第二話 仕立て屋の悪魔は人見知り

 小一時間程たっただろうか。どうやら店の前に到着したようだ。


「よし、お嬢ちゃんたち降りれるかい」

「はい、大丈夫です」


 テイラーさんのエスコートに従い、馬車を降りる。すると、店先には私と同年代ぐらいの男の子が待っていた。彼は少し大人しそうというのか、私と似ていてあまり人と目線を合わせない。


「テイラーさん、おかえりなさい」

「あぁ、ただいま。ジャック。さぁ、この2人が話していたお嬢ちゃん達だよ」


 一瞥いちべつだけして、すぐにテイラーさんのふくよかな体に隠れる少年。おそらくジャックという名なのだろう。


「初めまして、私はソフィアよ。よろしくね」


 ソフィア様はそんなジャックにも優しく声をかけた。私に話しかけてきた時と同じように、かがんでいる。きっと昨日の私もこんな感じだったのだろう。


「は、はじめまして……。ジャック、です」


 彼は頬を赤らめながら、ちらちらと視線を動かす。ソフィア様を見たり、そっぽを向いたりと目が忙しそうだ。


「私はノア。よろしくお願いしますね、ジャック」

「あ、うん、はい……」


 私の目が前髪で隠れているからか、私の顔は少し長めに見てくれた、気がした。


「よし、ずっと店先に居るのもあれじゃろ、3人で先に店の中に入っていてくれ。わしは馬車をもどしてくるでな」

「分かりました」

「っ」


 ジャックは馬車のもとへ向かおうとするテイラーさんを引き留めようとする。しかしテイラーさんは軽く微笑み、首を振るのだった。


「ジャック、この人たちは何も悪いことはしない。お前も見たらわかるだろう」

「は、はい……」


 優しい言葉の裏には何が隠されているのだろうか。テイラーさんは、怯えたような顔の彼を包み込むように、大きな手で頭をなでる。少し緊張がほぐれたように、口を緩ませる少年に、また一言かける。


「ソフィアの嬢ちゃんのドレスを出してやってくれんかの」

「あ……、はい、分かりました……」


 先ほどまでの緩んだ顔は消え、また口を固く結んだ。そんな少年を見てテイラーさんは切なく微笑み、会釈しながら馬車の方へ向かった。


「こ、こちらです……」


 今にも消え入りそうな声で、少しびたドアを開ける。


「ありがとう、ジャック」

「はい……」


 眩しいくらいの笑顔で、だけどジャックと同じぐらいの声量で声をかけるソフィア様。優雅に扉を抜ける。

 少し暖かい空気が室内から漏れるのを感じながら、私もソフィア様の後を追う。


「ジャック、ありがとうございます」

「はい……」


 後方にいるジャックに礼を言うと、彼は扉を閉めながら中に入る。やはり目は一瞬しか合わない。私と同じ匂いがする。何かにしいたげられてきたであろう匂い。


 店内は想像していたよりもおごそかで、どことなく気品がある。バーガンディのカーペットに黒を基調とした壁紙。金色のシャンデリアやハンガーたち。


「あの、ソフィア様のドレスを取りに行きますので、その間、他の商品をご覧になってお待ち頂くか、あちらのソファにおかけになってお待ちください……」

「わかったわ。ありがとう、ジャック」

「……はい」


 ジャックの目線の先には、ガラスの丸テーブルと、ハーガンディの布地に金の刺繍が施された一人用ソファが2つ置いてあった。

 ソフィア様はそのソファに腰かけ、周りのドレスを楽しそうに眺められる。


「ノアも座りなさい」

「はい」


 空いているソファに腰を掛けると、体重がグッと吸収され体が包み込まれる。


「このお店、素敵でしょ」

「はい、とても」


 テイラーさんの人柄が出ているような、懐かしくもあり優しい雰囲気のお店だ。


「わっ……!!」


 そんな和やかな雰囲気に突如、鋭い声が突き破った。ジャックの声だ。

 先ほどまでとは打って変わった、大きく鋭い声に、私とソフィア様は声の方へ走り出した。

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