第2話 放課後

「ねぇ先輩?先輩ってまだ身長伸びてますか?」


今日も今日とて視聴覚室には俺と冬嶋しかいない。俺が持ち込んだ家に眠ってたDVDをプロジェクターで再生さようとしている時、冬嶋はそんなことを言った。


「去年の測定からまだ測ってないけど多分伸びてるだろうな」


冬嶋は椅子に座りながら足をぱたつかせながら俺の作業を眺めていた。


「身長高いのって憧れるんですよね〜スタイル良く見えるというか」

「俺もそこまで特別デカいわけじゃないけど高くてもあんまりいいことないぞ」


冬嶋は平均的女子生徒より若干身長が低いくらいで特別小さいわけではない。


「例えばどんな不便があるんですか?」

俺の言葉に納得できない様子の冬嶋は首を傾げながらあざとい声音で質問をしてくる。


「もちろん階段の下からスカートが覗けないことだ目線が高いからな」

「もちろんてなんですか…ていうか女子は覗こうとしてるの普通にわかってますからね」

呆れながら言う冬嶋の言葉に俺は呆れ返した。

「わかってようがなんだろうがパンツはパンツだろ」


俺がドヤ顔をしていると可哀想な捨て犬を見るような目で冬嶋は俺を見据えてきた。


「先輩…女の子はほとんど見せパン履いてるんですよ」


そんなことは百も承知だ。以前同じことを元カノに言ったときほぼ同様の返答が返ってきたからだ。その時はゴミを見る様な目だったけど。


そろそろ投影が始まるその時視聴覚室のドアが開かれた。


「良かった。今日は間に合った」


入って来たのは映研の部員で俺のクラスの男子生徒、小西純だった。中性的な見た目で男女ともに人気がある小西はこの映研でもマスコット的存在だ。本人は可愛いと言われることに抵抗があるようで男子として扱ってほしいとよく言われる。よく言われるのは常日頃から俺が可愛いと言ってるからだが。


「コニ先輩こんにちは〜!」

「冬嶋さんこんにちは。菅原君も」

「小西…今日も綺麗だぞ」

「もう辞めてっていてるじゃん」


小西が照れながら言うと俺は胸に電撃が走った。俺がもし女だったらもしくは小西が女だったらきっと本気で恋に落ちていただろう。


「ん!んん!そろそろ始まりそうですけど結局今から何見るんですか?」


二人の世界に入ろうとしている所を咳払いで引き離されてしまった。まぁ小西にはその気はないだろうが。


「今日見るのは俺が昔見てたアニメ映画だな。何回も見てたけど10年くらい観てないからいいかなって」

「僕も見たことあるかな」

「俺達の世代より古いアニメだからもしかしたら知らないかもな」


映画が始まった。画面が暗い様に感じたのは部屋の電気を消したからではなくこの時代の映像特有の暗さなのだろう。CGではなく手書きのアニメーションで描かれるその動きは細かく表情や動きを表現していた。

当時のアニメーターの熱量を感じ思わず魅入ってしまう。子供の頃は何も感じなかったシーンの数々に関心を持ってしまう。物語のエンドロールが流れるまでこの場の誰もが息を呑んで結末を見守っていた。


部屋に灯りが広がると冬嶋は伸びをした。俺がまじまじと見つめていると冬嶋と目があった。

「変態」

「紳士と呼んでくれ」

俺達のやり取りを小西は楽しそうに見ていた。


「じゃあレポート纏めるか」


映像作品研究部の活動として指定のレポート用紙を提出する決まりがある。皆で感想、議論、考察のそれぞれを纏める。顧問の松浦先生曰く、明確に活動した記録があると色々楽だからという理由だった。

当の本人は滅多に顔を出さないが。


「私さっきのテレビで昔見たことあったんですけどちゃんと観たの初めてかもしれません。めちゃくちゃご飯のシーン美味しそうでした!」

「僕も冬嶋さんと同じでちょっとしか見たことなかったから本筋を知れて良かったよ。有名なシーンだけじゃ作品はわからないね」

二人の言葉を纏めてレポートに記入する。


「俺が感じたのはアニメーターってすげぇなって思った」


俺は普段から漫画やアニメ、ゲームと触れていてもそう感じることは殆ど無かった。それは綺麗な絵が当たり前だったからだ。当たり前の存在に有り難さを忘れてしまう。そう思わせてくれたのは細かく描写された日常風景のアニメーションだった。特に意味はなくただそこにいるキャラクターが確かに゛生きていた゛のだ。

俺が弁に熱が入っているのを感じハッとして顔を上げると冬嶋は驚いた表情を、小西は有り難い言葉をきくかの様に傾聴をしていた。


「恥ず…」

「先輩って意外と真面目なんですね〜」

にやにやとからかう冬嶋に耐えきれずレポート用紙を殴り書きをして終わらせた。シャーペンを走らせた代償として手の小指側が黒くなっていた。


「じゃあ松浦先生に渡してくるからここで解散ってことで」


俺がそう言うと各々荷物を纏めて帰り支度を始めた。時計は5時半を差していた。運動部ほどではないにしろ見る映像によっては拘束時間が取られてしまうことがある。だが心地の良い時間だったら苦ではない。少なくとも俺は映研部の時間は苦ではない。


「これ今日の分のレポートです」

俺が松浦先生にレポートを渡すと、こめかみを掻きながら松浦先生は言った。

「意外と真面目だよな菅原って」

「俺は至って真面目ですよ先生」

普段の学校生活での俺を見て不真面目と思ったのかお調子物と思ったのかわからないがそう言うと、顔にも出ていたのか松浦先生はわずかに口角を上げて言った。

「もっと適当な奴だと思ってたんだよ。親近感湧いてたんだけどなぁ」

「先生に同類として見られた事実に震えてますよ」

そう言ってわざとらしく手を震わせると面倒くさい物を見る目をしてきたので遊ぶのをやめた。


「じゃあ気をつけて帰れよ」

職員室を後にして昇降口へと向かう廊下は少し肌寒い空気だった。季節は4月中順。昼間の気温は高くても夕方になると冷え込むこともある。下駄箱が見えてきた辺りで人がいるのに気付いた。


「まだ帰ってなかったのか」

「先輩忘れたんですか?毎日帰る約束したじゃないですか〜」

「あれまだ有効だったのかよ」

いつぞやの軽口が今でも続いている事に喜びと罪悪感があった。

「あんなの忘れて帰っても良かったんだぞ」

「先輩と帰りたいから残ってただけですよ♪」

「フッ…モテる男は辛いぜ」

「すみません。やっぱり10メートル距離を開けてください」


校門を出る頃にはいつもの二人の距離に戻っていたのを俺は気付かないフリをして帰路についた。

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