第3話 いつもの四人と凄惨な過去について②

 鈴乃が用意してくれた晩御飯も食べ終わり、食器を片付けると俺はゆっくりとベッドの端に腰を下ろす。

 なんで端なのかというと、絵里に「狭い」と言われ足で端に追いやられたからだ。

 冷蔵庫の中でしっかりと冷えたビールをコップに注ぎ、本日の慰労も兼ねて俺たちは乾杯をした。 

 食事のタイミングでビールと飲まなかったのか――、と世のビール好きのおっさんらに説明を求められるような気もするので、少しの間、俺の言い訳を聞いていただきたい。理由は単純にして明快で、ビールと日本的な料理の組み合わせは相性が悪いと思っているからである。

 まてまて落ち着いてくれ、ちゃんとわかっているさ。

 今晩の唐揚げ。確かに相性は悪くない、俺が嫌なのは白米とビール。日本酒ないし焼酎ならともかく白米とビール、これを組み合わせを見るだけで俺はうんざりする。

 きっぱり言おう、これはない。なんだか腹の中が膨らんでくるような感覚が気持ち悪い。あれは米とビールが混ざり合い、胃の中で再度発酵でもしているのだろう(適当)。

 

「いやー、やっぱ仕事終わりのビールはいいもんだな」


 俺たちの中で一番の酒飲みであるところの英雄が、最初の一口でコップを開けると気持ちよさそうに唸った。

 確かに上手い。ビールって人と飲んだ方が美味しく感じるよね。

 最初の一杯を飲み干した後はそれぞれの好きな酒に切り替え、酔いも程よくなると自然を口数も増えていく。

 女性陣は甘いお酒がお好みのようで、こだわりをもって自分の舌に合うカクテルを作り出す。それもあって、俺の冷蔵庫には多種多様な柑橘が保管されており、俺の使えるスペースを常に圧迫している。迷惑な話だがそれだけでは済まず、キッチンの下の戸棚にはジン、ラム、ウォッカ、テキーラと四大スプリッツはいつだって陳列されている。普通に邪魔。

 物を持ちたがるというか揃えたがるのは、女の抗えない本能でありこの世に生まれた時にはきちんと遺伝子の中に収集癖が組み込まれているのだろう。

 おばあちゃんも言っていた、戦争の時は空襲でいつ物を燃やされるかわからないので使えるものは全て捨てずに何でもとっておいたらしい。……これは関係ないか。


 飲み会のテンションというのは不思議なもので、機嫌が良くなり盛り上がったと思えば、不自然なタイミングで落ち着いたりする。そうなるとバカな話で笑っていた時とは対照的にアホな奴らでも少しは真面目な会話を楽しもうとする。仕事の話であったり遠くに住んでいる家族の話。素面だと逆に話題にすらならない事を俺たちは報告し合う。


「——この前よ。出張で名古屋に行ってきて、その帰りの新幹線が途中で二時間くらい止まったんだよ。それに運も悪くトンネル内でさ」


「へぇ、それは大変だったね。ねぇ絵里ちゃん」


「あたしは仕事上、新幹線使うことないからな。だけど、電車の遅延は嫌いだ。立っていた時なんて特にな」


 駅のホームで待ちぼうけなら、まだ駅から出て別の交通手段を探したり近くの喫茶店で時間を潰せるからいいが、電車の中は大変だ。閉じ込められたまま何もすることがないんだから。


「そうなんだよ。交通費なんて会社から戻ってくるのにさ、混んでいたのは知っていたけど名古屋から新横浜間だしと思って自由席にしたわけ、そんで案の定座れないの。トンネル内だから電波も弱くて動画とか見れないし、あん時は本当に腹も減ったし疲れたぜ」


 英雄はその時の苦労を思い出したのか深いため息をつくと、その名古屋で買ってきた地酒を持ち上げ、恨めしい顔をしながらコップに注いだ。

 新幹線に恨みがあろうが、酒に罪はない。英雄はどうだと言わんばかりに瓶の口をこちらに向けるので、俺は残った酒を飲み干してから注いでもらった。癖のない喉越しと深い甘味を俺もすっかり気に入った。英雄が買ってくるまでは名前も知らなかったが、俺も行く機会があれば現地で探してみよう。


「それで何してたん。便所でこしょこしょでもしてたのか?」


 絵里が聞くと英雄は答える。


「してねーよ。真〇ちゃんとなうの妹か! あん時はそうだな、みんなで水を分け合ったり免許書の裏に丸を付けたっけな」


 どこかで聞いたことある話だな。アホアホ話に付き合うつもりはないので、俺は静かに二人のやり取りを見ていることにした。


「そこからの記憶が曖昧なんだよな。何故だか知らない学校にいてよ」


「不思議な経験だな。私たちの卒業した学校とは違うのか?」


「あぁ、自然に囲まれてる感じは似てるんだけどよ。なんか地下にギルドがあったり天使と戦ったりしてよ」


「それは、とてつもない経験をしてきたな。英雄は活躍できたん?」

 

 AB!じゃねぇか……。英雄の性格だと、あの作品の中に登場していても意外と馴染んでいそうだが。

 絵里だって視聴しているはずなのにすっかりと乗せられてしまっている。二つの拳を握りしめ冒険譚を聞く子供の様にわくわくとした目で英雄の嘘に質問している。


「でも凄惨な過去がないと、あの世界には行けないんじゃないの?」

 

 鈴乃は冷静に言う。確かにそうだ。新幹線の遅延で腹減って死にそうだった、これは主人公にして話が弱すぎる。なんなら死んですらないし。

 昔、高校生の頃に四人でスケボー旅行に出かけて、英雄は車に撥ねられたことあったな。あの時も死んでないし、なんなら怪我の一つもしていなかったが、その事故でこの世にやり残したことが――的な方がまだ話に箔が付きそうなものだ。


 しかしまぁ、鈴乃の言葉をきっかけに、これからそれぞれの経験した凄惨な事件(自慢)大会に発展するのであった。








 

 


 

 

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