第7話 春日井詩音は何を想う 前編
「お兄何だか楽しそうだね」
翌日に控える映研の皆で映画を観に行く為に着ていく服や荷物を準備していると足をパタつかせながら漫画を読んでいた妹の瑞希が興味なさげに言った。
「明日は部活の皆と出かけてくるからな。何気にこういう風に遊びに行くのは遠足みたいで楽しみなんだ」
GWも残すところ後2日で連休が終わるとすぐに中間テストが始まる。テスト期間中はどこの部活も休みになるからしばらく皆で集まることはない。それに春日井先輩も6月いっぱいで引退という形になるから想い出を作らなら明日を除いたらそうないだろう。
そんな物思いにふけっていると瑞希は読んでいた漫画をパタリと閉じてこちらを見てきた。
「そんなことよりお兄そろそろご飯作って」
両親はGWではあるものの祝日が少ない会社で働いて俺達に不自由のない生活をさせてくれている為まだ帰宅していない。両親が遅くなることが多いことから俺がいつも晩御飯を作っている。
「瑞希もレディなんだから手料理の1つや2つ作れた方がいいと思うぞ」
「やればできるけどやらないだけだから」
「さいですか」
俺は冷蔵庫から卵と冷凍してあるご飯を取り出しチャーハンを作った。チャーハンは本来炊き上げたご飯の方が美味しくできるのだが米を炊いていなかったので仕方ない。適当に味付けを済ませてリビングのテーブルに並べた。
「明日はカレー食べたい」
「いや俺は明日何時に帰るかわからないから自分で作れよな」
「だったらカップ麺でいいや」
「太るぞ」
「太りにくいから平気」
誰に似たんだか減らず口を叩く妹に溜息をつきながら食器を片付け洗い物を始める。将来的には専業主夫として永久就職も悪くないなとリビングで漫画を段積みしながらゴロゴロ過ごす瑞希を見ながら思った。
☓ ☓ ☓ ☓
集合場所の駅に着くと春日井先輩と小西は既に到着しており自動販売機の近くにあるベンチに腰掛けていた。小西はTシャツの上にネイビーのテラードジャケットを羽織り黒いテパードパンツとグレーのスニーカーを履いてオシャレにしかし落ち着いたファッションをしていた。一方、春日井先輩は白いブラウスに黒いハイウエストのスカートというシンプルゆえに素材の魅力全開のコーディネートをしていた。俺はというと
無地の黒いTシャツにジーンズという休日のニートの様なファッションで恥ずかしくなった。休日のニートってなんだよ。
「二人共はやいな。こういうのって性格に出ちゃうもんだよなぁ」
俺がそう言うと二人はクスクスと笑い始めた。
「菅原君だって30分前に来てるじゃないか」
「菅原君は真面目君だからね」
待ちあわせ時間は映画の上映時間から逆算して9時となっていた。9時に着くように出発すると何かあって間に合わなくなったら映画鑑賞に支障をきたす恐れがあった為、仕方なく早めに出たのであって決して楽しみ過ぎて早く来たわけでは断じてない。
そんな言い訳じみた思考をしていると間もなくして
柚月が合流した。柚月は黒いシャツの上に白いカーディガンを羽織りデニムのショートパンツというコーディネートだ。自分のスタイルに自信があるのかと以前付き合っていた時に聞いた際「当たり前でしょそれ前提で着るもの考えてるんだから」と言われ呆れよりも納得の方が勝ってしまった。そのくらいに夏川柚月は美しかった。
「あとは風花ちゃんだけだけどまだ時間もあるし気長に待ちましょう」
春日井先輩がそう言ってから10分、20分と立ち待ち合わせの時間に近づいてくる。そろそろ俺がしびれを切らしている頃に見覚えのあるキャラメル色の髪をゆらしながらこちらに急ぎ足で近づいて来た。薄いベージュのノースリーブニットに膝丈ほどのスカートの女子は冬嶋だった。
「すみません!遅くなりました!」
「遅いぞ冬嶋」
「そこは今来た所でいいじゃないですか!」
息を整えながら頬をぷくりと膨らませているがそれが許されるのはDT君だけだ。そんな風に思っていたらまぁまぁと小西がなだめてくる。
「余裕のある時間を集合時間にしたから大丈夫よ風花ちゃん」
「春日井先輩優しい!どこかの先輩も見習ってほしいですね」
「はいはい俺が悪い俺が悪い」
何はともかく全員集合したということで俺達は駅からすぐ近くにある映画館へと向かった。
映画館のある建物の入口はゲームセンターになっていてプライズフィギュアなどが積み立てられているクレーンゲームがいくつも並んでいる。子供の時は目をキラキラさせながらかじりつくように見ていたそれもある程度の年になるとお店の貯金箱にしか見えなくなってしまったのは心が汚れてしまったのだろう。程なくゲームセンターのある通りを歩いていると映画館の入口までたどり着いた。壁には沢山の映画のポスターが貼られており会議で挙がった作品がどれも並んでいた。
チケットを買うために券売機に並ぶとポップコーンやジャンクフードの香りが鼻孔をくすぐってくる。
「映画館で食うポップコーンって割高だけど美味いよな」
「それわかるかも。特別な空間で食べてるからかな。夏祭りのかき氷とかもそんな感じよね」
柚月が同意しながらカウンターの方を見ていた。その表情はポップコーンを食べたいというより何か想い出
を噛み締めてるように感じた。
全員がチケットと飲み物やポップコーンなどを買い終えスクリーンへと向かった。薄暗い室内を歩いていると前を歩いていた春日井先輩が躓いたので慌てて肩を支える。
「…ありがとう菅原君」
ふわりとミントの香りに包みこまれたが慌てて肩から手を離した。
「あ…いや、足とか捻ってないですか?」
「うん大丈夫みたい」
暗くてもその微笑みは眩しく感じた。
上映が始まり映画の予告も終わりいざ本編が流れる。
この映画は一週間前に別れた恋人が急に距離を詰めてくるというラブストーリーだったのだが物語の中盤で一気に展開が動いていった。なんとその元カノはタイムリープで過去に戻ってきていたのだ。主人公側が戻るのは珍しくなくむしろ王道なのだが伏線とミスリードを張りながら明かされたヒロインのインパクトに俺は思わず関心してしまった。物語はクライマックスを
迎えエンドロールが流れて物語は幕を閉じた。
一気に明るくなる室内は現実世界に戻されるような気分にさせられた。ふと気になり隣に座っていた春日井先輩を見てみると少し目の下が赤くなっていた。
「あはは見られちゃった」
俺の視線に気が付いた春日井先輩は誤魔化すように笑うと、伸びをして席をたった。その伸び良くないと思います。ええ良くないと思います。
「映画面白かったですね!特に最後ヒロインからキスする所が!」
映画の感想を駅の近くのファミレスで興奮気味に話す冬嶋の姿が何だか面白かった。
「先輩私の顔見て何ニヤついてるんですか?」
「お前がテンション上げて感想言うの何気にレアだなと思って」
「それどういう意味ですか!?」
俺達のやり取りを優しく見守っている春日井先輩の視線に気付き少し恥ずかしくなった。
時刻は午後12時。当初の予定では昼食を取ったら解散という流れだったが冬嶋の提案によりカラオケに行くことになった。
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