第2話 タイム・イズ・アイス
「あち~、あちいよ~」
「うん、アツいな」
今日も、僕と彼女はコンビニの前でアイスを食べていた。
コンビニの屋根は僕らの体を半分だけ隠して、もう半分を太陽に差しだしている。
なかなか薄情な奴だ。
「今日さあ、親の迎え来るの遅いんよね~」
「ふうん」
どういう意図なんだろう、とは思ったが特に聞き返すことはしなかった。
彼女の思考は、僕のそれと180°くらい違う。いや、正反対というよりは45°くらいか。そんな思考から繰り出される彼女の言葉には深い意味も意図もないはずだ。
仮にそんなものがあったとしても、少なくとも僕の理解の及ぶ範囲ではないだろう。
だから、それで終わり――と思っていた
「キミは?」
「・・・ほえ?」
腑抜けた声が出る
「いやいや、キミの迎えはいつ来るの?」
「えっ、あー・・・20分後・・・とか?」
「とかって何w キミのことじゃんか」
僕は少し焦って真っ暗なスマホ画面に目を落とし、親と連絡しているかのような素振りを見せた。
言えるわけがない。
実は徒歩で帰れる距離なんだ、などと。
「いっつもキミの迎えって遅いじゃん? でも今日はウチの方が遅いかもな~なんて」
「はは・・・」
じわり、と額から汗がにじむのが分かった。暑さのせいじゃない。嫌な汗だった。
彼女は底知れない、もしかしたら僕の隠し事など、当の昔に見透かしていたのかもしれない。
疑念は集積して、僕の鼓動を加速させる。
「あ、でもキミの親御さん見たことないなあ~車どんなのだっけ?」
「び、BMW・・・とか」
「だから"とか"って何なのw 他人事じゃん、ウケるんだけど」
「・・・勝手にウケるな」
ケラケラと笑って見せる彼女の可憐さに見惚れてしまいそうだったから、視線を逸らす。
短くサッパリとした彼女のショートヘアがさらりと揺れて、柔らかな香りが届いてくる。
「あ、そうだ、折角だし今日はキミんちの車に載せてよ」
「はあ?」
意味が分からない。大抵彼女は意味が分からないけれど、それでも全くもって意味が分からなかった。
「親御さんにはウチからちゃーんとお願いするからさ、ねっ、いいでしょ? こんな美少女がお願いしてるんだから」
「自分で美少女とかいうな、だめに決まってる」
彼女は自分がカワイイということを自覚しているようだった。良くも悪くも「クラスのアイドル」といったところか
・・・まあ、己が周りに与える影響を自覚していない方が「罪」な気はするが。
「え~いいじゃんか。キミの両親がどんな人なのか割と気になってたんだよね。キミって結構変わってるじゃん?」
「当の本人の前で変わってるとかいうなよ・・・お前も大概だっつうの」
「あーレディに対してお前って言った~、モテないよそんなんじゃあ」
「その程度の誤差でモテるようになるんだったら、とっくの昔にモテてるわ」
僕は彼女のことを"お前"と呼んでいた。あまり好ましい呼称だということは百も承知だが、それでも彼女のことを名字や名前で呼んだりするのは憚られた。
そういう意味では、彼女が使う"キミ"という呼称は結構便利なのだと思う。
名字で呼ぶほど遠くもなく、名前で呼ぶほど近くもない。ちょうどいい距離感なのかもしれないな、なんて思う。
"お前"なんてやっぱり論外だが。
「おい、いつまで笑ってんだよ・・・」
彼女は、僕の返答にまだ小さく笑っていた
「やっぱ変わってるね、キミ」
「お互い様だ」
「・・・そうかもね」
「あぁ、そうだ」
「じゃ、まあ変わり者同士、アイスでも食べながらゆっくり待とっか」
来るはずもない僕の迎えを待って、数分。
わずか数分の間だったのに、気が気ではなかった。
そうして、
そんな僕の焦燥をよそに、
――"いつもの時間"に、彼女の迎えがやってきた。
「あー、もう来ちゃった」
そういいながら、いつものように彼女は親の車に乗り込む。
彼女の親の車はそこらの車とは一線を画すくらいに大きくて、丈夫そうな車だった。たぶんアルフォードとか、そういうやつ。
「また明日ね、――くん」
自動ドアがゆっくりと閉まっていく最中に、不敵な笑みで手を振る彼女。
僕はうんざりした顔で、気だるげに手を振り返した。
「また・・・な」
やっぱり、彼女は変わってる。
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