣と俺も関わりを持ってしまった……。
俺の陰に気づく素振りも見せずファルクは話を続ける。
「最近になってこの魔剣が別件のケチな強盗まがいの事件で目撃された。で、その存在を調べ上げた。そんで――ま、簡単に言えば犯人っぽいやつが同一の剣を使ってる目撃情報が出た」
「ファルクが持ち帰った魔剣はひとまず、IMC本部で保管する」課長は言った。
「もしかしたら奪還のために関係者の方から来てくれるかもしれんからな」
「関係者?犯人そのものではなく?」
「
言われるがままにファイルをめくると、そこには新聞記事の切り抜きが貼り付けられていた。ある議員の死亡が報じられているようだ。
「その男が、魔剣の持ち主だったんだよ」
「じゃあ、絡繰夜叉は?」
「そこだ、ここにいる全員が聞きたいのは」ファルクはずいと顔を近付かせ、言った。
つまり、捜査は振り出しに戻ったということか。
ファルクは手が白くなるほど握りしめていた。
「精神汚染を引き起こしている者は確実に居る。迅速にそいつの正体を突きとめて、逮捕。それが目下のところ、我々、
灰色の老年タビットはそう締めくくった。ふっくらしているはずのシルエットだが、その鋭い眼光に見据えられると背筋が伸びてしまう。
課長はそれからもファルクの話を聞きながら、報告書を読み、たまに書類に何かを書き込んでいた。
「話を元に戻そう、そいつになにが出来ると?」
課長はそう言いながら、小さな眼鏡を押し上げた。眉の角度と声色が険しい。
若干ながら疲れが見えるが、怜悧ではっきりとしたその口調によってむしろ凄味を増していた。
ファルクは自身の銀髪を後ろにさっと撫でつけると、一切物怖じせず応えた。
「色々と。……おい新人、我らが課長はお前の力量を確かめたがってる。初仕事といこう」
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