第六話 似合うドレスを選びましょう

 夕日が照らす廊下を二人で並んで歩いた。こうして誰かと他愛のない話をして、横に並んで歩くのは初めてではないだろうか。


 お兄様とお母様以外は、皆私のことを悪魔だとか噂して、近づこうともしなかったからな……。


「黒い髪に、紅い眼、きっとどんなドレスでも似合うわね」

「そう、ですかね……」


 ソフィア様はおしゃれが好きなようだ。ドレスの話はもちろん、お化粧の話やアクセサリーの話も沢山される。ソフィア様は元が美しいので、化粧なんてしなくてもいいぐらいだと私は思う。


「さぁ、この部屋が衣装部屋よ」


 ソフィア様が扉を開けると、そこには数えきれないほどのドレスや装飾品が並んでいた。


「す、すごいですね……」

「ありがとう。こんなにあっても私ひとりじゃ全部着ることもできないし、誰かとどれが似合うか話しながらの方が楽しいと思わない?」

「そうですね……」


 一人は寂しい。それは私もよく分かる。自分しかいない世界で、自分だけでおしゃれをしたところで、きっとあまり楽しくない。なんならお風呂にも入らなくなるのかもしれない。


「この白いドレスはどう? 天使だから白は似合うと思うの」

「あ、えと……」


 Aラインのドレスを手に取ったソフィア様は、私を鏡の前に立たせて、ドレスを私の上に重ねながら満足そうに微笑む。


「着てみてちょうだい!」

「……」


 私に拒否権はないようだ。こんな繊細なレースを使用したドレスなんて、人生で初めて着るので緊張する。

 

 しかし、ソフィア様が選んだドレスを着ると、あんなにも醜かった自分の姿が、幾分かマシになったような気がした。


 これは俗にいう、魔法なのかもしれない。魔法はこの世界には存在するようだが、存在しない世界もあるんだとか。お母様が教えてくれたっけ。


「ノア、とても似合っているわ!」

「ありがとうございます……。でも、これはソフィア様が魔法をかけて下さったんでしょう?」


 私の発言を聞いてソフィア様は一瞬固まられて、すぐに「ふふっ」と噴出した。


「ノア、貴方はなんてかわいいの」

「え、な……、なんのことですか」


 体温が今の一瞬だけ上がった気がする。だって体中を血液がいつもの1.5倍ぐらいのスピードで回ったような感覚だったから。


 ソフィア様の愛おしそうに目を細める姿は、私にはまだ刺激が強いようだ。長い前髪で、自分の眼をいつも通り隠す。


「貴方が美しく見えるのは、魔法ではないわ」


 そういいながら、彼女は銀色に光るティアラを私の髪の上に、ふんわりとのせた。鏡越しに見える自分は、やはり今まで見たこともない顔をしていた。


 いつも影の入った目が、ルビーのように輝き、口角の下がった口元も、きれいな弧を描いている。


 この幸せそうな顔の持ち主はいったい誰なのだろうか、と聞きたくなる。


 以前は、お兄様と自分の違いを見つけることしかできなかった。だけど今は、私とソフィア様が、ノアを見ている。私自身を見ている。


「貴方が今までよりも綺麗に見えるのは、魔法をかけたからではないわ。理由としてはとても簡単よ。楽しいから、嬉しいから、幸せだから」


 そうなのだとしたら、私はきっともっと美しくなれるだろう。そして、私のドレスを選ぶ貴方の横顔が、先ほどよりも輝いて見えるのも、気のせいではないと思いたい。

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