第3話 ‘’春‘’の訪れ
「先輩歩きスマホは危ないですよ~」
視聴覚室に向かう最中にスマホから通知が届き歩きながらメッセージのやり取りをしていると冬嶋に咎められた。俺はスマホの画面を閉じポケットにしまった。
「悪いな。こういうのって一度盛り上がると止まらなくなってな」
「そういうのわかります。ついつい時間忘れちゃいますよねぇ」
「そうなんだよなぁ」
賛恋淡高校の校舎は新校舎と旧校舎の二つあり視聴覚室は旧校舎側にある。旧校舎と新校舎は長い廊下で繋がっている。旧校舎は主に移動教室で使うことが多いがほとんどの生徒はそれ以外に旧校舎に来ることはない。映像作品研究部は視聴覚室を利用した部活の為その長い廊下を歩いていた。
「先輩今日はなんだか嬉しそうですけど何かあったんですか?」
下から上目遣いで覗き混んでくる瞳に俺は答えた。
「久しぶりに春日井先輩が来るってことでテンション爆上がりなわけですよ」
「先輩いつもとキャラ違くないですか…」
俺のテンションについてこれていない冬嶋をよそに歩くペースが速くなった所を後ろから袖を引っ張られた為渋々速度を緩めた。
「何だよ早くしないと春日井先輩といる時間無くなっちゃうだろ。うさぎと亀ならうさぎ側だろお前」
「いつにもまして扱いが雑すぎる!もうそんなんじゃ女の子にモテませんよ」
頬を膨らませながらこちらを見てくる後輩女子に俺は溜息をついた。
「あのな冬嶋…本気で気に入られたい人にそんなことするわけないだろ?分かってくれるな?」
「いや何で私が諭される側なんですか?!ていうかさらっと私のこと女として見てないっていいましたね!」
わーきゃー騒ぐ冬嶋と歩いている内に視聴覚室まで着いた。ポケットからスマホを取り出してラインのメッセージの通知を見る。
【視聴覚室に着いたので待ってまーす!】
花の絵文字と手を振る顔文字が添えられて送られてきた。先輩と部活を一緒に過ごしたのは春休み前が最後だった。それから先輩は受験勉強の為なかなか部活に顔を出せないでいた。久しぶりに会える先輩の姿を想像するだけで緊張で手に汗が滲んだ。
「流石に緊張しすぎですよ…」
そう言って冬島は教室のドアに手をかけた。
「待て!まだ心の準備が」
「はいはい」
ガラガラと視聴覚室のドアが開かれた。いつもと変わらない視聴覚室に一輪の花が咲いているような錯覚をした。
「綺麗…」
思わず冬島も声を漏らすその容姿はこの賛恋淡高校の四人のマドンナの一人にして全男子生徒の憧れで、
長くて美しい黒髪と全てが整った目鼻立ち。育ちの良さを感じさせる佇まい。周囲を和ませる柔らかい雰囲気。ミスパーフェクト春日井詩音。
「菅原君久しぶり。そっちのかわいい子が冬嶋さんだよね?」
息を呑んだ冬嶋に俺が咳払いをすると慌てた様子で頭を下げた。
「は、はじめまして!冬嶋風花といいます!よろしくおねがいします」
「こちらこそよろしくね冬嶋さん」
冬嶋の挨拶にも温かい表情で返した。俺は膝をつき春日井先輩に頭を下げた。
「お久しぶりです!春日井先輩!」
「ちょっとちょっと!そういう大げさなのいいから」
困った姿も美しい。そんなことを思っていると冬嶋の視線に気づいた。
「どうした?」
「いや別に」
いつもの様な甘い声ではなく温度を感じさせない声音で俺はバツを悪くして膝を上げた。
「もう冗談が好きなのは変わってないみたいだね」
「先輩はまた綺麗になりましたね」
「さらっとそういうこと皆に言ってるから慣れてるんでしょ?」
「春日井先輩にしか言いませんよ」
「またまた〜」
俺達の会話に居心地の悪さを感じたのか冬島はそわそわとしだした。それに気付いた春日井先輩は微笑むと隣の椅子を引いた。
「ずっと立ってても何だし座るか」
「そ、そうですね」
教室に入って数分立ち話をしていた為、足腰が休まるのを感じた。
春日井先輩は俺を見て少し寂しそうな表情をした。
「聞いたよ菅原君。柚月ちゃんと別れちゃったんだってね…あんなに仲良かったのに残念ね」
「先輩にそんな言葉をかけていただけるなんて…もったいないお言葉!」
「もうそういう遊びはいいから。悲しい時は落ち込んだっていいんだよ」
全てを肯定してくれているように錯覚させるこの仏の様な器の大きさに圧倒される。
「今でも普通に話ますしあんまり気まずい感じではないですよ。何なら今度誘いましょうか?」
「菅原君が気まずい思いしないならまた柚月ちゃんと話たいかも」
柚月と春日井先輩はいつも話ていた印象があった。あの二人の空間に割り込むことは男の俺では許されないことだと本能的に悟った。挟まりてぇ〜なんて口に出した日には不特定多数にボコボコにされることだろう。そんなくだらないことを考えていると冬島は目を見開いて俺に言った。
「先輩彼女いたことあったんですか?!」
「おい失礼すぎるぞ」
「すみません滅茶苦茶なモノ好きがいたもんだと思いまして」
「それはそう」
