第四話 立派な私になるよ
「大丈夫?」
「は、はい……。昔のことを少し思い出していただけですので」
「貴方が私を信じられないのも当たり前よね。だって出会ってまだ少ししか時間が経っていないんだもの」
ソフィア様は残念そうに眉を下げる。しかし彼女はそれでも食い下がる。
「この城に居たくないのであれば、それでいい。ただ、服だけはちゃんとした物を着て出ていって欲しいの。そうしてくれれば、私はもう何も言わないわ」
ソフィア様の眼は、天上界で見たそれと全く同じであった。私が尊敬していた、あの二人の眼と同じだったのだ。美しく、そしてまっすぐな目。
私はそんなまっすぐな目を前髪越しに見つめて、返事をした。
「……分かりました」
彼女はその言葉を聞き、私の手をとった。やはり彼女の手は暖かい。冷たくなった手は、温度差で少しジンジンするし、心はむずがゆい。
白くて立派な門をくぐると、噴水があり、その噴水を囲むように美しい花々が咲き乱れていた。まるでソフィア様の笑顔のように華やかだ。
「綺麗ですね」
「ありがとう。だけどね、もう少しお手入れする必要があるし、お花は生き物だから毎日お世話しなければ、いずれ枯れてしまう。気が抜けないわ」
「そう、なんですね」
そうなのだとしたら、この立派なお庭に咲いている花たちは、ソフィア様が一人で毎日世話をしているのだろうか。出会ったときに使用人はいないと言っていたし、恐らくそうなのだろう。
「一人で全部世話をしているなんて凄いですね」
「そうね……。だけど、花のお世話が私の生きがいだし、この子たちの生みの親だから全然苦じゃないわ」
「そうですか……」
私のお母様も、私のことを同じように思っていてくれたのだろう。もう会うことは叶わないのかもしれないが、感謝しなければならない。
花たちに歓迎されながら、お城の入口へとたどり着いた。
「さぁ、入って」
「おじゃまします……」
広い玄関ホールに煌びやかなシャンデリア。これだけの広いお城の中もソフィア様が一人で掃除しているのだろうか。
「広いですね」
「でも広すぎるのに、私しか住んでいないから少し寂しいのよね」
ソフィア様は苦笑いした。そして「だから一緒に住んでほしい」とでも言いたげな目をしている。
「そうなんですね」
「そうなの。それより、お風呂は入る? 体も冷えたでしょうし、よかったら入っていって」
「いや、そこまでしてもらう訳にはいかないので、暖炉の前で温まる程度で大丈夫です」
「そう?」
「はい」
彼女は少し悲し気に笑う。だけど無理強いはしてこなかった。応接間のようなところに通され、暖炉の近くに取り付けてあるボタンのようなものにソフィア様が触れる。すると瞬く間に火がついた。
「あたたかい……。先ほど触れられていたボタンはなんですか?」
「これ? これは魔力を流す道具なの。ここに魔力を流すことで、蓄えられている火魔法が発動し、火魔法を使えない私でも簡単に火をつけて、利用することができるのよ」
「便利ですね」
「とても便利よ。火というのは恐ろしいものだけれど、使い方さえ間違わなければ生活になくてはならないものになる。すごいわよね」
「はい……」
ソフィア様の顔が暖炉の火で照らされ、顔に影が入る。
「じゃあ、体が温まったら服を選びましょう! 貴方に合うサイズがあるか分からないけど、昔私が使っていたものがあるはずだから探してくるわね」
「あ、ありがとうございます」
そそくさと部屋を後にするソフィア様。他人の為にここまでしてくれる人は、そうそう居ないだろうと思う。
目の前で崩れる木材を眺めながら、お母様のある言葉を思い出す。
――――お母様やユーゴ、そして貴方を大切にしてくれる人だけを見ればいい。貴方を傷つける人の声は聞かなくていいのよ――――
お母様。私はこの人の下で過ごしても良いのでしょうか。こんなにも良くして下さるのに、私には何一つ取り柄がありません。
ただ、私のことを大切にして下さる人なのではないかと、幼少期の私が捨てた、淡い期待がまた少しずつ顔を見せているのです。
出会ったときに渡されたカーディガンに顔をうずめる。
生まれ育った天上界でも、このようなことをしてくれる天使や神はいなかった。同じ種族だというのに、人間よりも聖なるものだというのに、誰一人私に救いの手を差し伸べた者はいなかった。
「神か天使か人間か、なんてあの人には関係ないんだろうなぁ」
悪魔か天使かなんてソフィア様にはどうだってよかったんだ。なんであろうと、どうでもよかったんだ。
お母様、私、この人の下で過ごそうと思う。そして、もう少し立派な
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