第2話 いつもの四人と凄惨な過去について①

「……えらい騒ぎだな」

 

 英雄に絵里に鈴乃。

 英雄と絵里は小学生になる前からの付き合いで、思い出の中に家族と同じ割合で登場する悪友であり、鈴乃は高校からであるが二人と同じくらい大切な俺の友達だ。

 その三人が俺のいない俺の部屋に集まって、木曜の夜だというのにプチ宴会状態だ。

 部屋の中心においた机の上には口の開かれたいくつかのお菓子袋と、遊んだままほったらかしのトランプが散らかっていた。……これはおそらく七並べ。しかも二人で?

 二人でやって何が楽しいんだろう。ただ、7を中心に並べているだけじゃん……。

 それからベッドの上に絵里がいて、横になりながら漫画を読んでいる。移動したくないからか、本棚から纏めて引っこ抜いた漫画がまるで兵士が身を隠す土嚢の様に絵里の頭の周りを囲っている。

 ここは家賃が安いし会社も近い好条件の部屋だから、近所迷惑とかで追い出されたくないんだよなぁ。占拠するのは構わないが騒ぐのだけは勘弁して欲しい。

 まぁ、それを言って止めるような連中ではないのだが。


「ハル、おかえり。どうすんだ。最初にお風呂それともご飯? それともあ・た・し?」


 オーケー。今読んでいる漫画にそんなシーンがあるのだろう。俺は適当に返事をしてネクタイを緩める。

 男であれば一度は聞いてみたい台詞だがそういうのは雰囲気が大切で、こっちを向くことなく言われても何も嬉しくないし、そそらないし、そそり立たない。

 夢の言葉をこうも簡単に言われてしまうと、もし彼女が出来た時に言われても聞き慣れた台詞になっていて、その時に感動できなくなってしまうかもしれない。そうなったら裁判ものだ。それくらい大切な言葉。

 そんな彼女に「君にずっと萌え萌えキュンだおー!」って秋葉原の駅前でプロポーズするんだ。オタクなら当然だろ常考。


「つーかお前ら仕事終わるの早すぎじゃね。特に英雄は珍しいな」


 俺の仕事は朝が早い分、残業しても午後の6時くらいには終わる。家も職場から離れていないので少し寄り道したところで七時には家に帰れる。これは普通の時間帯で働いている人が残業なしで帰れる時間だろう。


「あぁ、残業続いていたからな。たまには早く帰らせないと本部に怒られるからだとさ」


「上司の優しさじゃなくて、会社の都合なのね。お前も大変だな……」


 英雄は外国車のディーラーに勤務している。営業時間の終わりが俺の仕事が終わる頃なので俺より先に終わる事は滅多にない。しかし、こいつはもともと体力のあり余る超人間。早く上がれたことを喜ぶよりも、不完全燃焼で夜眠れるかどうかを心配している。

 俺は青果物を取り扱う会社の営業。絵里は私立高校の国語教師で、鈴乃は事業内容は良く知らないが会社の事務として働いている。

 因みに鈴乃のこれは本業というよりはお金稼ぎの一つで、絵が上手なので裏ではイラストレータとしての活動もしている。ペンネームは、れ~ざ~ふりっぷ。

 

 同じ高校で同じ部活に所属して、ずっと一緒だった俺たちが別々の大学に進学し卒業して、こうもバラバラの仕事をすることになるとは思っていもいなかった。 

 まぁ、一番の驚きは絵里が教師になっているという現実だが……。

 

「つーかさ、たまには絵里の部屋に集まってもいいんじゃないのか。いっこ下の部屋なんだし、その方が大量の漫画を運ばなくても済むんだからさ」

 

