第五話 私の名前はノア
「どうかしら、体は温まった?」
重厚な扉からひょっこり顔を見せてきたソフィア様。
「あの、ソフィア様。私の身勝手なお願いを聞いてくれますでしょうか」
「なにかしら? なんでも言って!」
私と喋りながら、いくつものドレスを腕に抱えながら部屋に入ってくる。この城の主とはあるまじき姿だ。落ち着いているようで、少し無邪気なソフィア様。
「私をしばらくの間、この城に住まわせてはいただけませんか?」
長い前髪から恐る恐る、ソフィア様を見つめると、彼女は今までで見た中で一番の笑顔を見せた。いや、笑顔という名の花が咲いた。
「そんなのもちろん、答えはYESだわ」
「ありがとうございます……。何度もお誘いいただいた上に、断ったというのに……。恐縮です」
「そんなことを言わないで。私が無理やり誘ったのだから仕方ないわ。それより、貴方のお名前は?」
ハッとした。相手の名前を聞いておいて、自分の名前を伝えわすれていたなんて。無礼にもほどがある。私はすぐに立ち上がり、深々とお辞儀をした。
「申し訳ございません。私から名乗らなければいけないところを……」
「そんなに堅苦しくしないで。これから一緒に住むのだから」
「は、はい……」
彼女は私の顔を優しく持ち上げて、同じ目線になるようにしゃがまれた。
「貴方のお名前は?」
「の、ノアです」
「いい名前ね」
「ありがとうございます……」
近くで見る彼女の顔はとても美しかった。天使や神とも比べ物にならない。そうか、心が美しいからお顔立ちもきっと美しいのだな。
「貴方の名前を聞くのは、一緒に住むと決まってからにしようと思っていたの。名前を聞いてしまえば、情が沸いてしまうからね」
「そうだったんですね」
「そうよ。それより、ドレスを選びましょうっ! 綺麗なお顔だからきっと何でも似合うわ!」
そういってソフィア様は、持ってきたドレスを再度手に取り、私に一緒に来るようにと手を握る。
「ど、どうされたんですか?」
「ん~? 一緒に住むことになったんだし、衣裳部屋で選んだ方が楽しいかなと思っただけよ」
ソフィア様は鼻歌を歌いながら、あの分厚い扉の方へ向かっていく。
「そんな! 私は最低限の服装でだいじょ……」
「大丈夫じゃないわ!」
私の言葉に被せながらこちらに振り返った。無邪気な子供のような笑みをこぼして、廊下へと出ていくソフィア様。私もすぐさま、扉を押して部屋を飛び出す。廊下を歩くソフィア様の腕からは、ドレスがずり落ちそうになっている。
「ドレスは私が持ちます! ソフィア様は持たないで下さい!」
私の声を聞いて、また彼女は振り返る。窓から差した夕日を受けて、ソフィア様の白い肌が少しオレンジがかる。
「大丈夫よ、これくらい! それにあなたの方が体が小さいのだから、無理をしないの」
「無理なんてしてません!」
「ふふっ、ノアが一緒に住んでくれて、とても嬉しい」
ソフィア様は私に聞こえるか聞こえないかの小さな声で、そう呟いた。
「私はこの城に来る前も、ずっと一人だったから……。こうやって言い合いできるのが嬉しいの。この世界に来てくれて、そして、私に出会ってくれて、一緒に住むと決めてくれて、ありがとう」
私は何もしていないのに、なぜこんなにも感謝をされるのか。今の私にはまだ分からなかった。
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