第5話 昼ドラ
「先輩♪昨日は楽しそうに下校してましたね」
ニコニコとした表情をしながらも冬嶋の声に温度を感じない。昨日冬嶋の誘いを断ったのが理由だろう。
「俺にかまって貰えなくて怒ってるなんて可愛い後輩だな冬嶋は」
いつもの様に視聴覚室に向かっている最中冬嶋はその言葉に足を止めた。気になって振り返ると先程までのニコニコとした表情から一変、真顔になっていた。
「先輩ひとつ聞いていいですか?」
「なんだ?」
「昨日先輩と歩いていたら女の人誰です?」
「いつからお前はヤンデレキャラになったんだよ!?」
どうやら昨日冬嶋の誘いを断って柚月と一緒に帰っていたことき不満があったようだ。それとなく事情を説明すると納得こそすれど、どこかまだ不満気だった。
「というわけで柚月も今日顔出すっていうからよろしくどうぞ」
「…まぁ先輩に付き合って上げてた優しい人でしょうから合うのが楽しみです」
「何そのトゲのある言い方」
俺達は視聴覚室に入ると既に二人の先客がいた。小西と春日井先輩だ。二人は軽く手を振って出迎えてくれた。後は柚月を待つだけだ。するとスマホに一通のメッセージが入る。
【ごめん!今向ってる!】
汗を流している顔文字と共に送られてきた。それを伝えると春日井先輩は「せっかくだしもう少し待ちましょうか」と言って各々時間を潰しはじめた。
ガラガラと勢いよくドアを開けて柚月が視聴覚室に入って来たのはそれから10分後だった。
「すみません!頼まれ事してて遅くなりました」
「いいのよ気にしなくて。柚月ちゃん久しぶり」
ニコニコと手を振る春日井先輩に気付いた柚月は直ぐに背筋を伸ばして頭を下げた。やはり柚月としても、春日井先輩の存在感には恐縮するのだろう。
ふと横目に冬嶋の様子を伺うと何やらぶつぶつと独り言を喋っていた。
「…美人、巨乳、性格はまだわからず…」
「お取り込み中悪いがお前も挨拶くらいしたらどうだ」
「…っ!?いきなり囁かないで下さいよ!でもそれもそうですよね…コホン」
慌ててわざとらしく咳払いをして冬嶋は柚月を見据えて自己紹介を始めた。
「初めまして夏川先輩!私冬嶋風花っていいます!これからよろしくおねがいします!」
あざといモードの冬嶋を何気に久しぶりに見て鳥肌を立てていると今度は柚月が挨拶を返す。
「こちらこそよろしくね!冬嶋さんの話は菅原君から聞いていてお話してみたいと思ってたの。これからは顔出す頻度増やそうと思うからその時はよろしく。私のことは好きに呼んでね!」
鳥肌の次は変な汗をかき始めた。外面全開モードの柚月を見るのも久しい。二人の目には見えないバリア同士が衝突を起こしその場にいる人間が吹き飛ばされてしまうのではないかと馬鹿なことを考えていると天使は微笑んだ。
「二人共仲良くなれそうで良かったね菅原君!」
「そうだな小西。俺たちももっと仲良くなろうな」
手を優しく握ると小西は苦笑いをし、二人には鋭い眼光をぶつけられた。怖い。
「じゃあ皆揃ったことだし活動はじめましょうか」
場の雰囲気が春日井先輩の言葉で引き締まった。こういう時に春日井先輩の凄さを感じる。
「今日はこれを観ましょう♪」
笑顔の春日井先輩の持っている白いディスクには手書きで昼ドラと思いっきり書かれていた。この人の感性にはいつも驚かされるが今日も例外ではなかった。
特に他の候補がなかった為昼ドラが再生されたのだが開始そうそういきなり‘’濡れ場‘’が始まり気まずい空気が流れ出す。小西は顔を真赤にしながら手で顔を覆いながら映像をチラチラと、冬嶋は観察するように真顔で、柚月は手で顔を扇いでいた。かくいうコレを持ってきた張本人は皆のリアクションをみて楽しんでいた。ふと春日井先輩と目が合うとウインクをされた。
ナニコレドウイウジョウキョウ?
ドラマは終盤に差し掛かると主人公の彼女の前に元カノが現れて次回に続く形で映像は終わった。
「いや〜続き気になりますねこれ!」
「そうね。元カノが何の為にデート中割り込んできたかよね」
意外にもというかやはりというべきか冬嶋と柚月はドラマを集中して見入っていた。やはりこういう話が好きなのだろうか。小西と俺は終始女性不信になりそうなシーンを見せられてひゅんとなっていた。
「こういうシチュエーション生で見てみたいのよね。そうだ!菅原君と風花ちゃんが付き合えばそのシチュエーション見れるじゃない!」
そうだ京都にいこう!みたいなノリでとんでもないことを春日井先輩は言った。
「春日井先輩が付き合ってくれれば嬉しいことこの上ないですよ」
「私が菅原君と付き合うと当事者になっちゃうから残念だけど無理ね」
さらっと告ってさらっと振られる。こんな軽いやり取りをしている横で室温が2℃ほど下がる様な気配を感じた。
「春日井先輩がそこまで言うなら先輩付き合っちゃいます?」
「私は全然祝福するからこのドラマみたいにはならないわね」
「さらっと既成事実の様に話を進めるな!」
やいのやいのと時間は過ぎて解散の流れになった。
「先輩…今日は帰ってくれますか?」
昇降口に向かう途中冬嶋は不安気に聞いてくる。上目遣いでそういう風に言われると男心をくすぐられ断る理由は何もなかった。
「別に今日は予定ないしな」
「じゃあこの後デートですね♪」
「悪いが今日は予定が」
「ないんですよね?」
時折強引に誘う冬嶋だったが今日はいつにもまして無理矢理だった。俺はこの思わせぶりな態度は信頼してくれてるからだろうと思っているが先輩として一言物申さなければならないようだ。
「冬嶋よ。男は皆狼なんだ。そんな風に思わせぶりな態度取ってると勘違いした男にしつこく迫られるぞ」
「先輩は狼というより猫ですよね。自由きままに生きていて羨ましいです」
「人の話聞いてた?!」
猫はお前の方だろうと言ってやろうとした時、冬嶋は悪戯っぽい笑顔を浮かべて言った。
「先輩になら勘違いされて上げてもいいですよ」
「何で上から言ってんだよ」
俺は溜息をついた。その溜息がいつもより温度が高く感じたのはきっと気のせいだ。
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