 この後の掃除が大変なんだよ。寝る時間ギリギリまで帰らないし、やけに沢山のゴミが出るからゴミ出しも面倒くさい。


「二往復して運んだ。大変だった」


「知らないよ。だから俺は絵里の部屋で集まればいいじゃんって言ったんだよ――」


「嘘つくんじゃねぇぞ絵里。お前、俺をわざわざ呼びつけて半分持たせてるじゃねえか」


「うるさい、余計な事言うな!」


「なんだと?」


 英雄の言葉を引き金に二人はくだらない口喧嘩を始める。二人がどうでもいい言い争いをするのは今に始まった事ではないが、これが始まると六から七割の確率で英雄が物理的に痛い目に遭い、三割の確率で雨が止むように突然収まり、極めて稀ではあるが偶に英雄が勝利する。

 もう一度言わせてもらうが、本当にくだらない口喧嘩であり正直どっちが勝つとか負けるとかそんな判定を付けるだけの時間が勿体ない。なんなら当の本人らが過ぎれば忘れるし、その後の二人の関係に何の影響もない。


「だから――お前がいなかったら二往復だろ? あたしとお前の仲なんだから、いちいち細かい事で突っ掛かってくんな。一蓮托生、共存共栄、相互扶助、協力関係!」


「おぉ、四文字熟語が並んでやがる。お前、本当に教師やってんだな」


「ふふん、どうだ凄いだろ。これでもあたしは国語教師なんだ」


 今回の喧嘩は自然消滅のパターンのようだ。物が壊れなくて済むのでできれば毎回この終わり方であって欲しい。……そう願って何年の時が過ぎただろう。

 こんな小さな願いさえ届かない。この世界の神様はいささか心が狭すぎやしないだろうか。

 そんな二人のアホなやり取りを眺めていると、鈴乃が俺に聞く。


「ハル君。唐揚げ作ったんだけど夜ご飯食べてきちゃった?」


「冷蔵庫空だったでしょ。面倒だったから冷凍パスタ買ってきた」


 鈴乃はそれを見越して途中食材を買ってから来てくれたらしい。

 

「もうちょっと健康に気を付けたご飯を食べた方がいいよ。……それにしても、協力関係って四文字熟語なのかなー?」


「俺だって基本的に自炊してるさ。今日はたまたま。あと、協力関係は違うんじゃね? せめて同心協力とかさ」

 

 カバンから冷凍パスタを取り出すと随分と結露していて、手についた水気を払うと絵里にかかったみたいで、ひゃっと素っ頓狂な声を出して膝を曲げた。

 鈴乃は読んでいた本をそっと閉じて立ち上がると、俺から冷凍パスタを受け取り冷凍庫にしまってくれる。鈴乃は昔からずっと優しい女の子。

 だって、俺が洗面台に向かい手洗いをして戻ってくる間に彼女はご飯を温めてくれているんだから。


「なにこれすごい。バランスが整ってる。バランス力がすごい」


 鈴乃の用意してくれたご飯は、むさい男の手料理とは違って唐揚げにキャベツやミニトマトも添えてあり、更にお味噌汁までついている。このクオリティーの夜ご飯を独身男が家で食べる事が出来るのは相当の贅沢かもな。


「なにそれ。なんかその言い方だと私のバランス力が凄いみたいじゃん。体操選手?」


「俺、鈴乃のご飯毎日食べれたらひょっとしなくても二百歳くらいまで生きられるんじゃない? まじ感謝。ありがとう」


 鈴乃にお礼を言うと、彼女はデザートもあるからとウインクした。

 天真爛漫で考えなしに行動してトラブルを運んでくる二人とは対照的に、大蔵鈴乃はいつだって俺たちをサポートしてくれるありがたい存在だ。

 俺は米粒の一つ味わいながら大切にいただく。鈴乃の作った料理は日々社会の厳しい波に揉まれ疲弊した身体によく沁みた。


「隠し味入れたんだ。わかる?」


「わかるさ。愛情でしょ」


「ハル。……それはないわ」


 女性陣の冷めた目線を感じながら食べるご飯も悪くないですね。はい。

 ちょっとスパイス効きすぎてないですかね――。目元が潤んだのはそのせいだろう。

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