病的ガールの生命線

西原小夏

第1話 ガールとベンチ

東京の満員電車はもはや災害だ。


 触れざる負えない肩や腕、停車すれば押されて誰かの足を踏むことなど日常茶飯事だ。下手をすればただ乗車しているだけなのに文句をつけられる。この現象を変えるために国や企業はもっと行動するべきだと思いながら、自分も大学への通学のために乗車している。これが嫌ならば違う大学に行けと言われたら何も言い返せない。

それでもこの大学が良かったとはあまり思わない。自分の偏差値と少しだけ興味があった専門分野が一致しただけだ。東京に憧れがあった訳ではない。満員電車の不快感を先に知っていれば東京以外の学校を選べばよかった。


「すみません。降ります。」

 人をかき分けて大学の最寄り駅で降りる。降りてしまえば少しだけ空気が吸い易くなった気がした。人混みはごめんだと思いながら毎日、毎日電車で通いホームで安堵をすることが日常になっていた。

 でも、今日はなぜかいつもと違って一人の人にが目に入る。ホームから改札へ向かうだけだったのに気になってしまった。

「あの、このホーム回送電車しかとまりませんよ。電車に乗るなら反対です。」

 回送電車しか通らない8番ホームの隣。なぜか女性が立っていた。

 制服を着ていないし、社会人でもなさそうな服装をしている。この近くの大学生かなと思う。

「あ、すいません。そうですね。ありがとうございます。」

「いや、えっと。急に声をかけてしまってすいません。」

 ふと、彼女の声を聞いてから、もしかしたらこの人は飛び降りようとしていたのではないかと思った。初めて彼女に会ったのだから、根拠がある訳でも確信がある訳でもない。でも、なぜか彼女を引き留めなければと思った。

「迷惑だったら悪いんですけど、お水買ってきてもらってもいいですか。少し具合が悪いの。私は近くのベンチにいるので。」

「分かりました、すぐ買ってきます。」

 言葉を探していると彼女から声をかけてくれた。どうやら思いつめていた様に見えたのは体調が悪いからのようだ。

 近くにある自動販売機まで早歩きで向かう。水を買って彼女を探すと、先ほどまでいた場所から少し離れたベンチに座っていた。

「これで大丈夫ですか。」

「ありがとう。お金はこれでお願いします。」

 そう言って1000円札を一枚差し出される。

「お金はいりません!そんなに高くもなかったし」

「声をかけてくれたお礼だから。」

 受け取ってと彼女は微笑む。躊躇していると右手にお金を握らされた。どうやら受け取るしかなさそうだった。頂いたお金を財布に入れると彼女は満足そうに笑う。そして、隣座らない?と座っている隣を僕に誘うのでおずおずと座る。

 なぜ回送電車しか止まらないホームにいたのかを訪ねたいと思ったができなかった。理由があった訳ではないけど、聞いてはいけないような気がした。彼女にそれを聞いてしまえば二度と彼女は目を合わせてくれないとそう思った。


「本当にお水ありがとう。大分気分もよくなったわ。」

「良かったです。あ、僕は松岡薊です。この近くの大学に通っています。」

「そうなんだ。薊って花の名前よね、とっても綺麗な名前。」

「そうですかね。」

「うん。実は私も桜っていうの。素敵な共通点ね。」

 大学を聞くと同じ大学の先輩らしい。学部も一緒ということが分かり驚いた。

 それからしばらく学校についてベンチに座りながら話した。授業のことや課題について、学食のオススメメニューなんかを聞いていると飛び降りようとしているというのは勝手な勘違いだと自分の中で納得する。

 しばらく話していると、彼女はふと時計を見て立ち上がった。

「そろそろ約束の時間になっちゃう。」

「約束?お友達ですか?」

「ううん、ちょっとね。大学は全休だけどこの近くに来たのは約束があったからなの。」

その約束が何かは分からなかったけれど、彼女にとってとても大事なものということは分かった。

「じゃあ、また。」

「はい、鶴見さん。また。」

「だから桜でいいって。」

 ごみ箱にペットボトルを捨てて改札に向かう桜さんの姿を見送ってから僕も改札に向かって歩き始めた。



 この出会いから僕は、様々なことを考えることになった。

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病的ガールの生命線 西原小夏 @ifo4aow

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