CDショップにて
塚崎亜也子
CDショップにて
レジから見える試聴コーナーに立った男の人から目が離せない。
……あれ、あのひと、まさにあっちのコーナーでCD売られてる人だよね? 私は半信半疑で見つめてしまう。見られてることにはたぶん気付いてないと思うし、その人に気付いているのもたぶん私だけだと思う。
リリースイベントとかもすることがあるお店だし、便利な場所の大きなお店だから、ゲーノージンが来るのも別に珍しくはないし、基本的にちゃんと見ないふりするのが礼儀なのはわかってる。でもちょっとさっきから目が離せないのは、本人がものすごく真剣に試聴コーナーと棚とを何度も行き来しているからでもあるんだけど──そしてその棚がものすごーく私の好みだっていうこともあるんだけど──、それだけじゃなくて、その人のところに時々女性が近付いてきて、話し掛けては離れていく、を繰り返しているから、なんだけど。
ニ人で顔を近づけて、CDを覗きこんで、真剣に話したり、くすくすと笑いあったり、を繰り返しながら、店の中を行ったり来たりしている、わけで。
……大丈夫なのかな……、とね。
店の人はいい。それなりに教育されてるわけで、迂闊にSNSに書き込んだりしないから。そんなことしたら、下手すると職を失うし。でもここにいるお客さんがそれを律儀に守ってくれるとは限らない、わけで。
「空いてきたし、棚揃えてきて」
「はーい」
レジの空いたタイミングで店長から声をかけられて、私は店内の棚の整理にまわる。
その人のいる棚に近付いたとき、ちょうど彼女も近付いてきたところだった。
「ねえこれは? もう聴いた?」
「どれ?」
すいっと彼女の頭に自分の頭を簡単に寄せる。明らかに親しげな、親密な距離感。見るからに柔らかで、わかりやすいくらいに。
あー。カノジョいるんだなあ、やっぱり、そうだよなあ、とか思いつつ、棚を揃えて離れようとした、とき。
お店の自動ドアがあいた。いらっしゃいませ、と声をかける。女の子三人組が高い声で話しながら入ってきた。
「ねえほんとにいると思う?」
「えー、いたらいいよねー」
「でも、女といるって書いてあるよ?」
スマホを見ながらがちゃがちゃと喋る女の子たちの声に、一瞬こちらが止まってしまう。目の前のあなた、気付いてないみたいですけど、たぶんあなたのファンですよ!
棚を揃える流れで、すみません、と声をかけてみる。ニ人とも感じよく、こちらこそ、と笑ってくれた。ので。
「……あの、差し出がましいとは思うんですけど」
勇気を出してみることにした。小声でだけど。すごくきょとんとした顔してるけど。でも律儀にニ人とも、はい、と言ってくれた。
「あなたを探して女の子たちが来ているようなので、一緒にいない方がいいかもしれません」
見ないふりの鉄則には外れるけど、次から来にくくなっちゃうかもしれないけど、なんか、あの親密な、やわらかな空気を無遠慮に暴かれて騒がれるのは、かわいそうかな、なんて、……思ってしまったので。
「ありがとうございます」
彼女は潔く笑って、するりと機敏に離れていった。彼も小さくお辞儀してくれたので、イイエ、と答えたついでに、私は彼が手に持っているCDを自分も好きなことを告げてみた。
「じゃあ他におすすめあります?」
彼もその会話を受けてくれた。ニつほど名前を挙げたあたりで、きゃいきゃいと近づいてくる声が、ほんとにいた、女って店員じゃん、みたいに言うのが聞こえた。さすがに聞こえたのだろう、彼が苦笑いをした。買おうとしていたのだろうCDを私に渡して、すみません、また来ます、と、店を出ていく。ありがとうございましたー。私は声をあげる。女の子たちはそのあとを追いかけたりはしなくて、ほんとにいたねー、たまにいるのかなー、またきてみよっか、と盛り上がっている。
しばらく棚を揃えていると、さっき離れていった彼女が戻ってきた。
「あの」
「はい」
「さっきの人の持ってたCDってどれだかわかります?」
はい、と答えると、彼女が笑った。
「よかったー。買って来てって言われたんだけど、一緒に探してもらえますか?」
「はい」
「実は音楽の趣味は全然合わないから、どれだったか覚えてなくて。困ってたんです」
あんまりあけすけにそんなことを言われて、思わず笑ってしまう。さっき預けられて棚に戻したばかりのCDを引き出して、彼女に渡す。ありがとうございます、と笑った彼女とレジへ戻り、会計をした。
「助かりました、また来ます」
ふわりと笑って、彼女は店を出ていった。ありがとうございましたー。私はまた、声をあげる。
***
また来ます、の科白通りに、彼も彼女もぽつりぽつり店に現れる。もう来ないかもなと思っていたのに。でもニ人揃って来ることは、今のところ、ない。
あのとき彼におすすめしたCDを、彼は律儀に三回目くらいに来店したときに買っていった。
そして先日、やっぱり一人で来店した彼女から、「あなたにすすめられたCD、すごい気に入ってるみたい」と言われた。よかったです、と答えたら、「あの辺好きな人には何あげたらいいと思います?」という質問が返ってきた。
あれこれと紹介して、「これ持ってた気がする」「なんか見たことあるような……?」という彼女の若干曖昧な記憶を頼りに、時間をかけて一緒に選び、ラッピングしたCDは、そろそろ彼の手元に届いた頃だろうか。
CDショップの店頭、棚の上の小さな画面の中で歌っている彼に、心のなかで、気に入りましたか、と問いかけた。
20220612
以前書いたものを改稿したもの。
同人文集用に書きましたが、2作書いたうちのもう1作の方が載ることになったので、こちらにおきます。
CDショップにて 塚崎亜也子 @ayatsukakosaki
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