言われて俺は納得の相づちを打った。それを見て春日井先輩はくすくすと笑う。
「風花ちゃん失礼だよ!ぷっごめんなさい…ふふ」
春日井先輩のツボはどうやら俺が辛辣に扱われることらしい。見た目に反してのドSな性格は堪らない。
「菅原君の元カノちゃん物凄くかわいい子だったんだよ」
「先輩と一緒にいて2週間くらい立ちますけど初めて聞きました!」
「言ってないしわざわざ話すことでもないだろ」
そう言うと春日井先輩はしゅんとした表情をしてしまった。俺は慌てて訂正する言葉を探していると春日井先輩はまた笑うのを堪え始めた。そこで初めてからかわれているのに気づく。
「やっぱり菅原君は面白いね」
「楽しんで貰えてるなら何よりです」
「先輩!贔屓です!差別です!私と春日井先輩とじゃ扱いが違い過ぎると思います!」
抗議をする冬嶋に仕方がないなと肩をすくめ俺は言った。
「贔屓でも差別でもないぞ冬島。これは区別だ」
表情を作って冬嶋にそう説くと春日井先輩から咎めるような口調で「菅原君のそれは立派な差別には変わりないからね?女の子は特別扱いされたいものだけどもうちょっとデリカシー持とうね」
「すみませんでした」
「先輩が素直に謝った?!」
幽霊かゴキブリを偶然にも見つけてしまったようなリアクションを取られてもそれはそれで困るが日頃の行いだろうと甘んじて受け入れた。
「良く出来ました」
先輩は俺の頭を優しく撫でてくれた。
‘’こういうところだ‘’。
人の心を掴む。これはとても恐ろしい才能だと思う。
心のどこかで冷静な俺が春日井先輩を見つめている。この人は危険だ。この優しく柔らかい雰囲気に当てられて告白しようものなら春日井先輩はきっと一生消えない失恋の痛みを与えることだろう。
‘’だからこうしてふざけて接している‘’。
なのにも関わらずこちらの仮面を剥がそうとしてくるのだ。もっと魅せてと囁くのだ。
白旗を上げようと思った時冬嶋と目が合った。
「先輩幸せそうですね…」
「お前も春日井先輩にお願いしてみたらどうだ?天国の扉が見えてくるぞ?」
「もう!私を殺人鬼にしないでよね」
そう言って撫でるのをやめた。するとチャイムが鳴った。長いこと話をしていると時間が立つのがあっという間だった。
「今日は何も観ないで終わっちゃったね…また次も来れるようにするからできればでいいけど今度は柚月ちゃんに会いたいな」
「声かけときますよ。柚月も喜んで来ると思うんで」
「私も先輩の元カノさんに興味あるから楽しみです!」
「まぁ蓼食う虫を生で見られるのは興味深いだろうよ」
俺がそういうと冬嶋は困った様に笑いながら「あれは言葉の綾だったんですよぉ」と弁解をしてきた。
そんなやり取りをみていた春日井先輩は面白い物を見つけた時の表情を見せた。
「ふーん」
その声音を俺は聞こえないフリをして帰り支度をした。
「じゃあ私は適当にレポート纏めてから松浦先生に鍵とレポート渡してから帰るから先に上がっていいよ」
「すみませんお任せしてしまって…やっぱり俺が」
「私が話込んじゃったのもあるから気にしないで。ほれに今日はとっても楽しかったからこれは私の気持ち」
「それじゃあ先に上がらせてもらいます。帰りはお気をつけて」
「お疲れ様でーす!」
「またね」
手を振りながらレポートを纏めている先輩を後に俺達は視聴覚室を出た。
「私、先輩のこと何も知らないんだなって今日初めて思いました」
「2週間の付き合いで知られてる気になってたことを初めて知りました」
俺がそういうと冬嶋は茶化すなという目で訴えて来たので軽口を叩くのをやめた。
「先輩の元カノさんのこととか先輩のああいう表情とかまだまだ知らない先輩を私は知りたいです」
「…そうか頑張れよ」
「ということで先輩のラインいい加減教えて下さいよ!」
冬嶋が入部してから2週間一切の連絡先の交換をしていないことに俺は今気がつく。
「普通に忘れてたわ。もっと早く言えよ」
「聞くタイミング逃すと案外難しいんですよ」
そう言って冬嶋は自身のQRコードを差し出してきたので俺はそれを読み込む。
雪を被ったクリスマスツリーを背景に自撮りをしている冬嶋のアイコンのユーザーが追加された。
「先輩は誇って良いんですからね?私から直接連絡先交換できた男子は先輩含めて二人だけですよ」
「あっそ」
「もうひとりはですね…って興味なし?!」
忙しいやつだと思いながら歩いているとスマホがずっと通知音を告げ続ける。
見ると冬嶋から大量のスタンプが送られてきていた。
「歩きスマホは危ないんじゃなかったか?」
「一度盛り上がると止まらなくなっちゃうので♪」
不器用なウインクでも様になっている姿に改めて思う。このあざとい後輩に勘違いなんかしてやるもんかと。
「ブロックしよ」
「ちょ?!軽い冗談じゃないですか〜!」
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