第3話 シンプル・イズ・アイス
「今日は棒アイスじゃないんだ」
僕がチョコモナカジャンボを食べているのを見て、ガッカリしたかのような声を漏らす彼女。
「棒アイスは味が単調だから飽きる。もう三日連続じゃね?」
今日も、例によって僕と彼女はコンビニの前で屯していた。
同じ高校の生徒たちの姿もチラホラ見える。
スマホに目を落とす者、友達と談笑する者、座り込んで勉強を始めてしまう猛者その他もろもろ。
そういう彼らの傍らに、僕たちは居た。
アイスを食べる男女として。
「単調って、分かってないな~キミは。シンプルイズベストって言葉を知らんのかね?」
「シンプルと単調は似て非なるものだろ。仮にシンプル=単調なのだとしたら、単調イズベスト・・・語感悪すぎだ・・・」
「日本語と英語をごちゃまぜにしたからでしょ」
「細かい奴だなあ・・・そんなんだから現代文の点が悪いんじゃないか?」
「む~! たかだか二回程度私に勝ったくらいでそんな勝ち誇らないでくれる~? 腹立つなあ!」
僕の言葉に、珍しく頬を膨らませる彼女。
彼女は頭が良かった。ずば抜けて利口だった。
見てくれ(金髪)的にどこからどう見てもヤンキーか令嬢の二択しかないのだが、彼女はどうやら後者のほうだったらしい。
同学年の生徒が300人近くいる我が校で、ほぼ全教科堂々一位の成績をたたき出す彼女の学力を揶揄出来る出来る人間など、居るわけがない。
――現代文しかできない、僕を除けば。
「キミさ~人とのコミュニケーション下手そうなのになんで現代文出来るの? ねえなんで? なんでさ?」
僕の顔を覗き込むような体勢で煽ってくる彼女を、僕は一蹴する。
「コミュニケーション(笑)なんかやってるから、あんな簡単な文章から答えを導けないんだろ。行間を読め行間を、空気を読むな。そして人に質問するときに不当に罵るな」
「うわぁ・・・ザ・空気の読めない陰キャって感じ・・・」
「・・・おいまて、今別に陰キャ要素はなかっただろ」
「ふっふっふ、これが行間を読むってことでしょ?」
「要らん行間読んでんじゃねえよ腹立つな・・・」
というか、陰キャの自己申告みたいな行間あってたまるかよ。
「でも、行間読むって案外難しいんだよね~ 数学みたいに明確な答えがあるわけでもないし、解法が定まってるわけでもないじゃん?」
「・・・まあ、そういうもんだな」
そういうもんだからこそ、自分ごときがたまたま彼女に勝てる機会があるわけで。
答えがないからこそ、答えを生み出す余地があるからこそ、自分のような凡人に勝機が巡ってくる。
「作者の気持ちを論ぜよ、みたいな? ああいう問題って学問において意味あるんかね~」
随分飛躍した話をしながら、遠い目でアイスを食べ続ける彼女。
今日もジリジリとした陽射しが、僕らの上空で燃えていた。
「学問の存在意義を語られてもね・・・」
「だってさ~ 人の心なんてどこまでいっても読めないんだし、そんなものに執着したって意味ないと思うんだよね」
「現代文はそういう学問ではないだろ」
「じゃあ、どういう学問なの?」
「・・・自分以外の他者をどれだけ主観的に見れるか、それがひいては自らを客観視する能力につながるんじゃね? 知らんけど」
適当に言った。ネットか書籍か、それこそ現代文の評論文として語られたことのありそうな、それっぽい言葉を並べてみた。
特に理由はない、行間を読んだだけ。
「ふ~ん」
彼女はそれだけ言って僕に一瞥くれた後、はるか遠くに広がる田舎の山脈に視線を戻した。彼女の横顔は今日も凛々しく麗しい。
しばしの沈黙の後、彼女はボソッと呟いた
「・・・心が読めたら、切なくならなくて済むのかな」
僕はその言葉に少し驚いた。
彼女がそんな意味深なことを言うのが意外だったから。
「・・・」
僕は沈黙する。
当然だが、僕に彼女の心は読めない。
現代文の文章は手に取るように読めるのに、彼女の心は微塵たりとも読めたことが無い。なんだよ現代文出来ても意味ねえじゃねえか、とは思う。
そんな風に投げやりになりながら、僕は彼女に返答する。
「・・・どうだろね」
隣にいる人の心も分からないのなら、作者様の心情を読み取れたところで、意味はないのかもしれない。
でも、なんだか彼女の言葉に少しだけ共感できる気がしたから、僕はチョコモナカジャンボを頬張りながら、彼女の視線の先を追った。
広がる空と、巨大な山地。
森林の碧が、太陽光で鮮やかに色づいて見える。
切なさとは、どこからやってくるのだろう。
そんな風に思った。
彼女と僕と他愛もない会話 そこらへんの社会人 @cider_mituo
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